ぺしみす。~キミがフるまで愛でるのをやめない~
燈外町 猶
第1話・パフェが食べたいだけだった。
「みゃーちゃん……」
「……
どうしてこうなった。
「まだ意地張るの? どうなっても知らないよ?」
夜鶴は右手一本で、私の両手をまとめて掴んで拘束し、
こいつのこんな意地悪な表情、滅多に見たことがないけれど……眼福でもなんでもない。ただただ、屈辱。
「くっ……このっ……!」
「あは、抵抗してるつもり? みゃーちゃんは可愛いなぁ。全部、全部、全部、可愛い」
暑い。重い。苦しい。夜鶴の香りで満ち満ちた布団の中は果物が詰め込まれたビニールハウスのようで、甘い空気はあまりに濃くて窒息死しそうだ。
どうしてこうなった。
私は……私はただ――
×
――パフェが食べたいだけだった。
美味しいパフェを、なるべく安価で食べたいだけだった。
「みゃーちゃん」
注文をしてから目的の品が届くまでの間、正面に座る
母親譲りのブロンドヘアーが煌めき、美しく澄んだ碧色の瞳は何かしらの特殊能力を秘めていると言われても違和感がない。
一言で関係性を表せば、幼馴染。とは言え、私は彼女のことをつい最近まで格下だと思っていた。完全に見下していた。いっつも私の後ろを歩いては、みゃーちゃんみゃーちゃん言って甘えてくるのだから、まぁ仕方ないことだろう。
しかし、高校生になって一ヶ月。その優位性はあっさりと砕かれた。入学前にモデルの仕事を始めた夜鶴は、甚だ遺憾なことに『
いつの間にか抜かれていた身長や成績のみならず……夜鶴は着々と人間力を増強して……これまで友人と呼べる友人はお互いに一人だった私達の関係は、終焉を迎えた。
夜鶴は……コミュニケーション能力に欠陥があるわけでもない。既に友人と呼べる人間も少なからず存在するだろう。いつか夜鶴から、『誰々との仲をとり持とうか?』などと
「みゃーちゃんっ」
「なに」
観察対象が腕を伸ばし、私の頬をつついてくる。スラリと伸びた四肢は健康的で、何を着ても映えるだろう。
「難しい顔してる。何考えてるの?」
「夜鶴のこと」
「えぇ!? わ、私!? あ、あはは、そうだったんだ。ん、んふふ」
私の返答を受けて夜鶴は満面の笑みを咲かせた。暴力的な程に美しい。女神が過言でないことを思い知り、悔しながらも敗北感がじわじわと眼球から脳髄へ染みてくる。
「みゃーちゃんが……私のこと……ふふ、そっか、それなら……うん……うん? でもなんでそんな難しい顔?」
「別に。今日は夜鶴に無理言って悪かったなって思って」
「悪かった?」
「うん。唐突だったろう? だけど事前に言ったら断られるかもしれないと思ったから」
「そんな! 断るわけない!! わ……私も嬉しいよ……みゃーちゃんと……えへへ……カップル割、できて……!」
そう、カップル割。最寄り駅に新しく出来た喫茶店で、堂々と打ち出されていたそのキャンペーンに私はまんまとそそられた。カロリーと一人あたりの料金を計算すれば、無視する選択肢なんてありえなかった。
しかし恋人どころか友人もいない私はとりあえず用件を隠して夜鶴を連れ込み、そそくさとお目当ての注文を済ませた。『カップルです』と口頭確認が取れれば、同性だろうと問題ないのはネットで確認済みだった。
「ならwin-winだね。良かった」
なんだ、美味いパフェを安く食べたいという気持ちは夜鶴も同じだったか。そりゃあ同じか。味覚も金銭感覚もそれほど違いがないのはよく知っている。伊達に10年以上幼馴染やっていない。
「お待たせいたしました。スペシャルパフェ、カップル割エディションでございま……え?」
ようやくパフェを運んできた店員の快活な声が、言葉を紡ぐ度に接客用から地へと戻っていく。なんだなんだ。
「逢妻さんと…………
「「へ?」」
どん、と。乱暴に置かれたパフェがぐらりと揺れる。夜鶴がとっさに支えなければあわや大惨事だったと言うのに、店員は構わず続けた。
「嘘……二人って……そういう仲だったの!?」
胸元の名札には『根岸』と書いてある。私達を知っているということは同じ学校の生徒かもしれないが、同じクラスではない。私はいつどんなタイミングでクラスメイトから話しかけられもいいように全員の名前を覚えているから間違いない。(自分から話しかける勇気はない。)
「確かに幼馴染ってだけとは思えない程仲良いと思ってたけど!」
「えへへ」
えへへじゃない、否定してくれ夜鶴! ……仕方がない、ここは私が動こう。もとはと言えば私が蒔いた種だしな。大丈夫、こういう危機的な状況でこそ、コミュ力が爆発的に増強されるというもの!!
「その……えと、私達は……あの……」
「そんなに慌てなくってもいいってぇ!」
ああ無理だ! こんなことで爆増するなら今までいくらでもチャンスはあった! でも無理だったんだ! 私の魂にはコミュ障の四文字が宿命的に刻み込まれている!
「大丈夫。私、二人のこと応援するから!」
「ま、ままま待って」
「学校のみんなも応援してくれるよ! 反対する人もいるかもしれないけど……大丈夫、絶対大丈夫!!」
「ね、根岸さ「それじゃあごゆっくり!」
「「…………」」
「行っちゃったね」
「…………行っちゃったな」
バニラとストロベリーのアイスクリーム。生クリームがたっぷりついたラズベリー。チョコムースと絡み合っているコーンフレーク。その他諸々。甘いもの――甘い、はずのもの。どれだけ食べても、食べ終えても。
「「…………」」
――パフェが食べたいだけだった。
美味しいパフェを、なるべく安価で食べたいだけだった。
それなのに、あぁなんということだ。
こんなにも高くついたのに、全く味がしない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。