第8話 閑職への旅

「西園寺。なんだかうれしそうだぞ。どうせ、二か月とか一か月刻みで次々と出先機関をたらい回しにされたんだろ?」


 冷めた瞳でかなめを見つめながらカウラはそう言った。


「さすがは小隊長殿。察しがいい。甲武のアサルト・モジュール開発を一手に引き受けてる醍醐製作所……の総務部庶務課の課長補佐代理。戦艦の管制システム開発で知られる摂州情報システム……の物資調達部の文書管理課長代理と言う名目でのシュレッダー担当。軍事基地の建設に入札している大甲武建設……の設備管理課の課長代理と言う名前だけの電話番……まだまだあるぞ!」


「いいわよ!聞きたくないわよ!そんなの!どうせお荷物扱いで配属直後に上司から絶望されて追い出されて次から次へと飛ばされたんでしょ?でも、そんな扱い受けたら普通自覚するでしょ?自分が役立たずのクズだって!」


 かなめの具体例の連呼に耐えられなくなってアメリアが叫んだ。だが、かなめは余裕の笑みを浮かべて首を横に振るだけだった。


「そこがあの女の底知れないところだ。そんな誰がどう見たって見捨てられてるとしか言えない状況でも自分が引く手あまただから次から次へと仕事が回ってくると信じてるってんだからな。転属するたびにアタシのところに電話してきて、長々無駄話だ。迷惑な話だぜ」


 そう言ってかなめは自分の言っていることに呆れたようにため息をついた。


「なるほど。でも、これでは田安中佐のラッキーという奴が……」


 カウラがそこまで言ったところでかなめは手を差し出して発言を妨げる。


「まだ、アタシの話は途中だぜ。その飛ばされた先々でな、あの馬鹿は奇跡を起こした……」


「奇跡?何それ?」


 もう聞きたくもない。そんなうんざりした表情でアメリアがつぶやく。


「そうだ、アタシが聞いた話じゃ。あの馬鹿を馬鹿だってことでからかったりせず、まあ何となく使えないけど悪い奴じゃ無いってことで親切にすると……良いことがあったそうだ」


 かなめは静かにそう言った。


「何よ……良いことって?」


 相変わらずアメリアは呆れている。その態度にかなめは少し怒りの表情を浮かべた後、話を続けた。


「だから、良いことなんだって。まあレベルは色々あったらしい。茶柱が立つとか、小銭を拾うとか……小はまあどうでもいいことだが……実際、宝くじの高額賞金が当たったなんてこともあるらしい。偶然じゃないぜ……そう言うのが5人、10人いるとなれば、オメエも単なる偶然だなんてかたずけないよな?」


 あまりに意外な言葉を履いた後、かなめはアメリアをにらみ返した。


「確かにこれから来る女が、ラッキーなだけで使えないことは分かった。でも、さっき貴様は言ったが。西園寺。お前はその馬鹿と付き合いがあるんだな」


 静かに、冷静を装いながらカウラがつぶやいた。


「まあな。あんまりうれしい話じゃねえけど」


 渋々かなめは堪える。


「じゃあ、写真くらいあるんだろ?その馬鹿とやらの顔を確認しておきたい」


 カウラの当たり前すぎる言葉に、かなめは頭を掻きながらスカートのポケットを探った。


「まあな。あるけど……先週のGⅠ一緒に行ったし……」


 端末を手にしたかなめが面倒くさそうに画面を操作している。


「私も本局でそれっぽい馬鹿は遠くから見たけど、後ろ姿ばかりだったから……その馬鹿の面、どんななの?」


 アメリアは携帯をいじるかなめを興味深そうに見つめていた。自然と誠の目もかなめの方に向く。


「ほれ」


 そう言ってかなめは端末の画面を誠達に向けた。


 そこにはものすごく落ち込んだ表情を浮かべ、固まった笑顔で画面を見つめるかなめと、その隣の大きな目をした自信に満ちた表情の目鼻立ちのはっきりしたどこかヨーロピアンな雰囲気のある美女が移っていた。


「美人だな」


「そうですね」


 カウラと誠は単純にそう言った。


「まあ、私は遠くで後ろ姿を見ただけだけど……スタイルも良かったわよ。あれじゃない、かなめちゃん。そんなに使えないならお嫁さんにでもなればいいじゃない?それとも何?男も捕まえられないような馬鹿なの、麗子さんて」


 とんでもないことをアメリアはあっさり言う。


「まあ、結論から言うと、あの馬鹿。かえでと同類だ。男にはまるで興味がねえ、女好きって奴だ」


 かなめの言う事もかなりとんでもなかった。


「西園寺。お前はなにか?お前の周りの女性はみんな女好きなのか??」


 さすがのカウラもかなり呆れていた。


「カウラちゃんめちゃくちゃなこと言わないでよ!私は違うわよ!それともカウラちゃんもなの?」


「私は違う」


「お二人とも話題がずれてますよ」


 アメリアとカウラの会話に誠も頭が痛くなってきた。


「だったら都合が良いじゃない。かえでちゃんも嵯峨家って言う四大公家の当主なんだし、家柄的にも問題ないじゃない。結婚すれば?甲武の上流貴族じゃそういう事は珍しくないんでしょ?」


 再びアメリアがとんでもないことを言う。だが、それを聞くかなめの顔は冗談を聞く顔ではなかった。


「警告しとくぞ。かえでの前で麗子の話をするな。逆も同様だ」


 これまでの冗談みたいな話題を続けてきたかなめの表情が久しぶりに真剣なものに変わっていた。


「怖い顔して……その二人……二人の間に何があるの?男……じゃ無かった、二人とも女好きだったわよね。同じ女の取り合いでもしたの?」


 アメリアの発想はかなめの述べる麗子像のひどさにだんだん壊れてきていた。


「そんなちっぽけな話だったらどうにでもなる。あの二人は……気が合わねえ」


 本格的に深刻な表情でかなめはそう言った。


「気が合わない?それこそちっぽけな話じゃないか。本当にどうでもいいことだ」


 カウラはそう言って呆れたように両手を広げる。


「だって、そうとしか説明がつかねえんだよ!あの二人の不仲ぶりは!お互い理由を聞いても『アイツは嫌い』としか言わねえんだ!」


かなめはそう言って苦笑いを浮かべる。


「何よ、それ」


そうツッコむアメリアに向けてかなめは呆れたような表情で返した。


「オメエだってゴキブリが嫌いなのに理由がねえだろ?それと同じだ。アイツらが仲が悪いことに理由なんかねえ!お互い嫌いなの!アイツらの前でそのことについて、一言だって話題に出すなよ……えらい目に合う」


 興奮しながらそこまで言うと、かなめは黙り込んだ。


「丁度いい具合にかえでちゃんは今日は非番だから……まあまだ第二小隊は機体も無いから証拠隠滅の必要もないしね」


 アメリアはそう言って笑った。


「しかし、それじゃあ監査の意味が無いんじゃないのか?」


 どことなく不安げにカウラはそう言って首をひねる。


「いいんだよ。どうせ本局はあの馬鹿に期待なんかしてねえんだから!とりあえずアイツが自分勝手な報告書とやらを製造できるだけの証拠を揃えてアタシ等が付き合ってやれば終了!難しく考えるのは辞めようや」


 かなめはそう言うと立ち上がった。


「西園寺さん」


「時間だ!神前行くぞ」


 戸惑う誠を振り切ってかなめは部屋を出て行こうとする。誠達は今一つ納得いかないというようにかなめの後ろに続いた。


 二月も半ばの空気は凍り付くような寒さを誠達に与える。それにただ耐えながら誠達は本部棟から出て入り口のゲートに足を向けた。

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