第153話 第四想定
翌日、日の出とともに俺とベスターは周辺の地形や地物をつぶさに見て回った。
昨夜は交代で見張りをしながら睡眠を取ったのだが、ベスターはナゼか全然眠れなかったから考える時間はたっぷりあった、何かを考えていないと頭が爆発しそうだと言って、げっそりと隈の濃い顔で、作り込まれた基本設計を見せてくれた。
その内容は俺から見ても爆発した芸術の様に自由で、ワクワクとする物だった。
念入りに念入りにリスクを潰す執念の設計は、流石ベスターとしか言いようがない。
勿論単純に手をかけて強固にすればいいと言う物では無く、守るべきところは強固にしつつ、敵を効率よく屠る狩り処を作るなど随所に工夫がある。
今ある資材を用いてAクラスの生徒だけで完成させようと思ったら、数年はかかるだろう。
いわゆる建築物などは基礎工事などしようがないから目印の杭を打つくらいしかやりようが無い。
優先順位をつけて、じじいをギャフンと言わせるために必要な物だけを作る。
と言う訳で、現場を確認しながらクラスメイト達が帰ってくるまでに基本設計を詳細設計へと落とし込む為に、周辺の地形や地物を見て回っているという訳だ。
ゴドルフェンは恐らく第3想定に引っ付いているのか、近くにはいない。
素材集めのカモフラージュをしながら見て回っているので、恐らくもう1人の追跡者の目から見ると、人手が足りないので
「本当にここまで入念に見て回る必要があるのか?」
ベスターは、時間が無いから少しでも施設建築に時間を当てた方がいいと考えている様だ。
俺は力強く頷いた。
「段取り八分――
何事も準備が最も大切で、その出来で殆どが決まるという意味だ。焦って2人で土木作業などしても焼け石に水だ。
それよりも現場をよく見ておく方がいい」
ベスターは目を瞬かせてから、ふっと笑って頷いた。
「段取り八分……か。
いい言葉だな。俺の好みだ」
◆
クラスメイト達は午後6時に帰ってきた。
じじいもいないので、恐らく近くに仮設事務所でもあって、休んでいるのだろう。
刻限は午後10時なので、4時間じじいの想定よりも時間を詰めたと言う事だ。
「よお〜お疲れさん。
随分と早かったな?」
俺はリーダーのシャルにそう問いかけた。
「アレン君が
第2想定の遅れを考えると、トントン、じゃないかな……」
シャルが指先をツンツンと合わせながらそう言うと、ピスが顔を引き攣らせて口を挟んだ。
「いや、シャルが活躍したから時間を大幅に詰められたんだ。
まさか普段おとなしいシャルが、あんな『魔物女』だなんて先生も予想してないだろ……」
するとシャルは顔が真っ赤になり、全員が苦笑した。
シャルが魔物女だと?
何だその楽しそうなネタは……
「いやぁ、まさかシャルがあんな腹から声を出すなんて、意外だったな!
しかも一晩中だからな!
ハーロンベイ領にはあんな魔物の追い込み方があるだなんて、勉強になったよ。いつかそのハーロンベイ領の祭にも行ってみたいな。
事前に聞いていたのに、本当に大型魔獣でも出たのかと思ってびびったぞ!」
アルがウンウンと頷きながら楽しそうな情報を付け加えた。
アルめ、わざと自慢しているとしか思えない……
「こちらの進捗はどうだ、アレン?
見たところまだ
ベスターはどうした?」
ライオがその様に聞いてきたので俺は手元の緑色に輝くスープをぐーるぐーると混ぜながら答えた。
「ベスターはスープを飲んだら眠気が来たようで、
さ、お前らも飲め。
…………何だその顔は?
言っておくがベスターは昨日一睡もせず、今日の夕方まで拠点防衛の設計をしていたから寝ているだけだぞ?
このスープはリアド先輩にも絶賛されたレシピだ」
俺がこう言うと、皆は恐る恐るスープに手をつけた。
感想は『食えない味じゃないが、薬みたいな味がする』だった。
まぁ碌な調味料がないし、体力魔力の回復効果を最大限高める事に拘った薬湯だからな。
「しかし徹夜で設計とは……また随分念入りに考えたのだな。
てっきりアレンの事だから、早々に方針を決めて動き出すと予想していたが……
これほど小さな拠点で、それほど考える事があるとは、逆に驚きだ」
ライオはこう呟き、皆も不思議そうに首を傾げた。
「ふん、お前ら凡人と王立学園が誇る『受け師』、ベスター・フォン・ストックロードを一緒にするな。
ベスターが書いた設計図を見たら、お前ら全員腰を抜かすぞ?」
俺はこう言ってベスターが先程昼間の視察を踏まえて、執念で書き上げた詳細設計図を皆に見せた。
それを見た皆は、1人残らず腰を抜かした。
◆
「皆帰ってたのか。
すまん、先に少し睡眠を取らせてもらってた」
ベスターがそういって起き出してくると、フェイはニコニコと笑いながらベスターへと声をかけた。
「おはようベスター。
ぷっ!
……僕はベスターの事を誤解してたよ。
まさか72時間という制限がある中で、半分近い時間を掛けてこんな壮大な設計図を書くだなんて、流石の僕も目を疑ったよ?
王立学園が誇る『受け師』は、万の軍勢でも迎え撃つつもりなのかな?」
ベスターは俺を恨みがましい目で睨んだ後、ため息をついて概略を説明し始めた。
「……これはあくまで理想だ。
ここ、ロードリア山を経由してユグリア王国が攻められる事を仮定した場合、防衛拠点がどうあるべきか、というな。
当然時間内にこんな山砦を築く事は出来ない。
アレン曰く、この後必ず拠点防衛の想定が来るはずとの事だ。それは俺もそう思う。
それがどういった内容になるのかを想定して、やるべき事の優先順位をつける」
そう言ってベスターは、考案した拠点防衛のポイントを皆に説明した。
「……例えばこのルートから敵が寄せてきたらどうするの?」
ココがこう質問したのを皮切りに、頭のいいクラスメイト達は、次々に疑問点を口にしたが、ベスターは澱みなく全ての問いに答えた。
「なるほど……
よく考えられているな。
もしこの設計図通りに完成したら、ちょっと俺は5倍の兵力でも落とす自信がない。
仮に考えなしに攻めたら、全滅させられてもおかしくない」
皆あらかた食事を終えた所で、ダンが最後にこう苦笑した所で質問が尽きた。
◆
「さて、第4の想定を発表する」
ゴドルフェンは第3想定の刻限である午後10時に現れて、第4想定を発表し始めた。
この林間学校は、最終的にはヴァンキッシュ家の別荘に到着する順位を競う、タイムアタックの要素がある。
与えられている想定の難易度がクラス毎に異なるので、到着順だけでスコアが決まる事は無いだろうが……
時間が押さなければ満点で、余った時間は回復に当てられる分、後が有利になる仕組みなのか、ゴドルフェンが俺たちの状態を見て、開始時刻を早めるのを不可と判断しているのかは分からない。
「想定。
我が国に侵入していた工作員5名が、重要機密を握りヴァンキッシュ子爵領からこのロードリア山の国境を超え、国外への脱出を図っておる。
諸君らは36時間以内にこの5名を捕縛せよ。
リーダーはケイト・サルカンパ。
第2想定との人員振り分けは諸君らに任せる。
以上じゃ」
これを聞いた俺は、投げやりな感じで念のため確認した。
「どうせ『リーダーは必ず自身の想定任務に従事すること』、だろ?」
するとゴドルフェンは首を振った。
「そう言いたい所なのじゃがな。
お主にも少しはクラスメイト達と連携任務をさせんとのぅ。
肝心な時に全体として力が出せん。
よってこの第4想定については、人員振り分けに一切の制限を設けん。
諸君らの創意工夫を期待する」
そう言ってゴドルフェンは踵を返して出ていった。
「き、聞いたかお前ら?!
ようやく!
ようやく俺にも運が回ってきた!」
やっとみんなと林間学校を楽しめる!
俺が目を輝かせながらそう言うと、リーダーのケイトはため息をついた。
「はぁ……
全部あなたの掌の上なのかしら、アレン?
……ロードリア山からクコーラ都市連邦へと抜けられるルートは3つ。
どこをどう押さえれば確実に敵を止められるか……本来であれば満足に議論も出来ないうちに、とにかく国境を越えさせない為に薄く広く人を展開するしかない課題だわ」
ケイトはそう言って、ベスターが書いた設計図をぱらりと開いた。
「でも、この構想があれば、どこがポイントなのかは一目瞭然よ。
ベスター、ライオ、私の3つにチームを分けて、次の想定に向けて拠点構築を進めながら、確実に工作員を仕留めましょう」
そう言ってケイトはすらすらとチーム編成と配置を紙に書き込んでいった。
だがその配置には1箇所だけ穴がある。
軍を進軍させるのは不可能な、言わば第4のルートだが、少人数工作員ならば何とか目立たず通過できるかもしれない、という地形的な難所だ。
そしてどのチームの編成を見ても、俺の名前は影も形も無かった。
俺の顔は引き攣った。
皆を見渡すと、誰1人として俺の方を見ようともしない。
「け、ケイト……
冗談だよな? ここに来てまた単独任務、なんて事になったら、流石の俺もグレるぞ?!
こっちは睡眠もたっぷり取って、元気が有り余っているんだ!」
俺がうっかりそう口走ると、クラスメイト達は白い目で俺を見て、
「……おかしいと思ったわ。
いくら何でも今から第4想定をこなしながら、このベスターの設計を形にするには時間が厳しすぎるもの。
この展開まで織り込んで、ベスターに拠点防衛の設計図を書かせた、と言う訳ね?
確かにこれなら第4想定をこなしながら、結果的には第5想定の防衛戦に向けた拠点構築ができるわ。
……元気一杯のアレンを除く全員でね。ちょっと危ないけど、単独任務宜しくね」
つ、冷たい!
俺はすぐさま抗議した。
「待て待て! 確かにゆっくり昼寝は失言だった!
そもそも次の第5想定はともかく、あのじじいが考える第4想定なんて織り込める訳が無いだろうが! 俺は神様じゃ無いんだぞ!」
ケイトは俺を無視してベスターへと問いかけた。
「……じゃあアレンは自分はお昼寝をしておきながら、どうしてこんな無茶な設計図を書かせたのかしら?
ベスター、貴方も最初はもう少し現実感のある設計を提案したのでしょう? その時アレンはなんて?」
ベスターはメガネをくいっと上げた。
「勿論当初は俺も反対した。
えーっとたしか……『それじゃ面白く無い』、とか言って、即座に却下されたな」
ベスターがそう言うと、ケイトはパンッと手を叩いて、皆に出立を促し始めた。
「さ、工作員にポイントを通過されたら終わりよ?
急いで配置に付きましょう。
この拠点も裸のままとはいかないから、各班から1人ずつ交代で人を出して、中の様子が見えない様に丸太で囲いましょう」
「「よし!」」
皆は一斉に立ち上がった。
「待て待て待て!
一旦落ち着いてお茶でも飲もう!
そうだ! これも俺を孤立させるためのじじいの策略に違いない!
何が『お主にも少しはクラスメイト達と連携任務をさせんとのぅ……』だ!
じじいの言葉を鵜呑みにしたら負けだぞ!」
「往生際が悪いわね。
ベスターの設計図を見ていないゴドルフェン先生が、こちらの配置なんて読めるわけがないでしょう。
神様じゃないのよ?」
そう締め括ったケイトは、とっくに遺跡を出ていっていた皆の後を追うように遺跡を出ていった。
いやいやいや、俺だって神様じゃ――
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