第34話 世が世なら
「皇帝ですか……」
誠にはそんな実感はなかった。皇帝と言う言葉は知っているがその存在に興味を持ったことすらなかった。
「そう言えば遼の皇帝ってテレビに出ませんよね」
誠の言葉にかなめは失笑を浮かべた。誠も寮の食堂でニュースが付いていれば目を向けるが、そこには遼帝国の代表としてメガネをかけた硬そうな宰相が映し出されるのを見るだけだった。
「あのなあ、遼の皇帝は代々写真を撮ったらいけない決まりなんだ……御簾の後ろで控えてるだけ。一部の側近しか顔を見たことが無い」
かなめの言葉に誠は首をひねった。
「そんなんでよく政治とかできますよね……側近だけって……他にもお手伝いさんとか色々いるんじゃないですか?」
「政治なんて政治家がやればいいんだ。遼の皇帝の仕事は餓鬼を作ること……ああ、神前は童貞だったな」
かなめはあざ笑うようにそう言った。
「良い仕事ですね……俺も紹介してくれねえかな」
一人だけ新しいビールのジョッキを小夏から受け取りながら島田が叫んだ。
「オメエの苗字は島田。遼帝家とは関係ねえだろ?それぞれのにヤンキーは皇帝にはなれねえの!」
「西園寺さん何でですか!ヤンキー王ですよ俺は。ヤンキー皇帝くらい……」
「ヤンキーと言うのは元々アメリカ合衆国の東部出身者を指す言葉だ。アメリカには皇帝も貴族も居ない」
必死に食い下がる島田に向けてカウラが死刑宣告のようにそう言い放った。
「でも……今の遼帝国皇帝に子供がいるなんて話は聞かないわよ。それに今の皇帝が後宮を廃しちゃったらしいから……次の皇帝はどうなるのかしら?」
アメリアの言葉にカウラは呆れたようにため息をついた。
「今の皇帝は『不死人』らしいぞ……不老不死だ。次の皇帝の心配をする必要が無いんだ。しかも遼南再統一を果たした名君だ。代わりが務まる人間がいるものか」
この場では一番の常識人であるカウラはそう言ってかなめを見つめた。
「名君ねえ……」
カウラの言葉にかなめがため息をつく。
「そう言えばかなめちゃんのお母さんは遼帝国の貴族の出でしょ?皇帝の顔とか見たことあるんじゃないの?」
アメリアはそう言って話をかなめに振った。
「お袋にそれを聞けってか?無駄無駄!あの糞婆絶対口を割らねえよ」
「ああ、かなめさんはお母さまが大の苦手でしたわよね」
それまで話題についていけなかった麗子がそう言ってかなめに笑顔を向けた。
「そう言えば西園寺さんのお母さんって……隊長の親戚でしたよね」
「お袋の姉貴が遼帝国の皇太子のかみさんだったんだ……なんでもあまりに無能だったから長男が生まれるとすぐに皇太子を廃されたらしい。それが『遼帝国南北朝動乱』のきっかけになったらしいんだけど……待てよ……」
「それって隊長がその長男ってことにならない?」
アメリアもその事実に気が付いた。
「確かにそうなるな……今の皇帝はその長男が就いているはずだぞ?じゃあ、隊長が遼帝国の皇帝なのか?」
カウラの何気ない一言に一同は静まり返る。
『まさかねー!』
それが全員の一致した見解だった。
自分の部屋の掃除もできない駄目人間。月三万円の小遣いで娘に縛り上げられてオートレースに興じる嵯峨惟基が名君の誉れ高い皇帝だとは誰も思わなかった。
「たぶん違う親戚がいるのよ。あの駄目人間が皇帝?そんな国すぐに滅亡するわよ」
アメリアはそう言って高笑いした。
誰もがその最悪の結論だけは避けたいという意見で一致していた。
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