第190話 到着(1)



ルーンレリア中央駅。


国内主要都市からの直通列車が乗り入れる王都随一の大きさを誇るこの駅は、平時から多くの人で賑わう喧騒の地だ。


特に、多くの乗降客の送り迎え用の魔導車や馬車が駐留する駅前広場は、日中は常に人でごった返している。



本日は休日とあって、いつにも増して人が多いのだが、駅前広場はざわざわとある種異様な雰囲気を醸し出していた。


降車客が出てくる駅の出口の真正面に、ドラグーン地方の『女帝』、メリア・ドラグーン侯爵が供と護衛を連れて陣取っているからだ。


侯爵本人がわざわざ出迎えに来る人物とは――


たまたま通りかかった人々は、一体何者が現れるのかと噂に忙しい。



よく辺りを見渡すと、ドラグーン以外の貴人の使いと思しき人間もちらほらと見える。


そこに、使い込まれたローブを身に纏った好々爺が現れ、メリアへと声をかけた。


「あれは……もしかして仏のゴドルフェン様じゃないか……?」


群衆の一人が、その正体を言い当てた事で、群衆のざわめきはいや増した。



物々しい雰囲気の駅に、ドラグレイドからの直通列車が到着するのは午前10時。10分後を予定している。





「久しぶりじゃのうメリア。

よいのか? お主ほどの立場のものが、たかが子爵家のために出迎えに赴いた、などと知れたら勢力が分裂しかねんと思うがの」



後ろから懐かしい声でそう話掛けられて、メリアはふんっと鼻を鳴らした。


ちなみに、メリアとゴドルフェンは王立学園時代の同窓生だ。



「……誰かと思ったらゴドルフェンかい。随分と久しぶりだねぇ。

……白々しい嫌味を言うんじゃないよ。

私が地元の定期総会で赤っ恥をかいた話ぐらい、あんたの耳には入ってるだろう。あの家に関しては、すでに沽券もなにもない。さりとてこれ以上後手を踏んで、恥をかくわけにはいかないからね。

あんたこそ、相変わらず供も連れずに、腰の軽いじじいだね。だが生徒の親をわざわざ出迎えとは、どういう了見だい? あの王立学園で教師をするからには、生徒には平等に接してもらわにゃ困るね」


ゴドルフェンは目を細めて顎髭を撫でた。


「ふぉっふぉっふぉっ。お主こそ白々しいのう……。

わしは担任としてではなく、王立学園の理事としてこの場におる。

目的はもちろん、リクルートじゃ」


ゴドルフェンがこう言うと、メリアは嫌そうに顔を顰めた。


「ち、掴んでいるのかい? 相変わらず耳が大きなじじいだね。有能は有能なんだろうが……あんた本人がわざわざ出迎えに出てくるほどの人物かい?

全く、あのお騒がせ一家と来たら、あの田舎とドラグレイドと王都で、一体魔鳥を何往復させる気かね。長距離飛行に耐えうる貴重なドラグーン家の魔鳥達が痩せ細って、飼育係から苦情が来たよ!」


ゴドルフェンは白鬚を撫でながら楽しげに笑った。


「ふぉっふぉっふぉっ! 魔鳥による民間の長距離通信費も高騰しておるそうじゃのう。

……ゾルド氏には流石にまだ会ってもおらんので、断言はできんがの……。

まず小人という事はあるまい」


断言はできない、と断りつつ、ゴドルフェンが親友の到着を待ち侘びていた子供の様に、嬉しそうに断言すると、メリアはうんざりとした。


「あんたにそこまで言わせるとは……。うちのスカウトの報告では、人の良さそうな普通の老人って話だったが……これはまた見誤ったかねぇ。

まぁいい。あんたのメガネに叶うほどの人物なら、ドラグーン家の専属家庭教師として強引に囲い込むのは、今の情勢からしたら無理がある。世間が許さないだろう。

それよりも今はロヴェーヌ夫妻だよ……。

金がないだの、領地経営で忙しいだの、挙げ句の果てには家庭菜園の野菜の世話がある、なんて理由をつけて、定期会合以降ちっとも領地から出てこない。

これで他の地方に靡くつもりなら叩き潰すところだが、報告によると本当に毎日領地を回って自ら畑の世話をして、碌に社交をしていないと言う話だからね」


メリアは忌々しそうにそう言った。

だがこれは半分演技だ。


アレンの父であるベルウッドが、特定の分野に秀でた才能を発揮するいわゆる祝福されし者ギフテッドだと、過去の行動歴や論文の調査からメリアは確信している。


優れた才能を持つギフテッドではあるが、その反面で、能力の偏りや独特の感性から社会性に問題を持つ事も多々ある。


さらに地元にあるクラウビア山林域に強く執着している事も、間違いなさそうだ。


だからこそ、他地方に早晩取り込まれる可能性は低いと踏んで、ゆるゆるとベルウッドを取り込むための政治的な駆け引きを仕掛けているのだが、思った以上にガードが固い。


例えばロヴェーヌ家の悲願とベルウッドが説明したクラウビア山林域の保護について、破格の条件での融資を申し込んだが、持続可能な事業推進が必要、その為には急激な変化は望ましくない、などと綺麗事を言われて断られた。


ベルウッドの生来の欲の無さもさる事ながら、上位貴族の資金力に依存する事の怖さを十分理解しているバランス感覚は、恐らくはセシリアの手腕だろう……と、メリアは踏んでいる。



「ふーむ。逆にその事がロヴェーヌ家の価値を高めておる事は間違いないのう。小僧も一貫して偏りを感じさせんし、ゾルド氏もそうじゃ。不思議な家よのう」


ゴドルフェンは目を細めた。


「全く……厄介なもんだよ。

これだけ影響力を持ったんじゃ。多方面にいい顔をして、好条件を引き出そうとするのならば分かる。それは貴族としては当たり前のことだろう。だがそれは諸刃の剣さ。相応のバランス感覚が必要で、己の才覚を超えた欲を搔(か)くと、いずれは必ず破綻する。

だが……不気味なほどに欲を見せないもんだから、まるで隙がない。にも関わらず評判は上がる一方。……あんたの方で掴んでいるのなら教えてくれないかい? セシリアの正体を」


ゴドルフェンは目を細めて顎髭を撫でた。


「ちっ……昔のあんたはもう少し可愛げがあったのにねぇ。泣き虫ゴドル、なんて呼ばれてさ。

まぁいい。恥さえかき捨てればこうして堂々と出迎えに来られる立場にあるのは私だけじゃ。他の侯爵連中は、まさか面識もない一子爵を出迎えに来られないだろう。何人かは夫妻が出立した情報を掴んでおるようじゃが、まさかお使いの分際で私の出迎えに割り込む人間はいまい。

あんたもこっちの邪魔はするんじゃないよ」


メリアがそう言ってニヤリと笑った所で、群衆がさらにざわりと波打ち、人並みが割れた。


その現れた人物を見て、メリアは目を剥いた。



「……奇遇ですな、ゴドルフェン翁。メリアさん」


現れたのは、ランディ・フォン・ドスペリオル。供に彼の息子であるエディ・ドスペリオルを連れている。


今は往時の権勢を失いつつあるとはいえ、爵位としてはドラグーン家と同格の侯爵だ。むしろその血筋の由緒正しさでは、ドラグーン家の遥か上をいく。



「…………どう言うつもりだい、ランディ。ここは近衛軍団の管轄じゃないだろう? まさかたまたま通りかかった、とでもいうつもりじゃあないだろうね?」


ランディは笑って首を振った。


「いえいえ。今日は非番ですからな。私人としてこの場におります」


「……らしくないね。あんたがアレン・ロヴェーヌを評価してるってのはこの前の侯爵会合で聞いたが……流石に面識のない他地方の一子爵夫妻を出迎えるほど、ドスペリオルの名は軽くないだろう。

これは他地方に対しても筋が通らないよ。悪い事は言わないから、今日のところは帰んな」


両者の視線が交錯する。


しばし睨み合った後、ランディはため息をついて苦笑した。


そして――


笑顔を吹き消し、静かに告げた。


「生き別れた妹と顔を合わせる。死んだと思っていた……何もできずに見殺しにしたと思っていた妹と……貴殿にとやかく言われる筋合いではない」



普段、温厚篤実なランディは、一歩も引き下がるつもりは無い、と言わんばかりに闘気を漲らせた。


駅前広場の空気が凍りつき、近頃設置された交番にいた警察官の1人が、慌てて近くの騎士団中央駐屯所へと走り去る。


メリアはここで初めて事情を正確に理解した。


「…………そう言う、ことかい……。あの侯爵会合でのロマーリオの奴とのやり取りは。

知ってたね? ゴドルフェン」


メリアはギロリとゴドルフェンを睨んだ。


ゴドルフェンが『はて?』と首を傾げると、メリアは舌打ちした。



駅前広場に異様な雰囲気がいや増していく。


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