第284話 ジョニーの仕事



「あんたが何者で、何の目的でこの街へ来たか……聞かせてくれるかい?」


 ジョニーが額に嫌な汗をかきながら、緊張した面持ちで問いただすと、男は虚を突かれたような顔をして慌てて手を振った。


「へっ? あの、私は怪しいものでは――」


「怪しい、とは言ってねぇ。だがあんた今、ニーニ山に続く山道のほうから降りてきたな? ムーンリット子爵領から、今は使われてない旧道を通ってきたんだろう? そのズボンの裾に付いているマテダンソウの種子がその証拠だ」


 ジョニーの槍が指したズボンの裾を見て、支部長が目を丸くする。そこには特徴的な黒い縞模様を持つ針のような植物の種子が大量に付着していた。


「旧道だと? まさかドスファルナスの縄張りを突っ切ってきたのか! んな事が出来るのは、うちの支部じゃディオぐらいだぞ?!」


「旧道……? あぁ、やはりあの道は正規のルートではなかったんですね……。道理で道は荒れているわ、魔物は手強いわで……」


 そう言ってカバンに手を突っ込み、ごそごそと中を漁った。


 そして中から仕立てのいい、だが使い込まれたブルーのマントを引っ張り出して、ぱさりと無造作に羽織る。


「申し遅れました、私はユグリア王国騎士団の第七軍団に所属するウィーバーと申します。いやぁ、山越えは徒歩の方が早そうでしたので、馬はムーンリット子爵領に預けて来たのですが、どうやら途中で道を間違えてしまいまして……。暑くてマントを脱いだ事をすっかり忘れていました」


 そう言ってぽりぽりと頭をかく。


「お、王国騎士団員……だと? あんたがか?」


 支部長が目を見開き、そして疑わしそうにじろじろとウィーバーと名乗った男を見る。


 自分もどの付く田舎とはいえ長く探索者協会で支部長をしているのだから、それなりの数の人間を見てきた。


 なのでそれなりに人を見る目はあるつもりだ。


 だが目の前の男からは、いわゆる強者特有の覇気が全く感じられない。


 いわゆるうだつの上がらない、という表現がぴったりな雰囲気で、とてもユグリア王国の切り札、泣く子も黙ると他国に恐れられている王国騎士団員には見えない。


「ははっ。貫禄がないってよく言われます。まぁ王国騎士団員と言っても、私は出世コースからは早々に外れ、万年ヒラ団員をやっておりますので。ところで――」


 ウィーバーはそこでジョニーに笑顔を向けた。


「先ほどのいきさつから見ておりましたが、素晴らしい観察力をお持ちですね。しかも博識ですし、胆力もある。引退されてなお支部長からの信任も厚そうだ。さすがは今この時期に、門番という大役をロヴェーヌ子爵から任されているだけの事はある。これからどうか仲良くしてください」


 そのように親し気に手を差し出され、ジョニーはひやりとした。


 引退の理由は、支部長をはじめ皆に、優秀な探索者が増えて自分の実力ではついていけなくなったからだと説明してある。


 だが、彼の内心は違っていた。


 探索者の仕事に未練はあったし、クラウビアの山河の事を知り尽くしている彼は、まだまだ第一線で活躍できただろう。


 だがこの街で生まれ育ち、この街を愛していたジョニーは、外圧により少しずつ変えられていくこの街の未来に漠然とした不安を覚え、いつからかこの街を守りたいと思うようになっていた。


 そのために自分に何ができるのか、彼なりに考えて出した結論が門番だった。


 だからロヴェーヌ家に努める庭師であり、古い友人でもあるオリバーの伝手を頼って、門番としてねじ込んでもらったのだ。


 ちなみにジョニーは、オリバーにすら引退の理由は『探索者としては厳しくなったから、生活の安定する役人として、これからは悠々自適に暮らしたい』などとうそぶいた。


 もっとも、その古い友人は、ジョニーの内心を正確に推し量った上で、あえて何も聞かずにベルウッドに自信を持って推薦したのだが。


 それ以降、ジョニーはこの街に出入りする人間をそれとなく観察し続けてきた。


 誰が何時ごろ出て行って、どんなものを持ち帰るのか。誰と誰が仲がいいのか。活動に不自然な点はないか。


 警戒心を抱かれないように、時にはあえて道化を演じ、誰にでも親し気に声を掛け、人間関係を作ってきた。


 これらは全て彼が勝手に決めてやっている事だ。


 だが――


 ……目の前で笑顔で手を差し出している、一見うだつの上がらないおっさんには、全て見透かされている。ジョニーは何となくそう感じた。


「……俺はジョニーだ。ジョニー・ウォーカーヒル。天下の王国騎士団員様が、探索者崩れの門番に握手とは、ずいぶん物好きな人だな。で、まだ何の目的で来たのかは聞いていないぞ?」


 ジョニーはあえてへりくだるような態度を取らずその手を握り、また冷や汗をかく。


 この世界の握手には、何となく相手の身体強化魔法の力量を量るという側面がある。


 だがジョニーには、目の前の相手がどのレベルの人間なのか、まるで分からなかった。


 ともすれば、まだ魔力器官が発現していない子供のように、まるで情報がない。


 内心の動揺を押し殺すジョニーの様子を見て、ウィーバーは嬉しそうに目を細めた。


「ふふっ。やはり有能ですねぇ。……私は、クラウビア山林域が王家指定の保護区に指定された事を受け、その保護計画の策定と実行の為に派遣されてきました。先にシザー君が補佐官として任命されていると思いますが、官吏だけではどうしても手に余る部分があるでしょう。何やら不穏な輩もうろついているようですし……。新たな王家の管轄地には、軌道に乗るまで中央の人間がサポートに派遣される習わしなのです。ま、騎士団員が出張でばる例はあまりないでしょうがね」


 そう言って手を離したウィーバーは、改めて丁寧に頭を下げた。


「そんな訳で、これからしばらくの間お世話になります、ジョニー君。この街の事、色々・・と教えてくださいね」


「……あぁ、こちらこそよろしく頼む。ただのしがない門番の俺が教えられる事なんて、飲み屋でおすすめの季節のつまみぐらいだけどな。支部長、悪ぃけどシザーさんのとこに連れてってやってくれねぇか? 一応身元を確認しておきたい」


「あいよっ! 俺は探索者協会ロヴェーヌ支部長のドルドだ。こんな見た目だけど、事務職上がりの頭脳派だ。よろしくなっ」


「あ、はいよろしくお願いします。ではジョニーさん、今度一杯やりながら教えてください、おすすめの季節のつまみ。約束ですよ?」


 支部長に連れられて歩いていく男の背中を見送りながら、ジョニーは呆れたようにぽつりと呟いた。


「……あれが泣く子も黙る王国騎士団員様か。あれで、万年ヒラ団員だってんだからなぁ」


 二人が辻を曲がったところで、ジョニーは気を取り直して自分の仕事に戻った。



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