第278話 新歓イベントの裏側あれこれ



「ごほんっ。時間だ。それでは合格者を発表する!」


 そう言って担当者の男が、掲示板にかけられていた布を一気に巻き取る。


 合格者の名があらわになった瞬間、一部の生徒達が一斉に走り出す。


 ◆



「あーあー、どいつもこいつも嬉しそうに尻尾を振ってまぁ」


「あぁ、実にくだらない。なぜ僕たち選ばれた人間が一般寮犬小屋なんかに入居しなきゃならないんだ。貴族寮でも専属メイドすらいなくて不便なのに」


「自分で家事とか非効率で無理。部活動も不合理で無理」


 一斉に一般寮に向かって走り出す同窓生に、このように冷めた視線を送る新入生も、もちろんいる。


 アレンが見たら小躍りして喜びそうな、生意気そうな後輩達である。


 やや遅れて、アレンが魔道二輪車に乗って現れる。


「あぁやっと来たね、アレン・ロヴェーヌ先輩だ。あえて遅れて来て目立とうという魂胆かな? ……すごい格好だね」


 颯爽……とは言い難い、不恰好な体勢でたくさんの荷物を抱え、後部に船の帆がはためく魔道二輪車に乗ったアレンは、頭に『青春』などと書かれたはちまきを巻いている。


「……こほん。何が狙いかはよく分からないけど、相当なたぬき、ペテン師だって話だし、面と向かって敵対するのは得策じゃない。気に入らないけど、しばらくは距離を取って様子を見よう」


「……あんな恥ずかしい格好の人と絡むのも無理……」


「…………」



 ◆



 オリエンテーションの後。


 王立学園の理事長であるミハル・シュトレーヌは、学舎にある職員会議室の窓から眼下を見下ろしながら苦笑を漏らした。


「なるほど、部活動への勧誘合戦、ですか。随分と盛り上がっていますね。恐らくこれも主導したのは……?」


「ふむ、あやつです。……あれからたった一年。よくもまぁこれだけ発信力をつけたもんですの」


 ゴドルフェンがそう言って、半ば呆れたように首を振ると、職員会議室にいるほとんどのメンバーもまた苦笑し、懐かしそうに目を細めた。


 ちょうど今日から一年前。


 アレン・ロヴェーヌという正体不明の子供は、降って湧いたかのように、唐突に現れた。


 実技試験で満場一致のトップ評価を得ながら、学科試験で不正間違いなしと太鼓判を押されるという、前代未聞の試験結果を叩き出して。


 不正判定システムは事前の共通テストとの比較から、怪しいなどというレベルではなく、ほぼ黒と断定しているような値を示していた。


 にもかかわらず、困った事にいくら試験映像を調べても、不正の証拠はおろか怪しいそぶりすら一切なかった。


 矛盾する二つの状況が並立し、あらゆる専門家が様々な角度から喧々囂々と意見を述べたが結論は出ず、仕方なくゴドルフェンが直接聴取を行ってから結論を出す事となった。


 その聴取の様子を皆で見守っていたところ、アレンは不正の嫌疑をかけられた事で怒りに震え、あろうことかゴドルフェンに向かって叩きつぶすと啖呵を切った。


 その怒りに震える声音は、そして真っ直ぐな目は、誰がどう見ても不正をした奴のそれではなかった。


 過去の例では、怪しい者は全てEクラスに配属されているのは事実だが、そもそもこの王立学園入試で一か八かの不正を働くのは、自力では合格が怪しいというレベルの受験生が多い。


 上位貴族ですら入学するには庶民と同じ試験を突破するより他ないのだ。そんな入試で不正を働くのは、余りにリスクが高い。


 万が一不正がばれた時は、生家や地方勢力にも多大な迷惑を掛けるし、もちろん本人はとても地元の領内では生きていけないだろう。


 余裕のAか、さもなくばEかなどという事例は皆無である。


 ともあれ、ゴドルフェンへの啖呵を見て、これでアレンの所属クラスはAに決まったと誰もが考えた。


 だがゴドルフェンは独自の判断で、Aクラス残留にかなり厳しい政治的な条件をつけた。


 そして……先程のように激憤して抵抗すると思われたアレンは、なぜかすんなりとこれを受けた。


 百戦錬磨の試験官達の目には、アレンは心中ではほくそ笑んでいるようにすら見えた。


 結果は周知の通り、たった一日でその条件を達成するという政治手腕を発揮したアレンの名は、ただの俊才とは全く異なる次元で、瞬く間に王都を駆け抜けた。


 全てはアレン・ロヴェーヌの手の平の上の出来事であったかのように。


「もう一年ですか。早いですなぁ。あの時はまだ、私は彼の学力を疑っていましたねぇ……」


 そう言って苦笑いをしたのは、ジェフリーという魔法数学を専門にする教師だ。


 彼が作成した試験問題には、受験対策では決して解けない難問が一問あった。正答したのはアレンだけである。


 入学後、授業の際にどこまで理解しているかをそれとなく問うと、アレンは嬉しそうにゾルドと議論した内容を踏まえてぺらぺらと答えた。


 ジェフリーからすると、理論の本質を理解しようと情熱を持って学んだ者だと一目瞭然だった。


 彼はそこで疑ってかかった自分を恥じた。


「不正ではありませんが、あるいは事前の共通テストの方の得点を、あえて低く抑えていたのではないかと、そちらの方まで徹底的に調査されたくらいでしたからね……。まぁ不自然な点は無かったとの事ですが」


 今はもう、アレンの不正を疑っている者は、もちろんこの学園にはいない。そんな次元の人間ではないと、この一年で骨の髄まで分からせられたからだ。


「翁がめちゃくちゃな課題を与える度に、アレン・ロヴェーヌ君はそれを軽々と越えていき、その度に名声を高めました。初めのオリエンテーションから始まり、坂道部も、新星杯も、そして林間学校もですか。翁とアレン君の職員室での胸ぐらの掴み合い、懐かしいですね。あの時は目眩がしました……」


 ムジカは懐かしそうに笑った。


「ふぉっふぉっふぉっ。『俺の道を邪魔する奴は、誰であろうと叩き潰す』、そう宣言されたのはちょうど一年前じゃったかのう。まったく、年寄りを何度も踏み台に使いおって。さて……この勧誘の様子を見ていると、あやつがこの学園に必要だと理事長に訴えたという『あの話』も、どうやら正気で進めるつもりじゃのう」


 ゴドルフェンがそう言って顎髭を撫でると、全員が顔を引き攣らせムジカを見た。


「……関係各所と調整を進めていますが、依然として反対意見が大勢です。ですが……ここまでの熱意を見せつけられたら、何とか叶えてあげたくなりますね」


 ムジカはそう言って、ミハル理事長をちらりと見る。


 アレンはこの学園の改革に必要な事をミハル理事長に問われ、一度本気のプレゼンをかました事がある。


 この国の才能が集結し、最新の技術や設備、そしてそれを用いた研究で国の根幹を支えている王立学園には、およそ教育機関とは思えない機密性の高さから、あれがない。


 日本では当たり前にある、学園を外部に解放してさまざまな催し物を行う青春イベント。


「反対意見が多いのは当然ですね。ですが……あのアレン・ロヴェーヌ君が、あれほど訴えるのです。何が起こるのかを見てみたい。気がつけば私もそう思わされています。……やると決めるならば、この学園が本気になれば何でもできるという事を、証明しなければなりません」


 眼下で目を輝かせている生徒達を優しく見つめていたミハルは、おもむろに振り向き教職員一人一人の目をしっかりと見た。


「設立から千余年……王立学園初の学園祭――開催します。いいですね?」


「「はっ!!!」」



 ◆



「アルさんから部を預かっている・・・・・・私達が、魔法研を衰退させるわけには参りませんからね。援護します!」


 窓の外からそんなジュエリー・レベランスの声が聞こえ、新たなクラスメイト達は気まずそうにアルことアルドーレ・エングレーバーを見た。


 事故により片腕を失い、AクラスからEクラスまで転落したアルに向けた言葉としては、それは余りにも残酷に思える。


 案の定、アルは口を真一文字に結んで、涙を堪えているように見える。


 皆の視線が自分へと向いている事に気がついて、アルは表情を緩めて頬をかいた。


「あぁ、すまん。皆あまり気を使わないでくれ。腕を失ったのは自分の責任だし、もう気持ちの整理は付けた」


 アルがからりと笑ってそう言うと、クラスメイトたちはほっと息を吐いた。


「そ、そうか……それは良かったよ。まぁあいつらAクラスの人間には、俺たちの気持ちはわからねぇのよ」


「そうそう、悪気はねぇんだろうけどよ。マイペースで行こうぜ」


 アルはにっこりと笑って頷いた。


「あぁ、分かっているさ――」



 ◆



 春休み――


 アルは自分を見つめるために、ひたすら地元のエングレーバー子爵領で滝に打たれていた。


 エングレーバー領は国内きっての豪雪地帯であるユーハラド山脈の中腹にあり、その雪解けが集約され流れ落ちる滝の水は、冷たいなどという物ではない。


 厳冬期には、この辺りはアンジュという魔物の樹が沢山降りてきているが、この時期はもう少し標高の高いところに移動しているだろう。


 アルが滝の下で坐禅を組んで瞑想していると、真っ白な体毛に覆われたツノウサギが現れ、ツノを光らせ攻撃の意思を見せた。


「キュウッ!」


 アルはそっと掌を向けて水弾を放った。


 そして、自身の魔法の鋭さにぎょっとした。


 追っ払うだけで用は足りると手加減をしたので、むしろ躱されると思っていたにもかかわらず、ツノウサギは一撃で気絶したのか動かない。


 ゆっくりと、魔法を放った自分の掌を見る。次の瞬間、心臓がどくりと跳ねる。


 ニャップの森を四人で探索した際のやりとりが、アルの脳裏を駆け巡る。


「そういう、事か……アレン。すでに……答えは出ていたんだな……」


 あの時すでに――



 ◆



 アルは励ましてくれるクラスメイトに向かって、にっこりと笑って頷いた。


「あぁ分かってるさ。誰にも悪気はない。俺を哀れんでいる奴も、励ましてくれる奴も、そして……信じて、叱咤してくれる奴も……皆が俺に……勇気と力をくれるんだ!」


 失意の底にいるはずのアルが、燃えるような瞳で笑ってそう言い切ると、新たなクラスメイト達は息を呑んだ。





 ◆ 後書き ◆



 いつもありがとうございます! 西浦 真魚です!


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 そして書籍四巻の発売が今週10日木曜日に迫っております!


 皆様なにとぞ、応援のほどをよろしくお願いいたします!!!

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