第247話 報告
翌朝――
侯爵邸の会議室で、主だったメンバーに、俺はことの成り行きを淡々と説明した。
「――そんな訳で、決して誰にも予測できない不幸な
だが俺が話し終えても会議室は静まり返ったままだ。
恐らくは皆昨日飲み過ぎて、頭が痛いのだろう。
全員が眉間にシワを寄せて虚空を睨んでいる。
昨夜開催された宴では、時が経つにつれて提供されるアルコールの濃度が濃くなっていった。
最後の方に供された真っ青な瓶に詰められていた酒など、口に入れた瞬間から魔力分解しなければ即ぶっ倒れるような、もはやただの毒だった。
体感のアルコール度数は200%くらいあったぞ……。
誰かが吐いた吐瀉物に火の粉が飛んで、そこら中でゲロが燃えていた。
皆が体調不良に苦しむ中、ただ一人にこにこと笑いながら話を聞いていたフェイが沈黙を破る。
「ぷっ! きゃは! きゃはははは! 流石はアレンだね。少しは分かってくれたかな、おばあさま? 僕の苦労が。毎回このノリなんだよ?」
頭痛が酷いのだろう。
いい歳こいて、あんな酒を瓶でラッパ飲みなんてするから……。
「ところでアレン? そのムーン・ドラグーンの秘密の
ちっ。
こいつは相変わらず要点を確実に押さえにくるな……。
だがまあ、聞かれてしまったからには答えない訳にはいかないだろう。
どうせその内に分かることだし、言いづらい報告を誤魔化そうとすると、大体事態が悪化するのは社会人の常識だ!
「木っ端微塵に吹き飛んだだろう。跡形もなくな」
俺は腹に力を込めて、力強く断言した。
あの後、鉱山深部では何度か誘爆を繰り返していたが、それでもあの遺跡の坑内通気の仕組みは暫く生きていた。
だがある一際大きな爆発が最深部の方で起きたタイミングから坑内通気が急激に不安定になり、最後には停止した。
確認したわけではないが、崩落などで一気に排気口などが塞がっただけであらば、あのような停止の仕方はしない筈なので、まず間違いないだろう。
お陰で一酸化炭素中毒の恐怖に怯えながら、よろめく足に鞭を打って必死に走る羽目になった。
「ぷっ! きゃははははは!」
俺がそのように説明すると、フェイはひとしきり笑った後、隣に座る侯爵とそっくりな格好でこめかみを揉みほぐし始めた。
だ、誰一人喋らなくなった……。
「あ、あの、私なんかやっちゃいましたかね?」
長い長い重すぎる沈黙に耐えかねて、俺はやけくそ気味に無自覚系チート主人公のようなセリフを吐いた。
問題は、俺がチート主人公ではなく、もちろん無自覚でも何でもない点だ。
世界をひっくり返す可能性すらあった、世紀の大発見の遺跡を、木っ端微塵に吹き飛ばしたんだぞ?
やっちゃいました、なんてレベルでは到底済まされない。
だから自分で火をつけたことは伏せて、カエルが暴れたせいで偶然火花でも出たのかな? 何て説明をして、事故として片付けたのだ。
「……精鋭の王国騎士団員五名が万全の準備を整え、高ランク探索者のサポートをつけてなお、ぎりぎりで討伐した伝説級の魔物の単独討伐を成し遂げて、さらに大陸史をひっくり返すほどの遺跡を発見ですか……ここまでくるともはや探索者ランクをどう評価すればいいのか――」
にも関わらず、サトワがこんな寝言を言い始めたので、俺は即座に否定した。
「いやいや、単独討伐も何も、あいつがひとりでにハンバーグになったのは、ただの炭鉱爆発事故の結果ですし、その遺跡も今や跡形もないので大発見でも何もありません。つまり、俺は何もやってない」
厳密には跡形くらいはあるかもしれないが、いずれにしろ今重要なのはあれが事故だという事だ!
だから誰かこっちを見て!
俺がそのような主張を押し通そうとしたところ、ロンフォさんという名の騎士団の偉いさんが、眉間にシワを寄せたまま援護射撃をしてくれた。
「…………確かに……アレン・ロヴェーヌの言う通りこの件は伏せるしかない。そうだろう? ドラグーン侯」
侯爵がテーブルに両肘をついて、こめかみを揉みほぐしながら声を張り上げる。
「当たり前じゃろう! あのムーン・ドラグーンが残したラボが完璧な形で発見されました、でもそれは事故で偶然吹き飛びました、残念でした…………なんて説明を各国が鵜呑みにする訳がない! 隠した……そう解釈されたら戦争の引き金になりかねないし、もしそうなったらここドラグレイドが敵国の第一目標になるよ! いや、国内の他勢力すら疑心暗鬼になるじゃろう。全く、今となっては中立のサトワやロンフォら王国騎士団員を、この場に立ち合わせておいて良かったよ……はぁ……頭が痛い。今にも割れそうじゃ!」
そんな血走った目で俺を睨まれても……飲み過ぎて頭が痛いのは自業自得なんじゃ……。
サトワもまた、眉間に深いシワを刻み顎を撫でた。
「ふーむ、確かに。そもそもその遺跡が存在した事を証明する術がありませんな。アレン君は、その遺跡から何も持ち出せなかったので?」
サトワにそう言われて、俺はすっかりその存在を忘れていた例のお土産のことを思い出した。
「ああそうだ、土産に持って帰ってきた物があったんだった」
そう言って、あの倉庫から持ち出した魔力を当てると光る石を、テーブルにごとりと置くと、険しい顔で虚空を睨んでいた全員が目の焦点を合わせた。
「ぼ、僕は信じてたよアレン! で、それは何?」
先程まではゲロでも吐きそうな青い顔をしていたフェイは、途端に目を輝かせた。
「随分心配かけたみたいだし、土産にやるよフェイ。この一見何の変哲もない石をな……」
そう言って、渾身のドヤ顔で魔力を強く練って風を当てる。
部屋が明るいので多少わかりにくいが、石は問題なく光った。
「あ、うん。それは蛍魔鉱石だね。魔力に反応して光る。ちょっと珍しい色だけど、この辺では結構採掘される……で、それは何?」
…………そ、そんな普通にあるの?
俺がドヤ顔を引っ込めて顔を引き攣らせていると、皆はまた眉間にシワを寄せ始めた。
にも関わらず、フェイだけはまだ俺の話に続きがあるとでも信じきったような、キラキラとした目でこちらを見ている。
もちろんこの石に、続きの物語など皆目ない。
俺は迷いに迷って覚悟を決めた。
「じ、冗談だ……これを……これをお前にやる!」
そう言って、思い出のBBQ串君を取り出して右手で掲げる。
「そ、それは?」
フェイがごくりと息を呑み、再び皆の目に焦点が戻ってくる。
「これは、遺跡の朽ち果てたトロッコから剥がした棒だ。も、もちろんただの棒じゃない! カエルの肉をぶっ刺して焼いたり、さっき話した開かない倉庫のドアをこじ開ける時に使った……孤独な地の底で随分と俺を助けてくれた、世界一ロマン溢れる、思い出のBBQ串君だ!」
俺はそう高らかに宣言したのだが、皆の目の焦点はすでに宇宙の彼方に飛んでいた。
クソババアに至っては、話の途中からすでに高速モミモミを再開している。
だがフェイはおもむろに立ち上がり、にこにこと笑いながら俺に近づいてきてBBQ串君を受け取った。
そしてふっと笑って、大切そうにBBQ串君を抱きしめた。
「ありがとうアレン……大切にするね」
はぁ……ワンチャン突き返してくれないかなと期待したのだが、まぁ仕方ない。
話を聞くに、こいつは俺を助けようと随分頑張ってくれたみたいだしな。
仕方なく俺は頷いた。
「あとは任せて?」
俺と視線を外した後、フェイは誰にも聞こえないほど小さな声で、そうささやいた。
可愛い息子を婿に出す母親のような心境だが、俺は心を鬼にしてBBQ串君を送り出した。
◆
「ま、まぁ何にせよ、もう一匹のシュタインベルグの脅威がなくなって良かったじゃねぇか! こりゃ今晩も宴かぁ?」
気まずい空気を吹き飛ばすように、イグニスさんがそんな事を言い出した。
いやいや、どれだけ宴会が好きなんだ、この人……。
結局昨日も碌に寝てないし、体力は流石に限界だ。
そして何より――
「すみませんが、俺は今夜の列車でドラグレイドを立ちます」
俺がそう言うと、ドラグーン侯爵がギロリと睨んできた。
「冗談言うんじゃないよ。これだけの騒ぎを起こしておいて、後始末もなしに旅立とうってのかい? 巣の掃討に封鎖、陛下には極秘の報告書を出す必要もあるだろう。やる事はいくらでもあるんだ。いやそもそも、お前はエクレールでもやらかしてるね? そんなに生き急いでどうするんだい。せめて春休みの間は――」
俺は即座に首を横に振って話を遮った。
「俺はただの仮団員ですし、今回は国に拘束されない探索者として動きました。起きた事は今全て話しましたし、これ以上付き合う義務はない。サトワさんには悪いが、ルートゼニア鉱山遺跡の深部が吹き飛んだ今、受注した仕事は取り消しでしょう? 何より――」
俺は絶対に譲らないという決意を込めて、皆の目を見渡してからはっきりと告げた。
「俺を必要としている人がいる。行かなくてはならない」
「…………一体どこへ行くって言うんだい? それは今この状況をほっぽり出さざるを得ない、よほど大切な用事なんだろうねぇ?」
侯爵が二日酔いで血走った目を見開きながらそう尋ねてくるので、俺は素直に行き先を答えた。
「ロザムール帝国」
俺がその目的地を告げると、一同が驚愕したように目を見開く。
「…………はぁ〜。昇竜杯の視察……という名目で、陛下が外遊の最後に向かっている帝国に、このタイミングでかい?」
「――ドラグーン侯」
侯爵がそう言って顔を顰めると、ロンフォさんが厳しい顔で侯爵を睨みつけた。
「分かってるよ。深く聞くつもりはない」
勝手に誤解しているようだから別に否定しないが、もちろん俺に陛下が関わるような秘密任務など何もない。
帝国とは、ヘルロウキャスト事件への対処を名目に、帝国が国境に軍を展開した事で、一時はもういつ開戦の火蓋が切られてもおかしくないほどの緊張状態に陥った。
だが奇跡的にヘルロウキャストが帝国との国境方面に進行した事で、展開された帝国軍は名目通りこれの対処に追われ、今はまだ何とか表面上は平時を維持している。
そうした状況下で、今回の陛下のトップ外交は戦争回避のラストチャンス、失敗したら宣戦布告を受ける可能性すらあると噂されるほどの重要な意味を持っているらしい。
そんな状況のかの国――特にその帝都は世界一美しい街と評されている――には、今を逃したらもう次はいつ行けるか分からない。
そして今話に出た若手魔法士の祭典、昇竜杯――
ここにあの男、我らが体外魔法研究部の鬼の副長、ルドルフ・オースティンが一年代表として出場する予定だ。
これには監督として、何としても応援に駆けつけねばならないだろう。
――万が一。
万が一、わざわざ他国くんだりまでドルの応援に来る健気な女の子がいたりしたら……俺にしかできない仕事がある。
そう、この『恋の魔術師』、アレン・ロヴェーヌ様にしか出来ない仕事がなっ!!!
俺は思わず二日酔いで血走った目を見開き、全身から殺気の篭った闘気を立ち昇らせた。
侯爵はそんな俺の目を見て、深々とため息をついた。
「…………はぁ〜。全く、ドラグーン地方としては、踏んだり蹴ったりだね。もちろん被害を防げたのは幸いじゃったが、得たものは余りにも少ない。この借りはいつか返して貰う……と言いたいところだが、あんたは自分で勝手に帰ってきたからねぇ」
侯爵がそう愚痴を溢したが、悪いがそれと俺の青春とは何の関係もない。
「……皆の支援には俺も感謝しています。実際あのでかぶつを一匹引き受けて貰えなかったら、俺は死んでいたかもしれませんから。……いつかこの恩には報いたいと思います」
そう言って俺は肩をすくめた。
◆
王都近郊で名を売っていた新進気鋭の探索者、『狂犬のレン』は、この事件を境に『
彼がかました『I'm Back』。
それだけでも伝説の素材としては十分なのに、その過程であのシュタインベルグと遭遇して、碌な準備もなくこれを討伐したというのだから当然だ。
アレンは偶然の事故として上手く片付けた、などと楽観視していたが、当然ながらそんな説明を鵜呑みにするメンツでは無かった。
すぐ近くで偶然火花が散り炭塵爆発が起きて、奇跡的にアレンの方にだけ延焼が起きなかった、などというのはいくら何でも運が良すぎるからだ。
間違いなく然るべき準備を整えて、故意に火をつけたはず――
そして、このクラスの魔物を討伐する際、別に正面から剣で切り伏せる必要などどこにもない。
罠に嵌めようが、周囲の環境を利用しようが、とにかく民の脅威が取り除かれればそれが正義だからだ。
命懸けで皆の命を守り、伝説級の魔物を単独討伐して、無事帰還を果たした彼が、ぶっちぎりのユグリア王国レコード、わずか13歳にしてAランク探索者へと昇格したという情報は、あっという間に大陸中を駆け巡った。
……マッド・ドッグは、何やら途轍もなく貴重な古代遺跡を、故意に木っ端微塵に吹き飛ばしたらしい――
そんな真偽不明の噂とともに。
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