第23話 対戦

「準備はいいですか?」


 誠はいつもの手順でシミュレータに乗り込んでシートベルトを締めると画面の中で余裕の表情を浮かべている麗子に声をかけた。


『こう見えても海軍兵学校ではアサルト・モジュールの操縦は得意でしたのよ』


『本当かよ」


 管制室のかなめが麗子の高慢な態度を鼻で笑っていた。


「これは05式ですから……『火龍』みたいに肩にレールガンは無いですよ」


『分かってますわ!だから格闘戦の自由度も高い……ああ、神前曹長は格闘戦の名手でしたわね。まあそこに気づかせてあげたのも私の気遣いあってのこと……手加減はしなくてよろしくてよ』


 高慢な態度の麗子にいら立ちを感じながら誠は苦笑いを浮かべた。


『手加減しろって言われても……射撃はたぶん僕より上手いだろうから距離を取ってあげた方がいいのかな?』


 そう考えながら誠は起動準備を進める。シミュレータ内部の重力制御装置の圧迫感が先ほど食べたサンドイッチを胃から食道へと逆流させるのに誠は必死に耐えていた。


『いつでも良くってよ!』


 意外に手慣れた麗子の起動操作を見て誠は少し彼女を見直した。


「準備が良いですね」


『常在戦場がモットーですの』


『オメエが戦場に出るようになったら甲武も終わりだ……将軍様はどっかと本陣に座ってるもんだ』


 得意げな麗子にかなめが冷ややかな笑みを浮かべてそうつぶやく。


「準備終わりました!」


 誠はそう言うと操作レバーに手を伸ばした。


『戦場は地上だ。ベルルカン中央部の砂漠というシチュエーションで行く』


 カウラがそう言うとシミュレータの画面が一面の砂丘で覆われる。


『砂漠か……砂漠なら障害物も無いから飛び道具が有利だもんな……手加減する必要も無いかも』


 誠はカウラ達の配慮を察してホッと胸をなでおろした。


『230ミリカービン……威力は……まあ『火龍』のレールガンには劣りますわね』


 麗子は装備を確認しながら一人納得がいったような顔をしている。


『状況はつかめた?』


 これまで黙っていたアメリアが急に画面に大写しになる。


「分かりました!」


『よろしくてよ』


 誠も麗子も緊張した面持ちでアメリアに視線を向けた。


『それでは模擬戦開始!』


 カウラの第一声に合わせて二人は操縦桿に力を込めた。


「砂丘か……視界に入ったらいきなりズドンってわけなんだな」


 誠は独り言を言いながら利き手の左手用に改装されている230カービンに目をやる。


 誠は射撃が下手である。オートロックシステムが電子戦システムの発達によって無効化されているこの時代において、マニュアル照準システムを使いこなすことは射撃の必須教科だが誠にはその才能はまるでなかった。


 一面の砂丘の向こうにいるであろう麗子の機体が突然現れるのではないかとびくびくしながら誠は地上を進んだ。


 麗子の機体は飛行してはいないようで誠の上空にはただ青い空だけが続いている。


「いきなりズドンは嫌だな……」


 誠は左手に力を込めながらレーダーに目をやった。


 レーダーかく乱用のチャフが撒かれているところから見て麗子の機体はすぐそばまで近づいてきているのが分かる。


「こっちもECMをかけて接近戦に持ち込んだ方が……」


 そんな独り言を言っていた誠の背後で爆炎が上がった。


「見つかった!」


 誠は爆炎の背後に映る機影に向けて230カービンを乱射する。


『甘くってよ!』


 麗子の叫びに誠はたじろぎながらなんとか機体を立て直して砂丘の陰に隠れた。


「田安中佐……意外と手ごわいぞ」


 誠は自分の射撃の能力の低さを嘆いた。


『なんだよ……いい勝負してんじゃねえか』


『まあ誠ちゃんだからね……かなめちゃんなら瞬殺でしょ?』


『当たりめえだ!麗子が初弾を撃ち込みに来た段階で一撃で仕留めてる』


 かなめとアメリアは外野で好き勝手なことを言っている。誠は不貞腐れながらレーダーに目をやった。


 チャフは尽きているはずなのに反応が鈍い。


「距離を取ったのかな……」


 そう言いながら有視界索敵をするべく砂丘から顔を出したとたんだった。


 05式の頭部が吹き飛んだ。


「なんだ!」


 誠は突然の一撃にうろたえつつモニターを腹部のサブカメラに切り替える。


『なんだよ神前……全く進歩がねえな』


 かなめに言われなくても分かっていた。


 麗子は誠の機体の隠れている砂丘の真裏にいた。そこで至近距離から230カービンの一撃をかましてきたのである。


『神前曹長……逃げても無駄ですわよ!』


 得意げな麗子の叫びに誠は230カービンを投げ捨てて05式の大型軍刀、通称『ダンビラ』を抜いた。


『潔いですわね……飛び道具ではかなわないと分かってさっさと銃を捨てるなんて……よろしいですわ、お相手しましょう』


 麗子はそう言うと誠の機体に照準を合わせていた230ミリカービンを捨てて同じく『ダンビラ』を抜いた。


『格闘戦なら神前の勝ちか?』


『そうとも言えないな……センサーの塊の頭部を吹き飛ばされたんだ。腹部のカメラは死角が多い。死角に入られたら格闘戦が得意な神前でも手こずるぞ』


 かなめとカウラはにらみ合う二機のアサルト・モジュールの映像を見ながらそう言った。


『誠ちゃん……勝てるの?』


「僕にもパイロットの意地があります!」


 心配そうなアメリアの言葉に誠はそう言い放って麗子の機体との間合いを詰め始めた。


 じりじりと照り付ける砂漠の太陽が天空から二人の機体を照らす。


『一撃で決めますわ』


 余裕のある笑みを浮かべながら麗子はそう言い放った。


 実際、腹部カメラの視界は狭く麗子の機体を捉えるには正面を向くしかなかった。当然、『ダンビラ』で狙える角度も小さい。


「一応、僕はパイロットなんだ」


 そう言うと誠は一気に麗子の機体へと飛び込んでいった。


 麗子はその誠の行動を読んでいたかのようにひらりとかわしてみせる。


『そのくらいのことが読めない私と思って?』


「じゃあこれで!」


 誠の作戦は二段構えだった。しかも半分の可能性に賭けた一撃だった。


 誠の左から斬りこむ一撃をそのまま左にかわすか右にかわすか。誠は麗子が右利きだと読んで右にかわす方に賭けた。策は見事に成功した。


 麗子は誠の機体がさらに一撃を繰り出してくるとは予想ができずにそのまま腹部を誠の左腕一本の『ダンビラ』の一撃で持っていかれる形になった。


『やりますわね……私の負けですわ』


 麗子は静かにそう言ってほほ笑む。


「僕はパイロットなんで」


 誠は自分自身に言い聞かせるようにして麗子にそう言って笑いかけた。

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