第36話 『復古主義』
「それにしても東和と甲武……『復古主義』が有ったとしてもそんなに違うものなのか?」
東和からほとんど出たことが無いカウラはかなめにそう尋ねた。
「まず人種が違うだろ。東和は遼州人の国で甲武は地球人の国だ。それに……なんと言うか……空気が違うんだ」
かなめはあいまいな笑みを浮かべてそう言った。
「空気が?」
「そう『空気』が違う。あれだな甲武の身分制のせいかもしれねえな」
そう言うかなめの顔は少し寂しげだった。
「それは仕方が無いですわね……世の中には秩序が必要ですもの」
麗子のその言葉にかなめは舌打ちをした。
「秩序ねえ……身分制なんざ『官派』と『民派』がぶつかり合う理由を作ってるだけじゃねえか」
「そう言うかなめさんはその貴族の扶持で暮らしてるんですわよね……その酒も、葉巻も全部貴族の当主だから手に入る」
麗子にそう言われるとかなめは黙り込むしかなかった。誠もかなめの酒とタバコの値段をなんとなく知っているだけにうなづくしかなかった。
「でも、身分とか言われても僕はピンときませんね……やっぱり東和生まれだからですかね」
誠の言葉に島田やサラやパーラがうなづく。
「自分は士族の出でおかげで軍に入れたのは事実だから言えた義理じゃ無いんですけど、確かに甲武の貴族制はどこかおかしいような気がしてきました……特に東和に赴任してからそんな気持ちになることが多いんです」
鳥居の言葉にかなめは我が意を得たりと言うように麗子に目をやる。
「そんな目をしても駄目ですわよ。確かにかなめさんの家には庶民出身の芸人達が大勢居候しているから彼等に同情したくなるのは分かりますけど……でも考えてみなさいよ。西園寺家の庇護のおかげでその芸人達は日々の生活に追われることもなく芸の道に精進できるんですわよ。東和だったらバイトで日々骨身を削らなければならないのに」
麗子は少し意地悪にそう言った。誠もテレビのタレントが下積み時代にバイトをしていたことをネタにしていることは知っていたのでうなづきながらかなめに目をやった。
「確かにそうだがよう……」
かなめは静かに言葉を飲み込むと気を紛らわせるかのようにグラスのラムを喉に注いだ。
「甲武って良いのね……それだったら私も甲武で芸人になろうかしら」
「アメリアは食えないから落語家の弟子を辞めたんだったわよね」
アメリアとサラはそうはやし立てる。
「アメリアさん落語家の弟子だったんですか……」
誠は興味半分にそう言ってみた。
「まあね……もう十年も前の話よ。それに一年もいなかったから……毎日師匠のカバンを持って演芸場を回って……アタシ背が高いから目立つから端っこにいろって言われて……好きででかいんじゃないわよ!」
アメリアはそう言うと乾いた笑みを浮かべた。
「そんなことより……甲武の貴族制についての議論しなければな」
話題を元に戻そうとカウラは冷静にそう言った。
「してなんになる?親父がもう5年かけても骨抜きにできなかった制度だぞ」
カウラの言葉にかなめの態度はつれなかった。かなめ自身、貴族制が無くなるとは思っていないのだろうと誠は察した。
「でも、そもそもなんで貴族なんているんです?甲武に。甲武独立当時の日本にだって貴族はいなかったんでしょ?」
誠のもっともな問いにかなめは呆れたというようにため息をついた。
「あのなあ。さっきも言ったろ?アタシのご先祖の西園寺基が戻しちゃったんだよ、時計の針を。それに麗子のご先祖の田安鉄太郎が乗っかって幕府を開こうとしたんだ、甲武に」
「幕府……なんです?それ」
歴史知識の薄い誠と島田が首をひねりつつかなめを見つめる。
「天下を武力で制圧した武家の政権のことですわ……まあ地球への配慮とかがあって田安鉄太郎公は幕府はお開きになりませんでしたけど」
「まあきっちり右大臣を世襲する制度を作ったがな。おかげで関白太政大臣は西園寺家、左大臣は九条家、右大臣は田安家、内大臣は西園寺基の次男が開いた嵯峨家から出る制度ができたんだ」
「へー……」
かなめのきつい言葉に誠の反応は薄かった。
「家柄ねえ……その後捏造した家系図を持った地球の日本からの移民が山と押し寄せて早い者勝ちで貴族になったって訳ね……遅れてきた人達は哀れ平民として電気もガスも水道も無い生活を強いられてると……ひどい話」
アメリアはビールを飲みながらそう言って冷めた笑顔を浮かべた。
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