第189話 報告



 事の顛末を直接王へと報告する必要があると考えたグラバーは、帝国の脅威が一旦さった事もあり、予定を変更して王都へと帰還した。



「……報告は以上です」


 同席しているのは国王パトリック、国王の相談役兼アレンの担任でもあるゴドルフェン、騎士団長オリーナ、そしてアレンの師であり、第3軍団長でもあるデューのみだ。


 輸送任務の経過報告を聞いている間は上機嫌だったパトリックは、アレン・ロヴェーヌが打った前代未聞の一手に関するグラバーの報告を聞いて顔を大いに顰めた。


 本件は万が一の漏洩に備えて、魔鳥による連絡を行っていない。


「……たんに運が良かっただけと思いたいが……全てを偶然で片付けるには出来すぎておるな。あの様な年端もいかない子供に、重いごうを背負わせてしまったのう」


 隣で報告を聞いていた騎士団長のオリーナが、呆れ返って言葉を続ける。


「…………聞きしに勝る豪胆さだな。

 本件が漏れたら我が国の国際的な立場は非常に苦しいものになるだろう。事前に相談されたとして、とても承認できるものでは無い。

 ……あの歳でそれだけの責任を1人で呑みこみ、且つ実行に移す胆力は、もはや異常と言える。

 前後の状況から、その策を考えたのは少なくともロマ軍港への移動を指示された後、と言う事になる。思い詰めていたなど、それ以前と変わった様子は無かったのか?」


 グラバーはキッパリと否定した。


「私が見ていた範囲では、驚くほど不自然な点は無かったですな。ずっと帯同していたキャスも、寧ろこの国家の危難によくもそこまで気を抜けるものだと、逆に呆れていたとの事です。

 ですが……今考えると逆に不自然と捉えるべきでした。壮絶としか言いようのない顔つきで輸送任務に当たっていた彼を目の当たりにしていた私かキャスが、気がついてあげるべきだった。あれだけの覚悟を見せた彼が弛緩しきっているかの如く振る舞うには、何か理由があると」



 相変わらず寝不足で血走った目で腕を組み、話を聞いていたデューは、グラバーに同情しつつもこんな事を言った。



「ちったぁ分かってくれたか、グラバーさん。俺の苦労がよ。

 あのガキは飄々として何考えてやがんのか分からねえ上に、自重ってもんを知らねぇ。一体何度『偶然』だの『たまたま』だの『うっかり』だの『のりで』だのの、腹の立つ言い訳を聞いたか……!

 そうだ! これを機に暫くあのガキを第2軍団の預かりにするってのはどうだ? 規律にうるせえ荒くれ者の船乗りが揃う第2軍団で叩けば、あいつの性根もちったぁ真っ直ぐに——」


「拒否する。私の手には余る。

 ……それに彼は、帆船は趣味の遊びで、自分の専門は風魔法だと言っていたよ。であれば、その師は王国でも屈指の体外魔力循環索敵魔法の使い手であるデューをおいてはいまい。流石はゴドルフェン翁が、慣例破りも厭わず強引にねじ込んだだけはあるね」


 グラバーはキッパリと拒否し、デューはがっくりと肩を落とした。


「ふむ。わしはあやつの希望を聞いて、デューをひき合わせただけじゃ。まさか一年足らずでここまで影響力を持つなど予想できる訳がなかろう。偶然たまたまじゃ」


 ゴドルフェンがそう言って顎髭を撫でると、デューはきっとゴドルフェンを睨んだ。


「あいつの煮ても焼いても食えない所は翁にそっくりだ! いったい学園でどんな教育してやがんだ!」


 だがゴドルフェンは顎髭を撫でてこれを無視した。



「……過ぎてしまったことは仕方がないな。

 正直言って、我が王国としては助かったのは間違いない。

 だが、万が一露見すれば、帝国から国際指名手配が出る事は間違いない。身柄の引き渡し要求がきても無論突っぱねるが、そうなると開戦の引き金になりかねない。なにせヘルロウキャスト異常発生のなすりつけだからな……

 もちろん彼自身は帝国暗部の刺客に生涯狙われ続けて、とても安穏な人生を送る事など出来なくなるだろう。

 何としても秘するしか無いが……。

 ……その観光案内の民間人とやらは押さえたのか?」


 オリーナにこう問われ、グラバーは首を振った。


「とりあえず、手出ししておりません。

 騎士団員としての身分は秘しており、アレン・ロヴェーヌの風魔法が原因でブルーフラミンゴが飛び去った事も正確には理解していないだろう、と言うのが帯同していたキャスの見立てです。

 目撃者全員を特定するのは不可能ですし、下手に捕縛や懐柔に動くとやましい事があったと認めるようなもの。

 それは本件の急所になりかねませんので、ご指示を仰ぐべきかと思い帰還しました」


 国王パトリックは即座に首を振った。


「たまたまその場に居合わせただけの民を、無実の罪で捕縛するなど、このわしの目が黒いうちは決して許さん。

 だが……中途半端に口止めしようとするのも危険、か。

 ある意味では、たまたま声をかけて、さらにその釣り勝負とやらの顛末を見届けたその第三者は、無実を主張するための証人でもある」


 オリーナも頷いた。


「……いささか危ういが、アレン・ロヴェーヌが考えた筋書きに乗るより他ないな。

 対外的には、ロマ軍港で訓練を付けていたという形で行く。実際に多くの人間を相手に軍船と競争したと言うのは、彼のアリバイを補強するだろう。

 解せんのはやはりタイミングだ。デューよ、風魔法の索敵範囲は伸びているとの事だが、数十キロも離れた現場の状況を彼は把握していたと思うか?

 彼がブルーフラミンゴを北へと追いやった時刻は、事故による連鎖孵化反応が始まったタイミングとぴったり一致する。偶然とは考え難い」


 デューは首を傾げた。


「それは流石に不可能だと思うが……何とも言えねぇな。風魔法による索敵以外にも、何か隠し球を持ってやがるのかもしれねぇ。帆船の件も、ロッツの後ろ側にいた『例の組織』の件も、俺ぁ何も聞かされていなかったしな。まぁ流石にそこまでくそガキが掴んでいるとは思えんが……」


 そこで国王パトリックが『ふむ』と何かに気がついたような顔をした。


「…………心当たりが、無いでも無い。

 機密レベル5、厳極秘に指定しておる新たな魔道具が、現在特級魔道具研究学院で密かに開発されておる。

 詳しくは諸君らにもまだ話せないほどの機密だが、或いはその魔道具があれば……。

 ……他言無用だが、その開発を担っている研究者は、実はアレン・ロヴェーヌの姉だ。まだ腕のいい魔法技師のみが使える試作品で、量産は不可能と聞いておるが……姉より密かにその試作品を借り受けていてもおかしくは無い。学外に持ち出す事すら重罪だがな。……どうしたオリーナ?」


 難しい顔つきで、考え込む様に顎に手を添えたオリーナを見て、パトリックは首を傾げた。


「いえ……私の孫が、アレン・ロヴェーヌの姉を高く評価しておりまして。家に遊びに行った際に体術の模擬戦を申し込んだところ、こてんぱんに負かされた、とは聞いていましたが……。そのレベルにある魔道具士、と言うのは些か意外でした。よもやとは思いますが……」



「……詳しくは話さんが、世界を一変しかねん研究だ。万が一漏れたら他国はもちろん、国内の不届き者が不当に囲い込む危険が大いにある。なので技術の一般化が成るまでは、本人のために厳重に秘匿しておる。

 まさか遊びに来た弟の友人に漏らすような迂闊な事はすまいが……あの豪胆なアレン・ロヴェーヌの姉だと思えば無いとも言い切れん。

 慎重に状況を見極めて、万が一何かを知るようなら王命を持って固く口止めせよ。

 しかし、あの新星杯を圧勝した、天才と名高いそちの孫を、素手とはいえ年若い魔道具士がこてんぱんになぁ。わしも会ってみたくなったのう、そのローゼリア・ロヴェーヌとやらに」


 パトリックが人間好きの癖を発動し、ブルーの瞳をキラリと輝かせた所で、グラバーが話を戻した。


「ごほん。……彼が何らかの方法で現場の状況を把握していたとして、それ程詳細には把握できない手法と思われます。報告が来ているかと思われますが、彼の友人を襲った痛ましい事故について私が伝えた際の衝撃を受けた様子は、とても演技とは思えないものでした。

 それ以前までの、『ラッキー! ラッキー!』などとおちゃらけていた雰囲気から、がらりと一変しましたので」


 国王パトリックは顔を歪めた。


「ヒューゴより報告は来ておる。国を思って自ら立ち上がってくれた、この王国の次代を担う若者に起こった事故については、痛ましい限りだ。彼がその代償に成し遂げてくれた事に、国として出来うる限りの敬意を払う。

 ……その少年をどうするつもりだ、じい」


 ゴドルフェンは顔を悲痛に歪めた。


「アルドーレ・エングレーバーの処遇については、職員会議で決定します。おそらくは反対意見も多く、わしとしても苦渋の決断となりますが、進級時にクラスをEまで落とすより他ないと考えております。本人の気質を踏まえると、情けでクラスを維持するのは寧ろマイナスに働く危険が大きい。

 あの子を1年間見てきたわしの責任で、決断を下すより他ありますまい」


「…………どうにもならんか?」


 悲しげにそう問う国王パトリックに対して、ゴドルフェンは首を振った。


「世間からの批判は避けられないでしょうな。

 ……ゴドルフェンさんは、いつも泥を被ってばかりだ。本来ならば、私の前に騎士団長をしていたのは貴方でしょうに……」


 オリーナがため息をついてそう言うと、ゴドルフェンは再び首を振った。


「このおいぼれの事はどうでもいい。

 じゃが……此度の件は、その経緯やアルドーレ・エングレーバーの人間性、クラスにおける立ち位置からして、本人はもちろん、あの子達にとって……ちと辛すぎる。

 皆頭が切れる分論理的で、考え方が大人びておるが、その心はまだまだ未成熟じゃからの。わしもよく見ておくつもりじゃが……歯痒いが、乗り越えてくれる事を祈るしかない」



 難しい顔で腕を組んでいたデューは、つい癖で耳くそをほじり、『ふっ!』と指先を吹いた、


「……いつのまにか随分と『先生』してるじゃねぇか、翁」



 国王パトリックの前でのこの無作法を、咎める者はいなかった。

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