第10話 対決

「お姉さまー!かなめお姉さまー!」


 誠は聞きたくも無い人物の声を聴いてかなめの表情の変化の理由を理解した。


 そこには乗馬服姿の男装の麗人、日野かえで少佐と彼女の身の回りの世話をする部下、渡辺リン大尉の姿があった。リンは手にバスケットを抱えうっすら笑みを浮かべながらかえでに従っている。


 上機嫌のかえでだが、麗子がその声の主の方に振り向いたとたんに凍り付いた表情に変わった。


 それはまさに虫唾が走るという言葉を絵にかいたような表情だった。


「これは……無能な『将軍様』が……」


 明らかに見下すような冷たい視線をかえでは麗子に向けた。


「無能?弾正の尹から大納言に出世されて頭のねじが少しばかり緩くなられたのかしら?上に立つ右大臣の私としては……困ったものね」


「家柄だけでのし上がった女の言うことは……それしかないのかな」


「家柄だけ?人望と知性……私に欠けてるものが何かありまして?」


「人望?知性?そんなものが田安公に有るとは……思いもしませんが」


「それは日野少佐に人を見る目が無いというだけの話ですわね……残念なことですわ」


 一触即発。誠は二人の関係を見てそう直感した。ここでリンが止めに入ってくれればいいのだが、こちらはこちらで鳥居となぜかにらみ合う状況になっている。


「あのーここは東和だから。甲武の位階は関係ないじゃないの……ねえ」


「そうだ。ここは東和だ。それに田安中佐も仕事で隊に来ているのだから」


 かえでと麗子の相性の悪さを少しは聞いていたアメリアとカウラが何とか仲裁に入る。


「私は中佐で本局勤務ですわ。地方勤務の少佐殿の出番は無いんではなくて?」


「家柄だけで出世した人は言うことも中身が無いんだね。甲武軍は無能を飼っておくほど贅沢できる状況じゃ無いんだ。さっさと婿養子を貰って家庭に入ったらどうだろうか?」


 麗子はかえでの言葉に余裕の笑みで返した。


「無理だろ……こいつは男には縁ないし」


 ぼそりとつぶやくかなめに麗子の視線が向けられた。


「かなめさん!今日はかえでさんは非番なんではないの!」


「僕はお姉様とランチを食べに来たんだ!田安公のご機嫌伺に来たわけじゃない!」


 そう言うかえでの隣に立っていたリンがバスケットをかなめに差し出した。


「サンドイッチが入っています。隣の不愉快な甲武の恥と一緒に食べるくらいなら皆さんで召し上がってください」


 リンはそう言ってかなめに押し付けるようにバスケットを持たせた。


「ああ……あんがとな」


 どうしていいかわからないという表情でかなめがそれを受取った。


「今日は不愉快だ……田安公……せいぜい甲武の恥を東和まで広めないようにしてくれると助かるんだが」


 かえでは不機嫌そうにそう言うと麗子をにらみつけた。


「そう言うかえでさんが蒔いた甲武への誤解を解くために私は参りましたの……ささ、かなめさん。案内よろしくお願いできまして?」


 不機嫌そうにかなめに背を向けて去っていくかえでを誠達は呆然と見送っていた。かなめはと言えば手にしたバスケットをどうしようかと思案しながら麗子に目をやった。


「あの男女でもサンドイッチぐらいは作れるんですわね……少々見直しました」


 麗子はそう言うとかなめを追い抜いてそのまま鳥居を連れて本部棟に入っていった。


「田安さんて……料理は?」


「できるわけねえだろ。アイツにできることはなにもねえ!その点でもリンなしでは生活ができねえかえでと麗子は似た者同士だからな!」


 誠の問いにそう即答するとかなめは何をしでかすか分からない麗子の後姿を追って本部棟に飛び込んでいった。

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