第197話 メッセージ(2)



「で、何が狙いなの?」


 フェイは実に楽しそうにニコニコと笑った。



「狙いなんて大層なものはないさ。俺にとってはこれらの石は偽物という訳ではない、という事だ。勉強が目的なのだから、目的は果たしている。少々高くついたがな」


 素材としての価値は低いかもしれないが、銀鉄鋼など前世には存在しなかった鉱石だと言うだけで、俺の心を十分ワクワクさせてくれる。



「ふ〜ん、なるほどねぇ。

 ……ちなみにその依頼とやらは、どこの廃鉱山が現場なの?」


 フェイが口元に薄い笑みを浮かべてさらに聞いてくる。


 ちっ。


 めんどくさい事を言い出しそうだったから敢えて伏せていたのだが、相変わらずこいつは要点を確実におさえてくるな。


 ここまでばれたら誤魔化しても勝手に調査するだろう。



「……現場はドラグレイドにほど近い、ルートゼニア鉱山遺跡だが……。俺はあくまで依頼を受託している立場だし、はっきり言って、足手纏いを連れて行くほどぬるい現場ではない。くれぐれも無理に同行しようなどとは考えるなよ?」


 俺は厳しい口調でその様に釘を刺した。


「きゃははははっ! ……まさかルートゼニアとはね。分かったよアレン。僕には僕の仕事があるし、もちろん無理に同行させろ、だなんて言わないよ?」


 ……てっきり食い下がってくると思っていたが……。


 俺がフェイの地元であるドラグーン領都ドラグレイドにほど近い遺跡名を告げたところ、フェイあっさりと引き下がった。



「ところで話は変わるけど。

 ……アレンは何でアルのお見舞いに行かないの?」


 いきなり何の脈略もない話を振られ、俺はつい目を逸らした。


「……何でいきなりそんな話になるんだ。

 お前には関係ないだろう」



 アルは今も王都の病院に入院している。


 もうすぐ退院するらしいが、寮には戻らずエングレーバー子爵家の王都別邸から学園に通うことになったらしい。


 暫くは生活にも難儀するだろうし、仕方がないだろう。


「気の向くままに話が次々に飛ぶのが女子の会話だよ? で、何で?」


 先程はあっさり引き下がったフェイは、ここは引き下がるつもりは無いらしい。



 ……実は俺も入院中に一度顔を見に行った。


 だが、病室に入る直前に、アルが泣いている事に気がついて足を止めた。


 そして――


 ドアの隙間から盗み見たアルの顔を見て、俺は激しく動揺した。


 痩せた頬、乾いた唇、そして力のない目をしたアルが時折鼻を啜りながら、声を殺して涙を流していた。


 傷が痛んで泣いている訳ではないと言う事は、その顔を見れば一目瞭然だった。



 ……アルだって人間なのだから、落ち込んで当然だ。


 だが俺は、あのアルならすでに気持ちを整理して前を向いているかもしれないと、自分勝手に期待していた。


 その時、俺はロマ軍港でダンに言われたセリフを思い出した。


『誰もがアルには同情するだろう。だが、お前は同情するな、アレン。お前がアルを憐れむと、あいつの心は救われない』



 その言葉を思い出した俺は、どうしても病室に入ることが出来なかった。



「……あいつに同情したくないからだ」


 俺がそう返答すると、フェイとジュエはキョトンとした。


「……同情したくない、ですか? 不運が重なった上で、他の方のフォローした結果の事故と伺っています。友人として心配するのは、悪いことでは無いと思いますが……」


 俺は静かに首を振った。


「同情したくないというのは、その必要がない、という意味だ。

 あいつは、アルドーレ・エングレーバーだからな」


 フェイは意味がわからない、という風に首を傾げた。


「アルの事を信じているって意味かな? なぜそうはっきりとアルに言ってあげないの? アルはきっと、アレンの事を待ってるよ?」



「……あいつは折れない。あのアルが、自らの意思で選び取った未来に打ち勝てない筈がない。俺の気休めの言葉など不要だ」


 これは俺の本心だ。アルの事は信じている。


 だが、打ちのめされている人間に、這い上がってこいなどと、他人がおいそれと口にしていいセリフでは無いだろう。


「うーん……アレンは何でも結果で示そうとするけど、時には言葉にするのも大切だと、僕は思うよ?」


 フェイにそんな風に言われて、俺は少し考えた後やはり首を振った。


「……もし俺が今あいつの顔を見て、うっかり心配そうな顔で同情の言葉でも掛けてみろ。後でアルに笑われるに決まってる。甘く見るなってな。

 ……アルは必ず立ち直る。そして這い上がってくる。

 憐れむ必要などどこにも無かったと、心配して損をしたと、今アルを憐んでいる誰もが手のひらを返すだろう。

 あいつには……決して潰える事の無い、誰よりも熱い魂がある!

 俺は誰よりもその事を知っている!

 あいつは、アルドーレ・エングレーバーだ!」


 俺はフェイに返答しているうちについ脳裏にアルの顔を思い浮かべてしまい、語気を強めた。



 フェイとジュエはそんな俺を見て、一瞬驚いた様な顔をしたが、その後嬉しそうに笑った。


「分かったよアレン。

 アレンがどれだけアルの事を好きかがね……。それが聞きたかったんだ。行こうジュエ。アレンは忙しそうだ」


「ふふっ。男の子の友情は単純なようで複雑ですね。でも……少しだけ羨ましいです」



 ◆



 アレンの部屋を出たフェイとジュエは、部屋から離れた後、一度切った録音魔道具のスイッチを再度入れた。


「さてと……聞こえてたかなアル。多分意味がわからないと思うから解説しておくと、アレンはドラグーン家の失われた宝具の一つ、魔導人形ゴーレムを本気で復活させるつもりだよ」



 フェイが前髪を掻き上げながらそう録音魔道具に声を掛けると、ジュエは驚きをその顔に浮かべた。



「何か狙いがあるとは思っていましたが……ゴーレム、ですか。ドラグーン家の開祖にして建国の英雄の一人、ムーン・ドラグーンがその技術を後世に伝えずに封印したという、伝説の魔道具ですね」


 フェイは確信に満ちた顔で頷いた。


「そう。元々アレンはその技術に興味があった。全然費用対効果が見込めない自動お掃除ロボのルンボ君シリーズなんて、明らかにゴーレムの要素技術の塊だからね……。

 だからこそ僕も、ドラグーン家の私財を投入して開発してきたんだけど……どうしても足りない要素が一つあった」


 フェイはわくわくとした感情を隠す様子もなく、楽しそうにそう言った。


「……それが今回アレンさんが求めている特殊な鉱物……と言う訳ですか」



「そう。歴史を調べると、間違いなくドラグーン地方で発掘されていた筈なんだ。でも見つからない。或いは既に採掘され尽くした、もしくは絶滅した魔物か何かから採取されていた、なんて説が有力視されていたけど」


 ジュエは素早く頭脳を回転させて、フェイの言葉の先を口にした。


「アレンさんは、その鉱物はルートゼニア鉱山遺跡に眠っていると考えている。そして――

 それは一見すると取り立てて価値のない偽物に見える何か、と推測しているという事ですか……」


 フェイは笑った。


「ぷっ。まさかドラグレイドの目と鼻の先、ルートゼニアとはね。……信じられないけど……アレンがあれだけ気合いを入れて勉強してたのを見ると、無いとも言い切れないね。

 ゴーレムを構成する重要な魔法金属が復活すれば、次の要素技術を開発するプロセスとして、人の意思を伝達できる高性能な義手は持ってこいだ。だけど、万が一にもアルにぬか喜びをさせる訳にはいかない。だから何も語らない。でも結果は出す。そしてまた、偶然偶然なんて言うつもりなんだろうね」



 ジュエはくつくつと笑った。


「ふふっ。アレンさんの白々しい小芝居が目に浮かびますね」



「で、ジュエの方はどうなの? 身体の欠損。それも腕を一本丸々だ。アレンから何か言われてるの?」


 ジュエは寂しげに首を振った。


「私には……何の言葉も有りません。欠損した腕の再生など夢物語の魔法です。既存の概念に囚われていては絶対に無理でしょう。

 ですが――

 今日アレンさんが、黒装束を身に纏い一人孤独に戦っている姿を見て、思うところはありました。

 アレンさんは林間学校の第一想定で合流した際に、ライオさんにこう言っていました。

『確信などという都合のいいものはない。あったのは、何が起こっても絶対に何とかするという覚悟だけ――』

 ……私の覚悟は決まりました」


 そういってジュエはまた楽しそうにくつくつと笑った。


「あー、聞いたよねアル? 僕もジュエも覚悟は決まったよ?

 だから…………待ってるよ、アル」



 ◆



『待ってるよ、アル。…………早く立ち上がらないと、腕が三本になっちゃうよ? きゃはははは!』



 アルは苦笑して、録音魔道具のスイッチを切った。



 その魔道具には、クラスメイト一人一人からのボイスメッセージが収められていた。


 自分で選んだ道とはいえ、片腕と共に氷の性質変化の才能を失い、Aクラスから弾き出されて失意の中で足掻いていた。


 アレンが顔を見せない事は、さらに自分を不安にさせていた。



 そんな自分の背中を押してくれたメッセージ。


 おざなりの、当たり障りのないメッセージは唯の一つも無かった。


 何度も何度も聞き、その度に涙が溢れた。



 アルは再び滝壺に入って座禅を組んだ。


 渾渾と降り注ぐ水により、一見泣いているようにも見える。


「みんなが待ってる……」


 だがその眼光は生き生きと、焦りにも似た衝動に燃えている。



「アレンが俺を待ってる!!」



 真っ青な小さな魔魚が、アルの決意に呼応するように近くで跳ねて、ぽちゃんと水面を叩いた。


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