012・疲労とホームレス
無銭乗車をして目的地まで辿り着いた僕と速水は公園にいた。
長時間、狭い場所に拘束されて車酔いなど疲労は限界だった。
ベンチに深く腰をかけて溜息を吐きながら思わずこう呟く。
「気持ち悪い……」
「だらしないですね。これではこの先やっていけないですよ」
速水は涼しい顔で言う。
同じ環境で過ごしたはずなのにどうして速水は疲れが見えないのだろうか。
「お前は元気そうだな。羨ましいよ」
「まぁ、若いですし体力にはまだ自信があります」
「まるで僕が年寄りみたいだな。まだ二十代なのに」
家を出て丸一日が経過した訳だが、速水は疲れた様子は一切見せていない。普通なら泣き言の一つや二つくらい言いたくなる環境だが、速水はそんなことは言わない。
常に冷静で状況を見ている。そういう環境で過ごして慣れているのかもしれない。
僕は泣き言しか思い浮かばない。だから。
「帰りたい」
「ん? 帰る家ないじゃないですか」
「それはそうだけど、雨風が凌げて暖かいベッドで眠れる日常がもう来ないと思うと悲しくなるよ」
「そこは安心して下さい。ちゃんと用意するつもりです」
「本当か?」
「今すぐにとは無理ですが、後少しの辛抱です」
「そうだよな。あぁ、腹減った」
「言われてみればそうですね。ではまず腹ごしらえでもしますか」
「また万引きするのか?」
「そうですねぇ。まだ万引きはよくないと言いますか?」
「いや、もう言わない。言ったところで空腹を抑える方法は速水が万引きしてくれる他にないんだろうし」
「分かっているじゃないですか。さて、何が食べたいですか? 多少の希望は聞きますよ」
「肉」
「肉ですか。分かりました。ちょっとここで待って下さい。すぐ戻ります」
「速水。僕も行っていいか?」
「一緒に?」
「お前がどうやって万引きをしているのか見ておきたい。パートナーとして」
僕は真剣な眼差しを速水に向ける。
キョトンとした速水は目を閉じた。
「私の仕事ぶりを見たいと言う訳ですか。気持ちは嬉しいですが、それは出来ません」
「どうして?」
「これでも私は盗みのプロです。保高さんが一緒だと成功率が下がります。そんな危険を犯したくないのが、理由です」
「分かった。ここで待つよ。だけど、捕まるなよ」
「私のことを心配してくれるんですか。ようやく身内になれたみたいで嬉しいです。大丈夫ですよ。私一人だけだと成功率は百パーセントです」
速水は僕を残してどこか行ってしまう。
速水の手口は気になるところだが、僕が一緒では足手まといになることは間違いない。
だが、僕はもう止めたりすることはない。いや、止められない。
お金がない現状、食べ物にありつく為には手段を選んでいられない。
今、僕が生きていけるのは速水のおかげだ。それを否定する権利は僕にはない。
一人になってしばらく経過した頃だった。
僕の前にミズボらしい格好をした老人が大きな袋の中に空き缶一杯にして歩いている。
その老人だけではなく他にも公園内には何人か似たような人がいる。ここはホームレスの溜まり場なのだろうか。
もし速水と手を組んでいなければ僕の将来、あのようになっていると考えると怖い。
人生を踏み外したとしてもあぁはなりたくないものだ。
すると、一人のホームレスが僕に声を掛けてきた。
「おや、お兄ちゃん。こんなところでどうしたんだい。もしかして途方に暮れているとか?」
あんたらと一緒にするな。僕は別に途方に暮れている訳ではない。
と、無視を決め込んでいるとホームレスは興味を示すように近付いてくる。
来るな。あっちに行ってくれ。
「ここはな、おいらたちが拠点としている公園でな。ホームレス同士の結束は固くて困っていたら協力し合える良いところさ。どうだい? 困っているなら仲間入りするよう頼んでやろうかい?」
「あなたたちと一緒にしないで下さい。僕はここで人を待っているだけです。どうかお構いなく」
「お兄ちゃん。家、追い出されたんだろう? 大丈夫だ。生き方を教えてやる。一人だと苦労するぞ」
全然分かってくれない。
ホームレスのおじさんから見たら僕は家を失った新米に見えるらしい。
確かに家はないが、ホームレスになるつもりはない。
おそらくホームレスにはホームレスなりに察するところがあるのだろう。僕は他人から見たらホームレスのような外観をしているようだ。
距離が近いとこうも匂いがキツかった。
鼻がもげるような刺激臭が僕を襲う。
一刻も目の前のホームレスから逃げたい。
だが、ここを離れれば速水と合流できなくなる。
速水、頼むから早く戻ってきてくれ。と、心の中で叫ぶ。
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