004・犯罪女子高生と真相


「ただいま」


 気付けは、僕は家に帰っていた。

 本来、自宅は落ち着く唯一の場所である。

 しかし、僕の心は全く安らぐことはない。

 何故なら速水百仁華はやみもにかの存在が付きまとっているからだ。

 そう、何故か早水を自宅に招いている。奇妙なものである。流れで連れ込んでしまった。と、言うより付いて来たのだ。

 食べ物にありつくことが出来たが、それ以上に面倒ごとを背負わされることになる。


「予想した通り、男の一人暮らしって感じですね。家事等は気が向いた時にしかやらない感じでゴミや洗濯物が乱雑して見るに絶えないですね」


「家に入って早々、文句を言うな。大体、どうしてお前が家に来ているんだよ」


「気にしない。気にしない。はー疲れた。何か飲み物はないですか?」


 速水は全く聞く耳を持たない。自由というより図々しい。

 まるで自分の家のように僕の許可なく物色を始める。


「ほら。これでも飲め」


「ありがとうございます。って、これ水道水じゃないですか」


「文句を言うな。元々何もないんだ」


「まぁ、飢えていたほどですから仕方ありませんね。こうなるなら飲み物もついでに持って来ればよかったですね」


「よくない!」


「ひょっとしてまだ躊躇いがあるんですか?」


「当たり前だろ。僕は今まで清く正しく生きたんだ。速水とは違う」


「でもこれで保高さんも立派な犯罪者の仲間入りですね」


「それを言うな。余計に罪の意識が芽生える」


 速水に言われたことで事態の深刻さを痛感した。

盗んだもので満腹になった罪悪感。これは紛れもなく現実だった。

僕の満腹は犯罪が成立した証。急に自分が憎く感じた。

 これまで自称・真面目に生きてきた僕にとって間接的とはいえ、罪は罪だ。

 初めての犯罪。これで僕は地獄行きが確定したかもしれない。

 そんな思いに苦しむ中、速水はさも同然のように盗んだものを食べていた。

 あえて高級なものに手は出さず、お金を払えば簡単に手が届くものばかり。

 やり口は完全に経験者に違いない。


「大体、お前はどうして家まで付いて来るんだ。用が済んだなら帰れよ」


「ひどーい。せっかくご馳走したのにその言い草はないんじゃないですか?」


「ご馳走って。盗んだものでご馳走されても」


「まぁ、細かいことは気にしないで下さい」


「全然細かくない」


 速水は不貞腐れるようにソッポ向いた。

 速水には罪悪感というものはないのだろうか? いや、人間なら誰しも犯罪に抵抗はあるはずだ。それなのにこのスカした態度。気になる。聞かずにはいられない。


 だから僕は聞いた。


「お前は罪の意識ないのか?」


「罪? 勿論、多少はありますよ。でも、今更って感じです」


 この態度を見る限り、速水は以前から万引きなどの窃盗は日常的に行っている様子だった。予想通りといえば予想通りだが、悲しい気持ちになった。最初の一度目は抵抗があったかもしれないが、何回、何十回と繰り返すうちに罪の意識が薄まっていく感覚になっているのだろう。言うなれば犯罪はゲーム感覚。

 万引きと言っても一丸に一括りには出来ない。

 万引きをする心理は様々あると言う。

 わざと捕まって世間から逃げたい者。

 喋り相手が欲しくて罪を犯した者。

 生活にやむを得ずに盗む者。

 速水はどの部類に入るだろうか。おそらくゲーム感覚によるものだろうか。

まだ未成年にも関わらず、既に犯罪慣れをしていたらこの先、良い大人になれない。

速水の今後が心配だ。

 ここは大人として僕が正しい方向へ正してやらなければならない。


「早水。一応言っておくが、犯罪はよくないことだ。こんなことを繰り返していると親が悲しむぞ。それに今のままでは将来、困ることになる。お前にとって今は遊び感覚だと思うが、いつか必ず痛い目に遭う。だから今のうちに足を洗っておけ。まぁ、聞くか聞かないかお前の自由だが、大人として言うことは言ったからな」


 一人の大人として説教がましいことを言った。

 だが、速水の答えは意外なものであった。


「あはははは。なに、それ。ウケる」


 あろうことか、速水は大笑いした。

 いや、そこは笑うところではない。真面目な場面のはずだ。

 少しは反省することに期待したが、その期待は裏切られる形になった。


「速水。僕は真剣に話しているんだ」


「だって盗んだものを一緒に食べ終わった後で犯罪はよくないとか、どの口が物を言っているんだって感じでおかしくて。それに自分が言える立場じゃないことが余計におかしくて。ダメ、笑いが止まらない。あはははは」


 僕は急に恥ずかしくなった。

 速水の完全な図星に頭が上がらない。

 確かに僕の口から説教なんて言える立場ではない。

 僕ほど落ちるところまで落ちて挙げ句の果てには速水の万引きで助けられた次第だ。

 本来、説教を言える身分ではない。

 笑い疲れた速水は満足したように身体を起こした。


「まぁ、確かに保高さんの主張も分かります。でも、気にしないで下さい。私は遊び感覚では犯罪はしません。それに親が悲しむこともないので。微塵も私のことなんて思わないと思います」 


「そんな訳ないだろう。親はどんな時でも子供のことを考えているはずだ」


「そんなことあります。だって私の親は刑務所にいるんですから」


「え?」


 その事実に僕は驚かされる。


「ちなみに私は獄中結婚で生まれた犯罪者の子供です。だから罪の意識なんて等にありません」


 笑顔で言う速水の姿に僕は心が苦しくなった。

 今更と言えばそれまでだが、速水はまだ未熟な高校生。罪を背負うのはあまりにも早い。偶然が重なり、知り合っただけだが、どうも他人に思えなくなっていた。

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