第246話 I'm back
帰還報告をするため、エリア81へと続く坑道への入り口付近にある開けた旧採石場へ到着すると、そこには軍関係者やら探索者やら坑夫やらが入り乱れ、結構な喧騒になっていた。
恐らくは先ほど聞いた、騎士団のシュタインベルグ討伐任務の対策本部なのだろう。
知り合いを探してキョロキョロしながら歩いていると、広場の中心付近に設置されているテントに、フェイの祖母であるドラグーン侯爵とパーリ君の姿を発見した。
……多分心配かけたし、もしかしたら死んだと思われている可能性もあるから、どんな顔して行けばいいのか、テンションが難しいな……。
なんて考えながら風任せに近づいた俺は、次の瞬間愕然とした。
恐らくは何かヘマでもやらかしたのだろう、パーリ君が怖い顔で怒っているフェイのばあちゃんに肩パンされながら説教をくらっており、あろう事か泣き始めたではないか。
これには流石の俺も、へなへなとその場に崩れ落ちたくなった。
こっちは大袈裟ではなく九死に一生の修羅場を潜り抜けてきたというのに全く……
「……叱られたくらいで泣くなよ、パーリ君……」
「あぁ……あぁ分かってるさ。お前の分まで、俺は強くなるぅぅうう?」
俺がそう注意すると、パーリ君はなぜか空に向かって返事をしようとし、そこで俺の存在に気がついて口を公園の鯉のようにパクパクし始めた。
いつからそんな面白い奴になったんだ、全く。
俺はいつまでもパクパクギャグをやめないパーリ君を一旦放置して、改めて周囲の様子を見渡した。
皆、どこか沈鬱さを感じる顔で淡々と仕事をこなしている。
昼寝したいから帰ります、とはとても言えない雰囲気だ。
「忙しそうだなパーリ君。なんか手伝う?」
俺が疲れ果てた体に鞭を打って、つい日本人的な協調性で残業を申し出ると、パーリ君はやっとパクパクギャグを止めて肩をガックリと落とし、こう言った。
「俺は……やはりお前が嫌いだ、アレン・ロヴェーヌ」
……酷くない?!
◆
その後俺は、神官に聖魔法を掛けてもらい聴力その他の傷を回復してから、パーリ君とドラグーン侯爵に同行されつつエリア81へと来た。
いや正確にはエリア81へ続く入り口の手前に立っている。
俺が死んだと思っているフェイやディオ達に、直接顔を見せて喜ばせてやれとドラグーン侯爵に言われたからだ。
ちょっと照れ臭いので『昼寝するから伝えておいて』と言ったら、めちゃくちゃ怒られた。
ここ数日みんながどれだけ俺を助けるために頑張ったかと、年寄りが長説教を始めたので仕方なくここまでやって来たと言う訳だ。
ではなぜ
「……なんでだろうね、アレン。涙が出ないよ。ここに来て……この目でこうして確認しても、君が死んだだなんて信じられないんだ……」
「……こいつは、あいつが王都から持ち込んだつるはしだ……。王都の鍛治師ベムの作で、素材はやすもんだが、あいつが今回の探索にどれほど強い想いを持って臨んだかが伝わるいい品だ。持っていきな」
「ふふっ。これが形見だなんて……アレンらしいね。全く……僕はアルに何て説明すればいいのかな? ……教えてよアレン!」
(一同ぐすん)
「幸か不幸か……石の山の体内には呑まれた形跡は無かった……恐らくは地底湖の底に……彼は眠っているのだろう」
「こんな地底湖の底で、アレンを一人眠らせるわけにはいかないね……必ず僕が、アレンをご両親の元へ返すから……だから……もう少しだけ待っててね?」
(一同ぐすん、ディオ号泣)
…………出れるか!!!
こんな状況でのこのこ出ていって、俺にどうしろと?!
アルにつるはしのことをどう説明すればいいかだと? 何でアル? 意味がまるでわからない! 腕の代わりにどうぞ、なんてつるはし渡したら、温厚なアルでも流石にキレるぞ?!
「……いつまでそこでそうしているつもりだい?」
「いや、もうちょっと! 今はまだタイミングが――」
明るく『やっほー!』でいくか?
いやいやこれは殴られる!
『エイプリル・フーーール!!』
通じる筈もない……!
ためだ、どう転んでも怒られる未来しか見えない!
何の罪もない俺がそんな風にいつまでも懊悩していると、後ろでイライラと俺を見ていた短気な
「女の子があんなに傷ついてるって時に、タイミングもクソもあるかい! 男なんだから黙って出て行って、がばっと抱きしめりゃいいんだよ!」
ばあさんの怒声がエリア中に響き渡る中、俺はもんどりうって坑内へと転がり込んだ。
「ブベッ!」
海千山千の一騎当千達が、一斉にこちらへと顔を向ける。
なんつー登場の仕方をさせるんだ、くそばばぁ!
正体不明の沈黙が坑内に重くのしかかる。
「こ、こんにちは」
照れ臭いやら恥ずかしいやらで赤面しながら、俺は取り敢えず無難に笑顔で右手を挙げてみた。
だが誰からも返事はない。
く、空気が地の底よりも重苦しい。
だが――
全員が呆然と静止している中、フェイがふっと短い息を吐いて動き出した。
ニコニコと笑いながら、だがどこかやばい雰囲気を醸し出しながら、こちらへとゆっくりと歩いてくる。
「おお、落ち着けフェイ。一応言っておくが、俺はベストを尽くした!」
フェイがゆっくりと俺の胸へと手を伸ばす。
すわ、さては他人の胸でドラミングかと俺が慄いたその時、フェイのその顔は仮面がぼろりと剥がれるように、くしゃりと歪んだ。
そして、俺の胸に縋りついて泣き始めた。
子供のように声を漏らし、体を震わせ、俺が着ている服の胸の辺りを不安気に握りしめながら、人目も憚らずに泣いて泣いて、泣いている。
「…………心配かけたな、フェイ」
俺がそう言ってフェイの頬を流れる涙をそっと拭うと、後ろに立っているハリウッド趣味のクソババァが『はぁ……そこはガバッといくところじゃろうが』とか呟いたが、俺はこれを無視した。
◆
フェイがようやく泣き止んだ所で、イグニスさんが俺の肩に腕を回して、空気を変えるようにからりとした声で冗談っぽく聞いてきた。
「ったく、心配かけやがって、このバカ弟子! 次に師匠の身代わりになりやがったら破門にするぞ? ……で、何があったんだ?」
皆も当然事情を聞きたいのだろう。真剣な眼差しを俺へと向けてくる。
俺ももちろん説明する意思はあるのだが、流石に疲れた。
「申し訳ないのですが、詳細を話すのは明日でもいいですか? 詳しく話せば長くなりますし、内容的にもここではちょっと……体力面も限界で……」
俺がそう告げると皆は快く了承してくれた。
よその家、しかも侯爵邸の豪華なベッドなんかに泊まったら、取れる疲れも取れない。
もっとも、この俺の心配はある意味杞憂に終わった。
外に出ると俺が生存していたという話がすでに伝わっていて、シュタインベルグを討伐した英雄達と共に、万雷の拍手で迎えられたのだ。
そこで空気を読んだフェイが、街を上げての宴の開催をその場で表明した。
「ちょっと季節外れだけど、火祭り方式でやるよ? 費用は全部ドラグーン家で持つ。派手にやろ!」
ドラグーン地方は職人気質の祭好きが多いらしく、その宴の開催宣言に大歓声が巻き起こった。
庶民派の俺は脳内で瞬時に金の計算をして愕然としたが、侯爵がそんなフェイを見て嬉しそうに目を細めていたので、アホらしくなって心配するのをやめた。
全く……疲れてるって言ってるのに。
などとこの時は苦笑いしていた俺は、夜通し行われた宴を大いに楽しんだ。
元々ドラグレイドの夜は、赤い提灯のネオンが街中に揺らめく妖しい雰囲気があるのだが、解放されたメインストリートのそこら中に営火が焚かれ、祭りの夜は街全体が燃えているようだ。
地球でいう所のジャンベのような鼓を打つ音がそこら中から響き、その炎と独特のリズムの只中で飲んで食って、歌い踊る。
中央広場にはドラグレイドで人気のある格闘技ブフウの試合会場が設置され、俺は
だが生意気にもこの街の英雄であるイグニスさんから一本もぎ取ろうとする俺に、皆は温かい?『狂犬コール』を送ってくれた。
そんな感じで南国特有の陽気な空気感の元、俺は宴に大いに酔いしれた。
そして翌朝――
俺は詳細を報告する為、ドラグーン侯爵邸へと足を向けた。
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