特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第八部 「監査が来たぞ!」
橋本直
想像を絶する問題児
第1話 朝
遼州司法局実働部隊。そこは地球から遠く離れた恒星系『遼州』における国家同盟の『遼州同盟』加盟国の軍事、警察機構の枠を超えた実力行使を行う武装組織である。警察とも軍隊とも違うその組織は『軍事警察』に分類される攻撃性の強い武装組織だった。
その特殊な任務と個性的過ぎる『駄目人間』の隊長、嵯峨惟基をはじめとするメンバーのことを揶揄して遼州の軍や警察関係者は彼等を『特殊な部隊』と呼んだ。
その古めかしいコンクリート二階建ての隊舎の男子更衣室で機動部隊第二小隊隊員、神前誠曹長は私服から隊の制服に着替えていた。築五十年になるその建物は隙間風がひどく、誠も着替えながら暖房の電熱器の前で素肌をさらしていた。
司法局実働部隊機動部隊と言えば、巨大ロボット『アサルト・モジュール』を運用する隊の花形である。並んで着替えをする他の技術部の整備担当の男子隊員に比べて明らかに体格がよく、誠の表情は自信に満ちていた。
誠がネクタイを締め終わったとき、更衣室のドアを激しく叩く音が聞こえて、部屋中の男子隊員達が視線をドアに一瞥した後、一斉に誠に視線を向けた。
「神前曹長……なんとかしてくださいよ……」
「……ったく、いつものことながら……迷惑なんですよ」
隊員達は誠に恨み言をこぼした後、ゆっくりとドアから遠ざかる。誠は既視感にとらわれながら苦笑いを浮かべた。
ドアをたたく音は続いている。それは収まるどころか、次第に激しさを増していく。
苦笑いを浮かべて立ち尽くす誠に向けて、整備班の隊員達は怨嗟の視線を送る。渋々誠はドアを開けて表に出た。
「……んだよ!いつまで着替えてんだよ!女を待たせるなんて最低だぞ!」
おかっぱ頭のたれ目の美女が誠を怒鳴りつけた。
彼女は誠と同じ機動部隊第二小隊二番機担当である。黙って苦笑いを浮かべて立ち尽くす誠を見上げながら明らかに不機嫌に叫んだ。
男子更衣室の一同は怒っている目の前の美女、西園寺かなめの顔よりその左脇に目を向けた。
そこには銃がぶら下がっている。軍事警察機構である『特殊な部隊』とは言え、平時から銃を持ち歩いているのはかなめ一人である。
彼女は愛銃『スプリングフィールとXDM40』を日常的に持ち歩いている。私服だろうが外出だろうが明らかに見せつけるように左脇にブラウンの革製のホルスターを吊り下げて暮らしていた。
『そんなの護身用だ。一応、国じゃあVIPだからな』
それがかなめの言い分だったが、一応許可は取ってあるとはいえことあるごとに職務質問とその後のごたごたを経験している誠から言わせれば逆に銃を所持しているからこそ起きる問題の方がはるかに多かった。
「かなめちゃん。毎回こんなに叩いていたら、またこの扉壊れるわよ」
かなめの肩を叩きながら隣に立っていた185cmの誠と遜色ない長身の紺色の長い髪の女性がそう言った。
アメリア・クラウゼ少佐。彼女の所属は実働部隊の運用艦『ふさ』の運行を担当する運航部部長の職にあった。彼女は外惑星の軍事国家『ゲルパルト帝国』で製造された人造人間『ラストバタリオン』であるが、そんな人工的な感じはみじんも感じさせず、ただの普通の背の高いお姉さんと言った感じだと誠は思っていた。
「扉の心配より、中で着替えている連中の心配をするべきだな。このままじゃずっと、狭い更衣室に缶詰めだ……それにこの隙間風。風邪をひくぞ」
二人の後ろからそう言いながらため息をつくのはカウラ・ベルガー大尉。機動部隊第二小隊長。誠とかなめの上司である。彼女もまた人造人間ラストバタリオンでアメリアよりは幾分表情に硬さがあるので人造人間らしく見えた。
「いいんだよ!こんな臭い部屋、永遠に封印してろ!」
のしのしと大股で廊下を歩きだしてそう言い捨てるかなめに三人は大きくため息をつく。
「また無茶苦茶を……」
自分の長いエメラルドグリーンのポニーテールをかき上げると、カウラは呆れれながらもかなめの後ろに続いた。
「まことちゃん!行くわよ」
立ち尽くしている誠に一声かけてアメリアがカウラの後ろに続いた。ようやく去った災難に安心した更衣室の整備班員達に見送られて誠はかなめの後ろに続いた。
「待ってくださいよ!」
我に返った誠は三人の後を追って、隊舎の二階の廊下を走った。
「おはよう!」
機動部隊の執務室の引き戸を、かなめが乱暴に開ける。
「アメリアさん、ここ機動部隊の部屋ですよ……」
かなめに続いて部屋に入ろうとするアメリアの肩を誠が叩いた。
「いいのよ!挨拶ぐらいしていかないと!かわいい副隊長さんに!」
細い目をさらに笑顔で細めながらそのままアメリアは部屋に入った。
機動部隊隊員は全員で七名。入口の二つの机の島が、第一小隊である。手前の椅子には主はないが、その正面の席には、イヤホンで音楽を聞き入っている実働部隊整備班長島田正人が座っていた。
いつも通り真顔の彼は誠達の存在を無視して音楽に聞き入っている。
「おお!よく来たな」
部屋の一番奥の壁際のひときわ大きな執務机。その主、機動部隊隊長兼、第一小隊長のクバルカ・ラン中佐が手を振っていた。
「なんだよ……くそちびが自分から声をかけてくるときはろくなことがねえんだよな……」
それまで上機嫌だったかなめがそう言ってため息をついた。
かなめが『くそちび』とランを評したように、ランの見た目はあまりに幼い。どうみつもっても八歳児ぐらいにしか見えない。誠も何度ランを見ても、彼女が十二年前の、この地、東和の西に広がる遼南地方で起きた内戦時のエースだった事実を信じることができなかった。
「じゃあ、アタシはこれで……」
「アメリア、逃げるなよ」
「逃げるんじゃないわよ!アタシは運航部部長!ここは機動部隊の執務室!アタシは自分の職場に戻るの!」
すがりついて止めようとするかなめを振りほどいて、アメリアは部屋を出ていこうとする。
「ああ、クラウゼ。オメーにも用があるんだ。一緒に話を聞け」
ランの幼い面差しに悪意のこもった笑みが浮かぶ。ランが無理難題を誠達に持ち掛けるときには、決まってランにはこの表情が浮かぶ。
この表情を見たアメリアはあきらめたようにうなだれてランの執務机に向けて歩き出した。
カウラ、かなめ、誠、アメリアの四人がランの執務机の前に並んだ。
「お説教か?」
「いつものことだ……で、西園寺が何を壊した件ですか?」
「カウラ!アタシは最近は何も壊してねえ!」
ランの機動部隊長の大きな執務机の隣に並んだ、普通サイズの三つの机の島。その向かい合った机に座って四人をニヤニヤ笑いながら見つめているのは、機動部隊第二小三番機担当予定の『男の娘』のアン・ナン・パク軍曹である。
「アン!手が止まってるぞ!この前のシミュレーションの時のレポート。提出は明日だぞ!それとも何か?今日も残業したいのか?」
そう言ってランは部隊最年少の十八歳の新人隊員であるアン・ナン・パク軍曹を叱責する。
「話を戻そう。オメー等に特命だ」
手をその小さな胸の前で組みながらランは切り出した。
「はい、クバルカ中佐」
真摯に聞き入る姿勢ができているカウラはそう言ってランの言葉を待つ。
「隊長室へ行け。以上!」
「えーそれだけ?」
明らかに不服というようにアメリアが叫ぶ。
「なんだ?クラウゼ?もっと難しい指示がいいか?そのままジャージに着替えて、グラウンドを百周しろとかか?それとも……」
ランがめちゃくちゃな指示のたとえを繰り出そうとした時、とつぜんかなめが首を垂れた。
「どうしたんですか?気分でも悪いんですか?」
落ち込んだ表情でうつむいているかなめに誠が心配して声をかけた。
「やっぱり夢じゃねえんだ……」
かなめは悲壮感をたたえた声を吐き出した。それは隊長室に行くとろくでもない要件を押し付けられることを予見していることを示しているように誠には見えた。
「おい、西園寺。クバルカ中佐は『隊長室に行け』としか言っていないぞ。貴様は何か知っているのか?」
こちらも心配そうにカウラがかなめの肩を叩きながらそう言った。
「西園寺。テメー、隊長が何を指示するか知ってるのか?」
ランは相変わらずサディスティックな笑顔を浮かべながらかなめの落ち込んだ様を眺めている。
「すごいのねえ、かなめちゃん。予知能力?サイボーグにそんな力あったかしら」
アメリアがからかうような声を掛ける。かなめは幼い時に元宰相の祖父を狙ったテロで脳と脊髄の一部を除いてすべて機械化されたサイボーグだった。
「嘘であってくれ……そんなことはあり得ない……と昨日から願っちゃいたが……」
相変わらずうつむきながらかなめはそうつぶやいた。
カウラ、誠、アメリアはただうつむいて落ち込んでいるかなめを眺めている。
「まあ、隊長が何を言うかはアタシも知ってるから……その内容を予想がついている西園寺が落ち込むのも無理ねーよな」
そう言うランの口調には全く同情の色はこもっていなかった。
「クバルカ中佐!その口調だと中佐は隊長が私達に何を指示するのか知っているみたいですね?」
誠から見ても真面目で一本気なところが売りな第二小隊長のカウラは怒気を孕んだ口調でそう言った。
「知ってるよ。でもなー。アタシはそんなこと口にしたくねーから」
それだけ言うとランは椅子をくるりと回転させて壁に背を向けてしまった。小さなランが座るには背もたれが立派すぎる椅子にさえぎられて、誠達からランの姿は完全に消えてしまう。
「ランちゃん……もしかして……アタシ達……解雇?」
あまりに落ち込みの激しいかなめを見つめていたアメリアが見えないランに声を掛ける。
「安心しろ。それはねーから。ちゃんと隊長に無茶を押し付けられて来いよ!」
ランはそう言うと手を挙げて、誠達に部屋を出ていくように促す。
「それでは失礼します!」
こんな時でもカウラはランに向けてきっちりとした敬礼をして部屋の出口へ向かった。
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