第7話 異常事態

「なんだよ、カウラ。まだ分からないみたいだな。アイツのラッキーと周りにもたらす不運が競馬なんて趣味的なもので終わると思ってるのか?」


「じゃあなに?ほかにもあるの?」


 挑発するようにアメリアはそう言った。かなめは余裕の笑みを返す。


「まあ、あの馬鹿は海軍大学校をそのラッキーでなんとか卒業した後、駆逐艦の副長として遼州軌道の警備任務に就いたんだ」


 落ち着いた調子でかなめは切り出した。


「新米がいきなり副長?凄いものね。アタシが副長になるまで何年かかったと思ってんのよ」


「アメリアよ。アイツは田安家の跡取り娘だぜ。田安家は甲武の武家の棟梁、『将軍家』だ。アイツがまともならいずれは海軍大臣ぐらいになって当然なんだ。まあ、駆逐艦の副長ぐらい妥当だろう?」


 かなめの言葉に飲まれて誠達は静かにうなづいた。


「しかし、そこで奇妙な現象が起きた」


「奇妙な現象?」


 思わせぶりなかなめの言葉にカウラが引き込まれる。それに待っていたかのような笑顔を向けるとかなめは話を続けた。


「あの馬鹿の艦は何ともないが、同じ作戦に従事する艦に必ずトラブルが起きる。エンジンが壊れた、砲塔が動かなくなった、補給物資が足りなかったといった具合だ」


「それが田安のお嬢様のせいだと?」


 かなめの言葉を鼻で笑いながらアメリアがそう言った。


「まあ海軍の偉いさんもオカルト信者じゃねえんだ。最初のうちは偶然だと思ってたさ。ただそれが延々二年間連続で起きるんだ。調査もしたが、すべてのトラブルに共通しているて点はアイツの乗艦と行動を共にしただけ。そうなってくるとさすがの海軍上層部も考えを改めなきゃならなくなるが……そんな時ついにとどめの事件が起きた」


 いかにも楽しそうにかなめはそう言うと誠達を見回した。誠達はどこかうれしそうなかなめを冷ややかな目で見つめていた。


「奴の乗艦『匝瑳』は遼州の大麗軌道上を警戒任務中だった。寮監は二隻。どちらもこれまでとは違い、まったくトラブルもない。疫病神の神通力もついに年貢の納め時が来たと狂喜していたそうだ」


「遼州の月である大麗の軌道上か?あそこはハンミン国の領域だぞ。安全極まりない場所だ。トラブルなんて起きようがない」


 吐き捨てるようにカウラはそう言った。それを見てかなめはにんまりと笑う。


「それが起きたんだな」


「嘘……何が起きたのよ」


 かなめの言葉と笑顔にアメリアが絶句する。


「後で分かったことだが、本当にそれは天文学的割合で起こる偶然だったんだ。外惑星から船が超空間転移して奴の艦隊の前に現れた。居住ポッドと最低限の宇宙航行装備、それにどこで手に入れたか分からない古い魚雷を三つ括り付けたおんぼろ船。典型的な宇宙海賊って奴だ」


 いかにも楽しそうにそう言ったかなめに誠達はあきれ果てていた。


「確かにそれはヤバそうな話だけど。最新駆逐艦とおんぼろ海賊船じゃあ勝負にはならないんじゃないの?」


 アメリアの口調は不服そうだった。四年前に遼州同盟機構が発足してからは宇宙海賊の被害は遼州内惑星圏では報告されていない。それほど治安の安定しているはずのハンミン国の宙域で事件が起こること自体が考えられない話だった。


「まあな。しかもその運の悪い海賊には度胸もなかった。ビビッてろくに照準もせずに魚雷をぶっ放したわけだ。普通ならそんなもん、明後日の方向に飛んでいくか対空砲火でドカンだが、そこでいつもの奴がらみのトラブルだ。三艦ともに対空砲火が不調。魚雷はそのまま命中した」


「嘘だろ?」


 明らかにカウラはかなめの話を信じていなかった。誠も信じられないというように息をのむ。


「嘘も何も、甲武海軍の記録に残ってる。司法局の局員なら権限で閲覧可能だぜ。まあ艦が沈むほどでは無かったからニュースにはならなかったけどな。しかも、奴の乗艦『匝瑳』は無傷だった。なんでも魚雷の信管が馬鹿になってたらしい」


「それはシャレにならないことで」


 心の入っていない調子でアメリアはそう言った。


「まあ、ことここに至ってはいくら辛抱強い海軍上層部も麗子が相当ヤバい存在だと気づいたんだ。だが、アイツが何をしたというわけでもない。武家の棟梁『将軍家』の娘だ。解雇するってわけにもいかない。そこで閑職に回すことにしたんだ」


 かなめはそう言ってほほ笑んだ。


「でもまだ三年目でしょ?田安中佐が転属になったのは去年の八月……」


「アメリアよ。アイツの運命の連鎖の解明までにはその後三年かかるんだ。聞いとけ。まあ、閑職と言っても明らかな感触は武家の棟梁の跡継ぎが継いだとなると将軍家恩顧の軍内部の勢力が黙っちゃいない。そこで、ほとんどお飾りの名誉職を用意したんだ」


 そう言ってかなめは周りを見回す。


「まあ役所じゃよくある話だ」


 カウラはそう言ってかなめの話を聞くべく頬杖をついた。


「そうだ、よくある話さ。ベルルカン大陸。あそこはアタシ等も以前、神前専用の法術専用兵器の運用試験で出動したことがある場所なのはオメエ等も知ってるだろうが、あの南部、ポロ共和国。知ってるか?」


「まるで私達がなにも知らないみたいな言い方ね。知ってるわよ。ベルルカン大陸は中央部のベルルカン山脈と付近の高地にほとんど降水量が無いから完全に分断されてて南部の国々は内戦続きの北部の国々に比べたら治安が圧倒的にいいわね。そんな中でもポロは安定してるわよ」


 偉そうなかなめの言葉にアメリアはそう言って食って掛かった。だが、かなめの余裕の表情は崩れない。


「ベルルカン山脈の付近は降水量が少ないだけじゃねえぞ。この星が地球人に見つかってすぐに調査がされたが資源もあそこにゃ埋まっちゃいない。誰にとっても価値が無いから誰も近づかない。そのことが、今の南部諸国にとっては幸運だった。あそこがなんとか収まっているのはそのせいだ。そして、ポロは甲武と同盟を結んでいる。ついでに軍事技術の支援までしてる」


「なるほど、あいさつ程度の軍事技術の支援事業のお飾りの指揮官にでも収まったのか、そのおめでたいお嬢様は」


 カウラは納得したようにそう言った。かなめもそれを察して笑顔を返した。


「じゃあそこでそのまま朽ち果ててくれればよかったのに……かなめちゃん。そのバカ娘が明日ここに来るってことはその話には続きがあるってことよね?」


 本当に面倒くさそうに愛車はそう言った。かなめはその表情にうなづいた後、話を続けた。


「そうだ。あの馬鹿の所属の甲武海軍での押し付け合いの物語は始まったばかりだ。まあ部下も隊長は馬鹿だってことは知っててからできるだけ関わらないようにしていたんだが、あの馬鹿、何をとち狂ったか仕事をしようとした」


「なんだ?教練でも始めたのか?」


 そう言うカウラの顔はかなめの物語にうんざりしている表情を浮かべた。


「まあ、普通ならそう考えるわな。でも、アイツのおつむの出来はそれ以下なんだ。日記をつけて陸軍上層部に送り始めた」


 自分の言っていることがおかしいと自覚しているかなめの目は死んでいた。


「日記?なにそれ?そもそもなんで軍の上層部の連絡先を知ってるのよ、そんな馬鹿が」


 アメリアは驚きの表情を浮かべる。


「だからさっき言っただろ?田安家は甲武武門の棟梁、『将軍家』なんだ。軍の偉い人の連絡先なんて知ってて当たり前だ。まあ、送られた方も大変だわな。読んでも訳の分からない報告書が毎日のように送られてくるんだからな。迷惑至極だ」


 そう言ってかなめはため息をついた。


「それでまた飛ばされた」


 カウラの言葉にかなめは静かに首を振る。


「なあに、この程度はかわいいもんだ。もっとすごいことが起きた」


「すごいことですか?」


 簡単に反応した誠の顔を見てかなめはニヤリと笑う。騒動好きなかなめの嗜好に合うような事件が起きたと察して誠は冷や汗をかいた。


「まあな。こんな上官だ。部下はまあ、仕事が終わればこの馬鹿を肴に集まって酒を飲む日常を送っていたんだそうな。その日もかわいそうな麗子の馬鹿の部下達は飲み屋で酒を飲んでいた。本来なら治安の良いポロだ何も起きないはずだった」


「その言い方。起きたってことね」


 棒読み口調のかなめの言葉尻をアメリアがとらえる。


「そう、本来起きないはずの出来事が起きた。突如アサルト・ライフルで武装したテロリストが一名現れて店の入り口から店内に向けてフルオートで銃をぶっ放した」


 あまりの展開に誠達はあんぐりと口を開けた。治安の良い東和で育った誠からしてもそれは信じられない出来事だった。


「嘘……」


 いつもなら馬鹿話を始めるはずのアメリアは息をのんだ。あり得ない出来事続き。誠もただあきれるほかなかった。


「まあ、アタシも嘘であって欲しいよ。まあ、安心できるのは死者が出なかったってことだ。素人がフルオートでアサルト・ライフルぶっ放すんだ。初弾以外は全部天井に当たるわな。まあその初弾も誰にも当たらなかったから出たけが人は、崩れた天井から落ちてきた破片が当たった軽症者だけだったそうな」


「それは安心だな……」


 カウラはようやく落ち着いたようにそうつぶやいた。それがかなり不謹慎なものであることは分かっていたが、麗子の前ではそれが意味をなさないことは誠にもなんとなく察しられた。


「カウラちゃん。麗子の馬鹿と同レベルで安心してどうするのよ!で?かなめちゃん。なんでそんなことになったの?」


 あまりの内容に半分壊れて妙な納得の仕方をしているカウラをなだめるとアメリアはそう言ってかなめを見つめた。


「驚くのはこれからだぜ。まあ、そのイカレたテロリストを捕まええてゲロさせたら、ある日突然家に荷物が送られてきたんで開けてみたら銃だったと。しかも、そいつがたまたま自殺願望の持ち主で、多くの人を道連れにしたくて発砲したんだと……」


 かなめも言ってることが馬鹿馬鹿しいのは重々承知している顔でそう言った。


「あのさあ、かなめちゃん。なんで……」


「アメリア、まだまだあるぜ。その荷物のルートをたどっていくと、ちゃんと空港のX線検査を通過してるんだ。まあ、送り主はベルルカンの失敗国家在住の武器商人だから、そこから武器が流れ出したってことは不思議な話じゃないんだが……そもそもその武器商人がなんで意味もなくポロなんて武器の規制の進んだ安全なところにどう考えても発見されると決まってる方法で銃を送ったのか……それは最後まで分からなくね」


 そう言ってほほ笑むかなめにアメリアとカウラは大きくため息をついた。


「さすがにこれだけの大ごとになれば、陸軍だって堪忍袋の緒が切れる。かくして田安麗子中佐は流浪の旅に出ることになった」


 かなめの奇想天外な麗子の物語はまだまだ続きそうだった。誠はあくびをしながらそれに聞き入っていた。

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