第279話 昇格とクラン(1)



 俺は王都の4番4条の交差点にある、真新しい三階建てのビルに来ていた。


 ユグリア王国探索者協会本部。


 基本的な探索者活動は、学園の寮からもりんごの家からも近い王都東支所で事足りるので、ここに顔を出すのは久しぶりだ。



 ◆



「こんにちはー」


 味気のない無機質なドアをくぐって挨拶すると、いつかリアド先輩と二人で探索者登録に来た時も応対してくれた受付係の二人……名前は確かミカさんとマーヤさんが、受付カウンターから立ち上がり笑顔で出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、レン様。先日のドラグレイドのお仕事お疲れさまでした。探索者業界では『探索者レン』が成し遂げた仕事の話題でもちきりですよ?」


 マーヤさんがいきなりそんな事を言うので、俺はうんざりと顔を顰めた。


 王立学園生とばれて変に目立ちたくないというのが、通り名である『レン』で探索者活動をしているそもそもの理由だ。


 それなのにレンまで有名になったら、いったい何をしているのか訳が分からない。


「……成し遂げるも何も、探索者として仕事をした記憶はありませんよ? サトワさんから受ける予定だった仕事は、結局おじゃんになりましたからね」


 俺がそう言うと二人は顔を見合わせて苦笑した。


「……レンさんは変わりませんね。ちょうど一年前、初めてお会いした時と同じように謙虚な姿勢を貫くのは素晴らしいと思います。本日はサトワ副会長に御用ですか?」


 単に目立って色々とやりづらくなるのが嫌なだけなのだが、どうやら謙遜と受け取ったらしい。


 だがこうした誤解をいちいち否定していては日が暮れる。俺は取り敢えずマーヤさんの問いに首肯した。


 今日本部に顔を出したのは、サトワにドラグレイドの件で話があると呼び出されたからだ。


 サトワから受託予定だったルートゼニア鉱山遺跡の深部探索の依頼は、炭塵爆発で遺跡そのものが吹き飛んだのでなくなった。


 俺だって好きで遺跡を吹き飛ばした訳ではないのでさすがに不可抗力だと思いたいが、後々になって責任問題になったら面倒なので、話をつけにきた。


 サトワはかなりの私財を投入して、入念に今回の探索を計画していたみたいだからな……。


 個人としての収支は、大幅マイナスだろう。


 さらに俺は、サトワが準備に必要な経費は全て回していい、なんて言うので、その辺の露天商人の店で目利きごっこをして掴まされた、偽鉱物の領収書まで全てサトワに回してある。


 さすがにあの5240リアルは勘弁してくれと言われるかもしれない。


 無論契約は契約なので突っぱねてもいいのだが、あんまりごねて超貴重な遺跡を俺が木っ端微塵に吹き飛ばした事に対する責任などに話が波及したら洒落にならない。


 それこそ天文学的な額の借金を背負わされ、しかも債権者があの辺りを管理するドラグーン家、なんて事になったら――


 フェイのあの肉食獣のような目を思い出し、俺は背中をぞくりと震わせた。


 しかし五千リアルか……それほど金に困ることはなくなったが、いつまでたっても千リアル金貨というのは伏拝したくなるほど神々しい。


 だが、ここは必要経費と考えて妥協するしかない。


 とにかくなるべく穏便かつ迅速に、ドラグレイドでの出来事を過去の事として闇に葬り去る。それが先決だ。


 心中で方針を確認した俺は、ミカさんの案内にしたがって応接室へと入った。



 ◆



「失礼します!」


 部屋に入ると、中央に設置されているソファーセットには、すでにサトワと、なぜか探索者協会の会長を務めるシェルのおじきも掛けていた。


 おじきはGランクからの叩き上げであり、その腕っぷし一つで荒くれ者の探索者たちの頂点にまで上り詰めた、いわばこの国のアウトロー達の象徴だ。


 ずぼらなアウトロー探索者を絵に描いたような性格で、どう考えても協会長など務まるような人物ではないのだが、事務面は副会長のサトワ以下優秀な部下達がサポートしているとの事で、おじきは荒事専門だと自分で言っていた。


「おうレン、久しぶりだな。素直に呼び出しに応じるたぁ、珍しいじゃねぇか。どういう風の吹き回しだ?」


 シェルのおじきがにかっとしぶく笑ってそんな事を言うので、俺は唇を尖らせた。


「おじきと一緒にしないでくださいよ……。ちょっと急ぎの用があったので、中途半端な状態で別れちゃいましたが、俺は仕事の後始末ぐらいはちゃんとします。ね、サトワさん」


 ソファーに腰掛けながらそう抗議すると、サトワは味わい深い皺を目元に浮かべながらニコニコと笑った。


「そうですなぁ。報告書を読めば、『探索者レン』は地方の協会で職員に対しては常に品行方正で、困っている探索者仲間を無償でフォローしたり、キャンプで食事を振る舞ったりと、まさに探索者の鑑としかいいようがありませんな」


 流石は副会長! データに基づいた、実に正確な評価と言えるだろう。


 俺は鼻の穴を膨らませて唇を歪め、おじきにどや顔を向けた。


「なぁにが品行方正だ、サトワ。何でそんな奴がマッド・ドッグだなんて呼ばれて悪ガキどもに担がれてんだ? 答えは簡単だ。気にいらねぇもんを、片っ端からぶっ飛ばしてきたからだろうが。ま、そういう点も探索者の鑑だっつーなら、それはそれで俺は別に否定はしねぇがよ」


 シェルのおじきに痛いところを突かれて、俺はうっと怯んで話をそらした。


「ご、ごく稀に物分かりが悪い奴がいたら、ちょっと物の道理を説明するだけですよ……。ところで、今日は何の話でしたか、サトワさん」


 俺が話を本題に戻すと、サトワはにこにこと笑ったまま、信じ難いことを言い出した。


「そうそう、先日のシュタインベルグの緊急討伐任務を受けて、レン君をAランクに昇格させる事が決まりました。おめでとうございます」


「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はそんな任務を受けた記憶はありませんよ?」


 俺が慌てて問い返すと、サトワははっきりと首を振った。


「今回のように、魔物災害に繋がる可能性や緊急性が高い状況下で強力な魔物を討伐した場合、事後処理で緊急討伐任務扱いにする事があることはレン君もご存知でしょう。契約が無いのにリスクを取って、災害に対処した探索者達に報いるための制度ですな」


 自分が当てはまったことがないのですっかり忘れていたが、確かにそんな制度はあったはずだ。


 まぁ確かに、この制度がないと、突発的な事態で見知らぬ他人の為に命懸けで戦おうなんて探索者は少数派だろう。


「だ、だからっていきなりAランクはないでしょう……。俺はBランクとしてそれほど実績を積んだ記憶はありませんよ!? 討伐だって好きでした訳じゃありませんし、むしろあれは偶然の事故だと説明したはずです」


 俺が狼狽しつつもそう抗弁すると、横からシェルのおじきが話を引き取った。


「ふんっ、……代われサトワ。俺が話す。まぁそりゃそうなんだけどよ。今回は余りに状況が揃いすぎた。対策を練った王国騎士団員の五人パーティが、上位探索者のサポートにつけてなお、ギリギリで討伐できた伝説級の魔物。そいつに何の準備もなく対処する緊急任務だ。そこで一般坑夫を含む全員を一人残らず退避させ、自分は囮になって生き埋め。そこからもう一匹いたシュタインベルグを単独討伐して奇跡の生還。関わった者も多いし、他国にまでもう噂が回っちまってる。ドラグレイドを救った英雄に勲章を出して、Sランクに推挙すべき、なんて意見まであるくらいだ」


 俺が頭を抱えてうなだれると、サトワはこんな事を呟いた。


「ま、一番の要因は、会長がレン君の裏評価を探索者登録と同時にAまで引き上げていた事ですがな……」


 ぎろりとおじきを睨む。


「何ですか、その裏評価Aっていうのは……?」


 シェルのおじきは悪びれもせずこんな事を言った。


「ん? あぁ、面白そうな奴だからさっさとCかB辺りまで引き上げようと思ってな。そのまま直すの忘れてた」


「わ、忘れてた? いいい、いい加減にしてくださいよ! おじきのせいなんじゃないですか!! 俺がランク上げたくないの知ってんでしょ!? 昇格選考依頼も受けていませんし、納得いきません!」


 俺はそれから特別扱いなど不要だ何だと散々抗議をして、何とか昇格を取り消してもらえるよう説得を試みたが、シェルのおじきはわりーわりーなどと居直って、全く聞く耳を持たない。


 しまいにはローテーブルをドンっと叩き、こんな感じで逆ギレしてきた。


「るっせえ! 理屈もくそもあるけぇ! 俺がAっつったらA! それが一番大事な決まりだ! 索敵能力を含む戦闘面! 自分の危険を顧みずに最適な行動が取れるメンタリティ! 凶悪な魔物が巣食う劣悪な環境下から生還する生存能力! Aランク昇格査定員の資格を持つサトワが、それに十分値する依頼に立ち会って、その目で見た事を俺に報告した! 結果おめぇはAだ!」


 んな無茶苦茶な……。


 だがサトワならいざ知らず、こうなったおじきを説得するのは不可能だ。テコでも結論を変えないだろう。


 俺ががっくりと項垂れると、サトワがまぁまぁと俺を励ましてきた。


「念のために言っておきますと、会長は本当に裏査定を戻すのを忘れていたわけではないと思いますな。私や、同じく副会長のオディロンが、Bランクへ戻さなくていいのかと何度か進言しましたので。その度に考えとく、と言って先延ばしにしてきたのは、会長なりに考えがあってのことでしょう。少なくとも、レン君が負い目を感じる必要はありませんな」


 ……このはげ、食わせ者な所があるし、やっぱりわざとか……。


 俺が苦虫を嚙み潰したようにぎろりとおじきを睨むと、おじきは珍しく狼狽したように禿げ頭を撫でてこう言った。


「し、進言? ……そうだっけ?」


 …………。




 ◆ 後書き ◆


 書籍四巻の購入報告ありがとうございます!

 大変励みになります!


 ありがたい事に、おまけのSSを纏めたSS集を販売してほしいとのコメントをいくつかいただいております。


 担当編集の方に相談したところ、ハードルは高そうですが、過去の人気作では出された事例はあるそうなので、絶対に不可能という訳ではないそうです。いつか出せるようにがんばります!


 引き続き応援のほどをよろしくお願いいたします!

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