第270話 昇竜杯(10)
俺が
大会事務局から、性質変化の才能がないとお墨付きを貰ったばかりの俺が、水属性の魔法を使ったと
あらかじめ予告していたドルですら、『アレンお前……』とか言いながら白目になって、魂が口からはみ出たような顔をしている。
「ドルっ!」
走り出しながら小さく名前を呼び、ドルを再起動する。
俺たちが一斉に動き出したのを把握したジュステリアの選手が、アリーチェさんたち帝国の二人に向かって構築していた魔法を、思考停止状態のままに放つ。
とほぼ同時に、ギリギリまで発動を溜めていたプリマ先輩が、狙いをジュステリアの選手に変更して大魔法を放つ。
「――はぁぁああっ! ブルーラットッ!」
『ジュステリア:ポリシー退場。ユグリア王国合計7ポイント』
『ジュステリア:レトロ退場。ユグリア王国合計8ポイント』
ジュステリアの選手達は、慌てて魔力ガードで受けたが、プリマ先輩の最大魔法であるブルーラットが威力で押し切った。
アリーチェさんを狙うという選択肢もあったとは思うが、真正面からでは落とせないとプリマ先輩は判断している。
アリーチェさんは『放火魔』などと呼ばれ、そのオフェンス面に注目が集まっているが、ロザムール帝国を統べるロザムール家の血の特徴としてよく語られるのは、魔力ガードの硬さだ。
アリーチェさんもその例に漏れず、過去の昇竜杯でも、プリマ先輩は一度もアリーチェさんを落とした事がないらしい。
というか、魔力ガードの強度と維持能力が反則級に高いらしく、一年生の頃から一度も落とされた事がないそうだ。
ちなみにプリマ先輩の『ブルーラット』の修得には俺も一枚噛んでいる。
ある日先輩が珍しく暗い顔で、威力面で伸び悩んでいると相談してきた。
今にして思うと、『アリーチェさんの魔力ガードを貫ける魔法』の習得に、ずっと悩んできたのだろう。
俺は例によって適当な思いつきで、魔法を動物の形に成形して放つという事を提案した。
理由はもちろんかっこいいからだ。
そりゃてぇへんだ、不合理だと聞き耳を立てていた全員が反対したが、俺は『ビジュアルを軽視するな! 神は細部に宿る……』などと意味不明な事をしたり顔で言って、反対意見を一蹴した。
皆はなお疑わしそうな顔をしていたが、プリマ先輩はのってきた。
何の動物がいいのか、とか聞かれたので俺は雷属性といえばこれと、信頼と実績のねずみを迷わず推薦しておいた。
もちろん脳裏には、あの国民的モンスター捕獲ゲームの超人気キャラクターがいた。
これにも弱そうだの何だのとブーイングが飛んだが、プリマ先輩はくすりと笑って『監督は本当に厳しいですね。分かりました、私も初心に立ち返り、
そして何とかカピバラみたいな間の抜けた顔の魔法が飛んでいくようになった時、プリマ先輩の魔法の威力はあら不思議、結構伸びていた。
ムジカ先生曰く、『天賦の才で、努力なくともほぼ完璧にできてしまっていた基礎に目を向けた結果でしょう。なるほど神は細部に宿る、ですか……』との事だ。
才能がないので何を言っているのかはまるで分からないが、結果オーライだ。
そしてオーライな結果が出れば、当然ながら訓練にも身が入る。
そうして好循環に入ったプリマ先輩は威力と見た目のディテールをメキメキと伸ばし、今では中々迫力のある『ブルーラット』を放つ。
話が逸れたが、それでも警戒しているアリーチェさんを真正面から貫くのは恐らく無理なので、ポイントを取りつつ有利な位置関係を取る作戦だ。
とりあえずポイントは逆転できたが、戦況が一気に動き出す。
『ベアレンツ群島国:サアード退場。クヴァール共和国合計1ポイント』
視界不良の中いきなり乱戦になった事で、衝突事故的にベアレンツ群島国の選手が落とされる。
そのどさくさをついて、俺たちは立ち位置を入れ替えるべく回り込もうとする。
「逃しませんよ、アレンさん!」
だが、やすやすと見逃してくれるほどアリーチェさんも甘くはない。
堅牢な魔力ガードを身に纏い、強引に距離を詰めながら豊富な魔力量にものをいわせて視界不良の中めちゃくちゃに火球を放ってくる。
「
ドルが牽制の地爆を設置していくが、アリーチェさんはまるで地雷原処理戦車のように、お構いなしに地爆を踏み潰していく。
「ちぃ! 二手に分かれるぞ! 固まっていてもメリットがない!」
「あいよ!」
「はいっ!」
ドルと二手に分かれるが、アリーチェさんはキマった目で炎弾を放ちながら真っ直ぐに俺達を追いかけてくる。
しつこすぎるだろう……。俺は親の仇か何かか……。
「負けるわけにはまいりません! 一緒に一つずつ取り返していく! そう約束したのです!
せ、セリフは美しいのに、目が血走ってて怖い!
『クヴァール共和国:ネーヴェフ退場。ロザムール帝国合計8ポイント』
ドルが向かった方は方で、帝国のエクレアさんも交えて激しい戦闘になっているようだ。
ポイントは現在王国と帝国が8ポイントずつを分け合っている。
「……振り切れませんね。私がアリーチェ姫をここで止めます。後は……監督とドル君を信じます!」
「先輩?」
プリマ先輩は覚悟を決めた顔で立ち止まり、その場で弾幕を迎撃しながらアリーチェさんを待ち受ける。
両者の距離がみるみる詰まっていく。
「邪魔です! あなたの相手は後でゆっくりしますので、そこをどきなさい!」
「どきませんっ! 負けられないのは私も同じです! 私に居場所をくれた、監督と魔法研の皆のためにっ!」
居場所をあげた覚えは全くないが、プリマ先輩はそんな事を言った。王立学園で首席の位置にいるというのは、やはりそれなりに孤独を伴うのだろう。
二人はものすごい近距離で高度な魔法の応酬をし、そのまま衝突した。
いや、正確に言うとプリマ先輩が抱き止めるようにアリーチェさんを受け止めた。
「なっ……!?」
その一見無謀な挙動が意外だったのだろう。アリーチェさんは困惑をその顔に浮かべた。
「――ブルーハグ」
困惑するアリーチェさんをよそに、プリマ先輩が超近接魔法を発動した。
瞬間、蒼い雷光がバチバチと音を立てながら二人を包む。
プリマ先輩が繰り出した『ブルーハグ』は、俺も初めて見るものだ。
だがその魔法の狙いは、俺も味わった事があるから分かる。
もちろんあんな風に抱きつかれた訳ではない。
ある時、雷魔法を体験してみたいとプリマ先輩に頼んだら、握手で電撃を体験させてくれた。
初めは電気マッサージ程度から始まり、少しずつ出力を上げてもらうに従ってダメージが入り始めるので、魔力ガードで防御する。
その状態でもっともっととおねだりして、しばらく電撃をくらい続けていると、身体の感覚が麻痺してきて上手く魔力を練れなくなり、最後には魔力ガードを維持できなくなったのだ。
始めは気のせいかとも思ったが、一万分の一と言われる貴重な雷属性を繰り返し堪能していると、再現性がある事に気が付いた。
そんな面白い現象を発見したからには、とことん突き詰めなければ気が済まない。
そこで俺は、無理矢理魔法研の部員たち全員を被験者に巻き込んで、徹底的に条件を研究した。
その研究の成果から生み出された魔法だろう。
もちろん実戦ではずっと相手と握手しているわけにはいかないので、役立てるには何らかの工夫が必要だとは思っていたが……。
俺はプリマ先輩がどんな解を出したのかを見守った。
「は、離れなさいっ!」
アリーチェさんが身を
「アリーチェ様っ!」
エクレアさんが慌てて駆け寄ってくる。
「……私は……大丈夫……ですので……ルドルフ・オースティンを……」
両者がもつれ合うようにして倒れるが、プリマ先輩はなおも魔力による放電をやめない。
ここで全てを出し尽くすつもりなのだろう。
バチバチと音を立て、蒼くほとばしる放電は、俺なら近づくだけでブローチを割られかねない。
たとえエクレアさんが魔法で横槍を入れても、かき消されて終わりだろう。
これほどの出力で魔力を放出し続ければ、いかにプリマ先輩と言えどもあと十秒ももたず魔力が枯渇するに違いない。
だがその甲斐もあって、流石にアリーチェさんも魔力ガードにリソースを全振りする必要があるのか、反撃に出る様子はない。
先輩の魔力が枯渇するまでにアリーチェさんの魔力ガードを解除して、ブローチを割ればプリマ先輩の勝ち。凌ぎ切れればアリーチェさんの勝ちという状況だ。
「はぁぁあああっ!!!」
先輩が全てを出し尽くすとばかりに咆哮を上げ、さらに放電出力を上げる。
「ぐぅぅううううっ!」
両者の気合いが激突し、決着の時が近いことを知らせる。
先輩の放電が弱まり始めたその時――
『ロザムール帝国:アリーチェ退場。ユグリア王国合計9ポイント』
アリーチェさんのブローチは砕け散った。
プリマ先輩は魔法を即座に解除したが、両者共に立ち上がらない。アリーチェさんはどうやら気を失ったようだ。
「大丈夫ですか!?」
慌てて俺が駆け寄ると、全てを出し尽くしたプリマ先輩は、アリーチェさんの上からゴロリと転がって仰向けになり、悔しそうに唇を噛んだ。
「すみません……監督……勝ちきれ……ませんでした」
ピキリと、先輩のブローチにひびが入る。
『ユグリア王国:プリマ退場。ロザムール帝国合計9ポイント』
どうやら落ちる直前に、アリーチェさんは反撃していたらしい。
俺は首を振った。
「かっこよかったですよ、先輩」
シンプルにそう感想を言うと、プリマ先輩は照れくさそうにはにかんだ。
「ふふっ。『かっこいいかどうかが何より大事』。いつもそう言っている監督に褒められたのが、何より嬉しいですっ」
◆ 後書き ◆
いつもありがとうございます!
コミカライズ最新話が更新されています!
筆者的な見所は、ライオと睨み合うアレン笑とラストのコマのフェイ笑です。
サイコーですのでぜひチェックしてください!
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