いつか〈魔術師〉となる少年
汐海有真(白木犀)
Prologue
咽せ返るような血の香りが、夜明けの市街地を満たしていた。
多くの人間が死んでいた。怯えた顔をしている者も、涙を流した痕がある者も、全てを諦めた表情を浮かべている者もいた。破けた身体からは血液と臓物が零れ落ちて、淡い紫色の空の下で転がっていた。
二人の青年が、そんな市街地を進んでいた。
一人は赤茶色の髪と、碧眼の瞳をしていた。両耳に銀色のピアスを沢山付けていて、右手の全ての指と左手の人差し指に、ピアスと同じ色の〈
もう一人は金色の髪と、橙色の瞳を持っていた。頭には狐に似た耳が生え、吹く風によって毛並みがさらりと揺られた。右手の薬指と小指を除いた八本の指には、黄金の〈指輪〉が嵌められていた。
二人のどちらもが、暗い赤色のローブに身を包んでいた。その裾や袖には黒色で、精密な模様が描かれていた。
「ひっどい有り様だねえ、ほんとに」
赤茶髪の青年はそう言って、口角をつり上げた。
「そうですね。本部からの情報によれば、元凶の〈
金髪の青年はすっと、目を細めた。
「それにしても、酷いことするよねえ。この町の人間、皆殺しってことでしょ? いやあ、怖いなあ」
「ええ、本当に。惨いと思いますよ。人と似た姿形になることができるからと言って、〈蛮魔〉を同じ生物だと思わない方がいい」
「あははっ、当ったり前のこと言うじゃん? オレはあいつらに尊厳を見出したことなんて、一度もないからね?」
「それは何よりです。……ん」
金髪の青年が、ぴたりと立ち止まる。赤茶髪の青年は少し先で立ち止まって、怪訝そうに振り返った。
「どしたの? なんかいいもんでも見つけた?」
金髪の青年はきょろきょろと辺りを見回して、それから到底信じられないと思いながら、ゆっくりと口を開く。
「……生きている人間の、匂いがします」
その言葉に、赤茶髪の青年は驚いたように目を見張った。
「えっ、マジ? それ、〈蛮魔〉の匂いじゃなくて?」
「その可能性は低いと思いますよ。本部の情報は、かなり精度が高いですから」
「ああ、確かにそうだねえ。そしたらさ、そいつ生き残りってことだよね? やばいじゃん、放っといたら死ぬと思うよ。さっさと見つけ出してやんないと」
「ええ、そうですね……恐らく、こちらの方です」
金髪の青年は、早足で歩き出す。赤茶髪の青年は、そんな彼の背中を追った。
やがて二人は、一つの家の前で立ち止まった。クリーム色の壁と、藍色の屋根。窓のガラスは粉々に割れて地面の上に散らばっていて、黎明の空を微かに反射していた。
二人は壊れた窓から、その家に踏み入れる。生活感のある部屋だった。勉強机の上には幾つもの本が並び、小さなコートがハンガーに掛けられ、外遊び用だと思われるボールがベッドの側に置かれている。
金髪の青年はドアを開け、廊下を進む。閉じられた一つのドアの前で微かに静止して、小さく息を吸って、それから取手に手を掛けた。
――広がる惨状に、彼は思わず息を呑んだ。
大きなテーブル、三つの椅子、ふかふかのソファ、柔らかそうなクッション、美しい観葉植物、壁掛けの時計。白と淡い紫の家具で統一されたリビングは、幸せな家族の生活を想起させるには充分なほど、整った配置で。
でももう、そんな日常が壊れてしまったことなんて、容易に理解できた。
部屋の奥の真っ白な壁に飛び散った、赤黒い血飛沫。銀色の髪をした女性と男性が、「何か」を守るように壁に寄り掛かって、亡くなっている。ぱっくりと裂けた二人のお腹からは、桃色の内臓が見えている。
二人は亡骸へと、ゆっくり近付いてゆく。
「何か」と、金髪の青年の目が合う。
銀雪を溶かしたようなショートヘア。ぱっちりとした瞳も、髪と同じ銀の色彩。
切れた衣服から覗く肌は、怪我など一つもなくて。でも、痛々しいほどに、衣服は血で汚れていて。
「何か」は――美しい、少年だった。
少年は不思議そうに、二人の青年のことを見ていた。瞬きを繰り返す銀色の瞳の下に塗られた血液は、赤色の涙のように線を描いていた。
「……驚いた。ほんとに、生きてんじゃん」
赤茶髪の青年は、どこか呆れたように口角を上げた。
少年の口が、ゆっくりと開かれた。
――たすけて。
そう言って、少年は表情を歪めて、嗚咽を漏らし始めた。
金髪の青年は、彼に歩み寄る。それから腰を落として、その小さな体躯を、慈しむように抱きしめた。
少年の瞳から溢れる雫が、血だらけの床に落ちて、弾けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます