第38話 盛り上がり

「それよりまた島田のビールがねえな。頼むか?」


 自分に関わる話題をごまかそうとわざとらしくかなめはそう誠に語り掛けた。


「僕のもお願いします」


「パーラ、小夏を呼んで来い」


「いつも私ばかりね」


 態度のでかいかなめに辟易しながらパーラはそう言って立ち上がった。こういう時に便利に使われているパーラに誠は少し同情していた。


「私もビールでいいですわ」


「自分もです」


 麗子と鳥居はそう言ってジョッキを差し出した。


「私は烏龍茶で」


「私ももう烏龍茶で良いわよ」


 カウラもアメリアも少し遠慮がちにそう言った。


「ご注文ですね」


 マメなパーラに呼ばれて現れた小夏は笑顔で接客する。


「俺はレモンサワー……サラもそうしろよ」


「そうするわね。パーラは烏龍茶よね?」


 島田は早速サラの分まで注文する。


「私はビールでいいわ。麗子さんと沙織さんもビール。カウラちゃんとアメリアが烏龍茶。神前君は?」


 気を利かせてパーラが誠に振ってくる。


「ああ、僕もビールで……西園寺さんは……」


「アタシはこれがある」


 誠に向けてかなめはラムの入ったグラスをかざした。


「以上でよろしいですね」


 小夏はそう言って二階の座敷から出ていった。


「しかし、かなめちゃんはよく飲むわね……」


 アメリアは呆れたようにそう言った。下ろしたばかりの瓶はすでに半分空になっていた。


「悪りいか?この払いはいつだって別建てだぜ」


「まあいいけど……かなめちゃんの鉄の肝臓に文句を言うだけ無駄だし」


 開き直るかなめにアメリアは呆れかえる。


「でも……甲武って高いビールとかあるんですか?東和は結構クラフトビールとか言って小さな醸造所で作ってますよ、高いビール」


 誠は思い付きでそう言った。


「ねえよ。東和のクラフトビールみたいなのはねえんだ。まあビールは比較的高級品で庶民はひたすら甲種焼酎だな……」


 かなめはため息交じりにそう言った。


「隊長が飲んでる奴ですか……エタノールに香料まぜた合成酒」


「なんだ、知ってるじゃねえか」


 誠の答えに満足したようにかなめはラムをあおった。


「あの国は東和に比べると貧富の格差がでかいんだ。ビールや日本酒は庶民の口には届かねえ」


 かなめはあっさりそう言うとラムを飲んだ。


「ラム酒は?」


 アメリアはそう言って笑いかける。


「存在も知らねえんじゃねえのかな……あの国の高等教育受講率は1パーセントに満たねえからな。まあ親父はそこから変えたいらしい」


 かなめの父である西園寺義基が甲武に変革をもたらそうとしているのは誠も知っていた。しかしその変革が麗子には気に入らないようだった。


「仕方が無いですわよ。貧乏なんだから」


 麗子はあっさりそう言って二階に上がってきた小夏と春子からビールを受取る。


「あっさりそう言うね……まあ麗子なら仕方がねえか」


 かなめは呆れたようにそう言うとラムを口に運んだ。


「そうおっしゃいますが貧乏な家をいちいち救済していたら国家は持たなくてよ」


「そんな国家は持たなくてけっこう!」


 麗子の言葉にかなめは感情的に反論する。


「でも……せめて高校くらいは行った方がいいですよ」


「あの国の義務教育は小学校でしまいだ……中学からは学費がかかるからたいがいは行けねえ……それどころか貧しくてその小学校すら通えねえ子供がたくさんいるんだ」


 かなめの言葉に誠は絶句した。


「そんなに貧しいんですか、甲武は」


「麗子が贅沢するからだ」


「かなめさんもタバコをおやめになったら?」


 麗子の言葉にかなめは葉巻に伸ばした手をとめた。


「誰がやめるか!」


 かなめはムキになってそう叫んだ。


「ほらごらんなさい。かなめさんも私と同じですわ。貧しい人とは結局分かり合えない」


 そう言って麗子はほほ笑んだ。


「でもそれじゃあ社会不安とか起きません?テロとか……」


 誠はそこまで言って口をつぐんだ。


 かなめの身体がサイボーグなのはまさに祖父を狙ってのテロの巻き添えを食ってのことだった。


「まあな……あそこはテロと政変は日常茶飯事だ。軍は軍で『民派』と『官派』に分かれて権力闘争に余念がねえ。あの国には常に火種が転がってる……神前。オメエが配属になって直後の『近藤事件』だってあったじゃねえか」


 かなめにそう言われて誠が自分の『法術』に目覚めたアステロイドベルト演習場での事件を思い出した。


「もう少し平等になるように社会を整備した方が良いな、甲武は」


 カウラはそう言って誠に笑いかける。


「無理なんじゃねえかな……親父も自分の目の黒いうちは身分制に手を付けられねえってあきらめてるよ。まあ、アタシが関白になったら変えてやることに同意ぐらいしてやる。麗子、オメエはどうだ?」


 ラム酒をすすりながらかなめは麗子にそう尋ねた。


「今の状況が良いわけないことは分かりますけど……私としては伝統も大事にしたいところですわね」


「伝統ねえ……歌舞伎と落語だけで良いじゃねえか」


 煮え切らない麗子の態度にかなめは少しキレながらそう返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る