第3話 監査室長

「まあ馬鹿話はこれくらいにして……だ」


 嵯峨はそれだけ言うと自分の時計に目をやった。


「ちょっと待てよ……十秒前、五秒前」


 そう言いながら嵯峨は時計を見つめている。


「はい時間だ」


 そう言って嵯峨は顔を上げた。


「まあ、いいや。焦らしても面白いことは何にもねえしな。お前等に頼みたいことは一つ。司法局監査室の監査室長とその部下一名があと四十五分後にゲートに到着する」


 誠達は自分の時計を見た。


 時刻は八時四十五分。四十五分毎は九時半である。


「叔父貴言ってる間に五秒経ったぜ」


「かなめ坊。もうさらに五秒だ」


 かなめと嵯峨がそう言って笑いあう。


「隊長。秒単位で動く人なんですか?その監査室長って人……何者なんだ?」


 時計から目を離したカウラがそう言った。


「まあね……かなめ坊よ」


「まあな。どこの世界に待ち合わせ場所をセンチ単位で決める馬鹿がいるんだよ!待ち合わせ場所が五十センチずれてたってんで切れる馬鹿!奴一人だ!」


 かなめはそう言うと怒りに打ち震える表情でこぶしを握り締めた。


「あのう、かなめさんはその監査室長とお知り合いなんですか?」


 誠は恐る恐るかなめに声を掛けた。かなめの話を総合するとそう言う結論が導き出される。


「言いたくない……ってか、叔父貴。説明するのは隊長の仕事だろ?」


 誠の問いを拒絶したかなめは話を嵯峨に振った。


「だから言ったじゃん。本庁の監査室長をご案内するのがお前さん達のお仕事。理解できたろ?簡単なお仕事だろ?」


 そう言いながら嵯峨は卑屈な笑みを浮かべる。ころころと表情を変える嵯峨に誠はいつものように戸惑いの笑みを浮かべた。


「本庁の監査室……そんなのありましたか?」


 嵯峨の言葉を聞いた後、ずっと一人で首をひねっていたカウラが嵯峨に問いかけた。


「真面目一本のカウラ・ベルガー大尉ともあられるお方が知らない組織が司法局にあるの?驚きだわ……隊長、本庁の監査室って司法局の秘密組織なんですか?」


 カウラの言葉に驚きを隠せないというようにアメリアはそう言った。


「別に秘密組織ってわけじゃないよ。しっかり公になってるし、組織図にも載ってる。ちゃんとした表の組織。まあ影が薄いからベルガーが覚えてないのも無理ないわな」


 嵯峨はそう言いながら今度は大きく体を反らして椅子の背もたれにもたれかかった。


「まあ、もしかしてですけど、その監査室の部屋って本庁庁舎の地下だったりします?」


 アメリアは手を挙げて恐る恐る嵯峨に尋ねた。


「おう、クラウゼ。知ってるじゃないの。そだよ、地下、地下四階の掃除用具入れを改装して去年の八月にオープン」


「ああ、去年の八月ねえ……やっぱり」


 嵯峨の言葉を聞いて今度はアメリアまでがっかりとうなだれた。


「なんだなんだ?西園寺と言いアメリアと言い、何か知っているなら隠さずに言え」


 自分の右と左でうなだれているかなめとアメリアを見比べながらカウラが困惑してつぶやく。


「まあ、昨日の夜だ。奴から電話があって、『明日、監査に伺うからよろしくね。オーホッホッホッホッ』てひと笑いして切りやがった」


 かなめは一瞬顔を上げてそう言うとそのままうなだれた。


「やっぱりその笑い方ね。本庁に行くたびに見てるわよ、その笑い声の主の後ろ姿。誰に聞いても彼女のことを教えてくれなくて、ただ『本庁地下にお荷物がいるから早くコンクリで固めて封じろ』って繰り返すばかりで……で、隊長。何者なんですか?あの馬鹿」


 アメリアはあきらめ切った表情で顔を上げて嵯峨に尋ねた。


「おいおい、お前さんもめちゃくちゃ言うねえ。田安麗子中佐。甲武帝国海軍大学校を……主席じゃないがあ、それなりーな成績で出たエリート士官……通称『将軍様』」


「隊長。それなりーの成績ってエリートなんですか?」


 嵯峨の言葉に誠は思わず突っ込んでしまった。


「まあ、陸軍大学校を本当に首席で卒業した隊長からしたらそれ以外は全員それなりーの成績なんでしょ?」


 カウラはそう言って苦笑いを浮かべた。嵯峨はほとんど甲武陸軍大学校に出席せずに甲武帝大の法科の研究室に通って首席を取った『天才』だということは誠も知っていた。


「なんだよカウラ。それじゃあ俺が自分の成績を自慢してる鼻持ちならない奴みたいじゃねえか……否定はしないけどね」


 嵯峨は苦笑いを浮かべながらそう言った。そこには軍人の癖に軍人嫌いの嵯峨らしいいやらしい笑みが浮かんでいた。


「ちょっと待ってくださいよ。隊長、田安麗子っておっしゃいましたよね?監査室長は」


 ようやく我に返ったアメリアが嵯峨に目を向けてそう言った。


「おっしゃったよ。監査室長の名前は田安麗子」


 今度は完全に無表情で嵯峨はそう答ええた。


「ってことは甲武四大公家の田安家当主の田安麗子公ってことですよね?」


 アメリアはそう言って隊長の執務机を叩いた。甲武の事情をあまり知らない誠にはそんなアメリアの態度が不思議に思えた。


「アメリア!オメエは馬鹿か?また埃が……」


 かなめがそう言って口を押える。アメリアが机を叩いた反動で再び机の上の埃が部屋中に舞い始めた。


「隊長掃除してください!」


「カウラよ今したってどうにもならねええだろ?」


 埃の嵐にもだえ苦しむ誠達をこの部屋の住人で埃にはすっかり耐性ができている嵯峨が平然と答えた。


 嵯峨は気分を変えようと制服の胸のポケットからタバコを取り出す。


「隊長!」


 カウラが責めるような視線でそう言った。


「いいじゃないのよ。タバコぐらい吸わせてよ。我慢してるんだから」


「隊長がとっとと指示を出せばよかったんです。自業自得です」


「あっそう」


 タバコ嫌いのカウラに言い負かされて、嵯峨は仕方なくタバコをポケットに戻した。


「ああ、クラウゼ。さっきの質問な。オマエさんの言う通り、田安麗子中佐はあの四大公家の当主の田安麗子だ」


「やっぱり」


 アメリアはそう言うと今度は視線をかなめに向けた。


 かなめも西園寺家、甲武帝国四大公家当主を父から譲られていた。じろじろアメリアから見られていることに気づいたかなめは、スカートのポケットからタバコを取り出した。


「西園寺!」


「なんだよ、カウラ。タバコはアタシもダメなのか?この部屋喫煙可だろ?」


「隊長がダメなもの、貴様が良いわけがないだろ?」


 カウラにそう言われてかなめも渋々タバコをしまった。

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