第187話 連鎖孵化(2)




「グラバー軍団長がお呼びだ」


 俺とダンは、シャロマ湖観光を堪能して軍港基地へと帰り、ヤックルさんが選りすぐった漕ぎ手が集められたガレー船と熱いレースを繰り広げて軍港へと帰った。


 すると、レヴォルさんという名の基地司令が船着き場で恐い顔をして立っており、俺とダン、キャスさんの3人は司令室に引っ立てられた。


 立ち会っているのはグラバーさんとレヴォルさんの2人だけで、なぜか厳重に人払いがされている。


 その尋常ではない雰囲気に、俺とダンはおののいた。


「おい……今度は何したんだ、アレン」


「何もやってない……というか、俺はずっとお前と一緒にいただろうが。何かしたならお前も同罪だ」


「ふざけんな? わざと巻き込みやがったのか?」


 まだ容疑者のはずだが、ダンは俺が犯人と断定されたの如く苦情を言い始めた。


 その様子を見ていたグラバーさんが、『ふーーー』と疲れ切った表情でため息を吐いた。


「いったい……何をどう話せばいいのか、さすがに私も言葉に詰まるね」


 そして、重々しい口調で、訥々と現状を説明し始めた。


「まず現場だが……ドロワと言う名の探索者が魔力枯渇を引き起こし、気を失って杖で卵を差し貫いたらしくてね。

 この事故により連鎖孵化が始まり、緊急対処中。これが魔鳥による正午の定期連絡だった」


「「何ですってっ!!」」


 俺とダンが心底驚いた顔をすると、グラバーさんは目を細めて、何かを見定めるように俺たちをじっと見た。


「……その後は、現場は相当混迷していたらしく、追加連絡が来なくてね。

 ようやく15時の定期連絡で『現在も連鎖孵化反応を食い止めるべく継続対応中』という情報が来た時は驚いたよ。連鎖孵化の沈静化、もしくは食い止めに失敗したという連絡ならばわかる。だが3時間経っても継続対応中とは……不思議な事もあるもんだ。そうは思わんかね?」


 グラバーさんが片眉を上げて俺を見たので、訳が分からないままに俺は『思います』と答えた。


「……先ほどようやく纏まった情報が送られてきてね。状況を把握して、私は驚いたよ。

 それによると、いよいよ食い止めに失敗し、殲滅作戦に移行するか? という瀬戸際で、何故かこの時期にはシャロマ湖で群れを形成するはずのブルーフラミンゴが、チャロック湿原に大量に飛来して、孵化後のヘルロウキャストを捕食し始めた、との事だ。まさに絶妙、としか言いようのないタイミングで」


 ダンとキャスさんは一斉に犯人を見た。


「これにより、本来は爆発的に広がるはずの連鎖孵化反応が緩やかになって、卵の処理が随分と進んだそうだよ? その分現場は地獄の様相だったようだが、孵化数はおそらくは一千二百万を割り込んだ、との事だ」



「わ、わお! す、凄い奇跡ですね!」


 俺は白々しい声で歓声を上げ、拳を突き上げた。


 するとグラバーさんニコリともせず、『まだ続きがある』と言った。


「3時間近く、猛烈な勢いでヘルロウキャストを捕食したブルーフラミンゴの群れは、チャロック湿原の南側にある瓢箪池で羽を休め始めた。

 ブルーフラミンゴのサポートが無くなった事で、連鎖孵化反応の食い止めは難しくなり、いよいよ現場は殲滅作戦へと移行した。

 だが何とした事だろう。

 …………何が起こったと思う?」


 グラバーさんはニコリともせず、いい所で話を溜めて、俺にクイズを出してきた。


「さ、さぁ? 全くもって予想もつきません……」


 何となくオチの予想はついたが、俺はせっかくもったいをつけたグラバーさんの顔を立てるべく、真面目な顔で首を捻った。

 上司の話のオチを言い当てるバカでは、日本の社会人は務まらない。


「…………ヘルロウキャストはおそらく南にある瓢箪池に留まったブルーフラミンゴを嫌い、北西方面に指向性を示した。軍に帯同している専門家も、この様な事例は聞いた事もない、との事だね。

 恐らく半数は、ロザムール帝国との国境を越え、帝国南の穀倉地帯を直撃するだろう、との事だよ?

 すぐにでも国境を越えてきそうな様相だった帝国軍は、この対応に追われて大慌てで前線を後退させて広げ、陣をヘルロウキャストの包囲陣形に敷き直しているとか。

 つまり、最上の場合でも、帝国軍の侵略を食い止めながら、2000万のヘルロウキャストの殲滅が課せられていた我が王国は、このたった6時間ほどの間に帝国軍の脅威が去り、600万のヘルロウキャストに対処すれば良くなった、と言うわけだね。

 我が王国としては奇跡の中の奇跡ともいえる僥倖だといえるが……」


 俺は再び、お通夜のような雰囲気の中で、努めて明るく拳を突き上げた。


「ら、ラッキー!! 

 い、いつだって予想通りにはいかない、それが自然を相手にするという事と、『親友』のダンが以前言っていました……。

 俺たち人間など、この大自然を前にするとちっぽけな存在だと! ま、まぁ王国にとっては、たまたま幸運で、帝国にとっては不幸でしたが、大陸に住む人類としては、最も被害が少ない形になりましたね!」


 俺がダンの肩に力強く手を置いてそう返答すると、グラバーさんはしばし絶句した後、フラフラとデスクに突っ伏した。


 代わりにキャスさんが頭を抱えて口を開く。


「あ、アレンは自分が何をしたのか分かっているのか! ヘルロウキャストの群れを他国へと飛来するように意図的に誘導した、なんて話が万が一漏れてみろ! 間違いなく国際指名手配ブラックリストの一ページ目に顔写真付きで載るぞ! 巻頭グラビアだ! あらゆる角度から取られた写真が5枚は載る! その意味を分かっているのか?!

 せめてなぜ事前に相談しない! どんな理由があろうと子供が背負っていい『ごう』じゃないだろう!」


 キャスさんがこんな無茶苦茶な論理で俺の心配をし始めたので、俺は毅然とした態度で反論した。


「いやいや、キャスさんは現場をずっと見ていましたよね? どう考えても狙ってやれる訳が無いでしょう。

 確かに魚を横取りされたからムカついて、うっかり殺気を込めて風魔法で威嚇しましたが、まさか全羽があのボスっぽい奴について真っ直ぐ北に飛び去るだなんて……

 釣りをしたのも偶然、魚の横取りも偶然、北に飛び去ったのもタイミングも何もかも全部偶然なのだから、責任は雄大な自然にあります」


 俺は、キッパリと断言した。


「…………俺達は証人という訳か……

 だからあれほど止めたのに、『絶対に今ブルーフラミンゴを見にいく必要がある』だなんて……『キャスさんはついて来なくていい』だなんて——」


 キャスさんは半泣きで、さらに訳の分からない推理を開陳し始めた。

 そこで基地司令のレヴォルさんが机を『バーン!』と叩いた。


「…………馬鹿なことを言うなキャス。ヘルロウキャストの群れの方向性を誘導することなど、人間に出来る、訳がない! アレン・ロヴェーヌ君が言う通り、自然は雄大で、我々はちっぽけだ。

 …………そもそも君たちはずっとこの基地にいた。そして我々の基地の人員に、新たな帆船の運用方法について訓練を付けてくれていた。ブルーフラミンゴなど見たこともない。そうだろう?」


 レヴォルさんが血走った目でその様に押し切ろうとしてきたので、俺は慌てて抗弁した。


「えぇ?! いや、俺は学校の友達に生のブルーフラミンゴを見たことを自慢したくて、わざわざ持ち歩き可能な画像記録装置カメラまで基地から借りて――」


 レヴォルさんは、みなまで聞かずに俺から記録装置をふんだくる様にして取り上げると、非常に高価なはずのそれを迷いなく床へと叩きつけた。


 ガシャン!!


「ああっ! 俺のこだわり抜いたアングルがっ!」


 だが俺が悲鳴を上げても、レヴォルさんは親の仇の様に壊れた記録装置を繰り返し踏みつけ、そして先程のセリフを繰り返した。


「はぁー、はぁー。君たちはブルーフラミンゴなど見たこともない。そうだろう?」


 あ、だめだこれ。ゲームでよくある『はい』しか選べないやつだ。


 俺は渋々頷いた。


 気まずい沈黙が司令室をしばし包み、机に突っ伏してたグラバーさんは頭をゆっくりと起こした。


「レヴォルの…………言う通りだね。

 とりあえず対外的にはその方向性でいく……

 だが、目撃者もそれなりにいるだろうし、絶対に漏れないという確信が無い以上、現場で揉み消すと言うリスクは取れない……少なくとも陛下とオリーナ騎士団長には報告するより他ない……か。

 胃が痛い」



 そう言ってグラバーさんはこめかみを押さえて『もう一つ、……言わなくてはならない事がある』と言った。


 そして、苦しげな顔で、衝撃的な事を口にした。



「…………君たちの友人である、アルドーレ・エングレーバー君が……重傷を負った」



 ◆



 アルに迷いはなかった。


 自分が何をしようとしているのか、そしてその結果何が起きるのかは、不思議な予感めいたものがあり、予想がついていた。


「この大馬鹿野郎! 戻れ!!!」


 ヒューゴが後ろから大声で怒鳴ったが、駆けていた足は、まっすぐにドンゴへと向かいその速度は緩まる事はなかった。


 そして迷うことなくドンゴの杖の先についた魔石を、片手で握りしめる。


「うおおおぉぉぉぉおお!!!!」


 真っ白だった魔石からの発光が徐々に青く変色し、光量を減らしていく。


 そして——


 同時にアルの左腕が凍り付いていく。


 ドンゴは呆然とその場で膝をつき、それから苦悶の表情を浮かべ涙を流した。


「な、なんで……。なんで、お、お前みたいな選ばれた人間が、俺なんかのために……」


 アルは暴走する魔石を気力で押さえ込みながら、真っ直ぐにドンゴを見つめた。


「面倒見のいいドンゴさんは……きっと、いい父親になります。俺、姉貴が3人いて……親父はずっと男の子を欲しがっていたそうです。俺には親父の記憶はありませんが」


 言葉を紡ぎながら、なおも魔力を魔石に籠めていく。


 見る見るうちにアルの左の手先から腕が青紫色に変色し、その場にいる誰もがその光景を苦悶の表情で見つめた。


「嘘……でしょ? アルきゅん? 一体なんでこんな事に……」


 遅れて現場へと到着したルルーシュが悲痛な声を漏らす。



「……ちっ。この大馬鹿野郎が……。

 てめぇらぼさっとすんな! アル・・が可能性を残したぞ! すぐに卵への対処にあたれ!」


 皆が動き出すのを確認したヒューゴが、静かに腰から剣を抜き放ち、アルへと歩み寄る。



「何するの? 止めて! アルきゅんは、アルきゅんはすごい才能を持ってるの! 私が認めた……ううん、私以上の才能を持ってる……絶対に……絶対にすごい魔法士になる!」


 ルルーシュが制止しようとヒューゴの前に回り込む。だがヒューゴはゆっくりと首を振った。


「んなこたぁ見ればわかる。あの状態から残り少ない魔力で上書きして、しかも魔力暴走を抑え込みやがった……。こんな事にならなきゃ……王国史に名を遺しただろうよ」


 ヒューゴは、苦い表情を浮かべながらルルーシュの肩に手を置いて、ポツリと、吐き捨てるように言葉を続けた。


「どけ。あいつが死んじまう」



 目に涙を浮かべて押し黙ったルルーシュを押し退け、アルの端へと立ったヒューゴは、剣を上段に構えてからアルへと声をかけた。


「……すぐにでも処置しねぇと手遅れになる。感覚はねぇと思うが……覚悟はいいか?」


 アルは蒼白な顔で、ゆっくりと首を振った。


「覚悟は……できていますが……まだ……やる事が……残っています。ヒューゴさんに嫌な役目をさせてしまい……すみません。

 ……後のことは……頼みます」


 そう言って、足元を濡らす湿地帯の水に、右手で握った愛用のタクトを静かにつけた。


「四大精霊が一柱、水の……ウンディーネ……の、娘は、源冷のブリザリア……だったか……。

『――氷の――』」


 アルがヒューゴにだけ何とか聞こえる小さな声で、何事かを呟いた瞬間、アルが左手で握っているドンゴの杖に取り付けられた魔石は粉々に砕け散り、同時に右手に握られた愛用のタクトの先から途轍もない冷気が迸った。


 湿地帯の澱んだ水が数十メートル先まで、卵もろともに凍りついていく。


「……アレンに……怒られ……そうだ……な」


 完全に魔力が枯渇したアルは、その場で気を失い倒れた。



「…………なんつぅ魔法もんを研究してやがんだ……。

 こんな状況で、何だその顔は……この大馬鹿野郎が」


 ヒューゴは足に魔力を込めて、アルの氷の拘束から強引に抜け出した。


「…………俺が間違っていた。確かに見届けたぞ、アルドーレ・エングレーバー」


 ヒューゴは息を詰め、全身に魔力を込めた。

 そして――迷う事なく真っ直ぐに、剣を振り下ろした。



 鮮血が舞い、土色に濁った氷を赤く染めた。


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