第133話 魔導車部(2)
「また
俺が苦笑しながら後ろから声を掛けると、ガレージで整備に夢中になっていたトゥーちゃんは俺に初めて気がついたようで、『来てたのか、アレンちゃん。ちょっと待っててくれ』と言った。
そして真剣な顔で作業へと戻った。
風魔法を前提としない一般向けの機体と、整備などに必要な最低限の設備は、魔導2輪車開発への協力を条件にエレヴァート魔導工業から格安で供与を受け、魔導車部はスモールスタートをきった。
「そうなんだよアレン、何とか言ってやれ。
トゥーの奴、アシムさんに整備が丁寧だと褒められて以来、大して乗ってもいないくせに、休みの度に機体をバラバラに分解してるぞ?」
こう俺に話しかけてきたのは、魔導車部の部員である1年Aクラスのピスだ。
「流石はアレンと実家の領地が隣り合っているだけの事はある。
変人の才能が豊富だ」
ピスが真面目な顔でこんな事を言ったので、俺はその頭にチョップを見舞った。
後期の授業が始まった3日後ーー
トゥーちゃんは、魔導車部の創部をムジカ先生に申請した。
あの
だが俺は、今回は創部手続きのサポートを行っただけで、部を立ち上げたのも部長もトゥーちゃんだから、入部したいならトゥーちゃんに相談する様にと言った。
要はフェイに立ち上げてもらった、俺はあまり関与しない事にしている魔道具研究部と同じスキームだと、暗に匂わせた。
トゥーちゃんと相談した結果、少なくとも部の立ち上げ当初は、俺の名前がなくても活動内容に共感する人間に入部してもらいたいと考えたからだ。
そうすれば、トゥーちゃんが俺に寄生している、なんて馬鹿な話が広まる事もないだろう。
フェイが立ち上げた魔道具研究部の場合は、俺がいなくてもあいつのネームバリューで加入希望者が山ほどいたが、魔導車部へ加入を希望する人間は潮が引くように消えていった。
創部時のメンバーはたった3人。
トゥーちゃんとピス、そして2年Dクラスのマッチ先輩という人だけだった。
といってトゥーちゃんは、腐るような事はなく、寧ろ2人も加入してくれたと喜んでいたが。
この3人が這う這うの体で開発中の魔導車の試乗をし、そこいらで楽しげに笑っているのを見て、この2ヶ月でさらに2名、3年生と2年生の生徒が新たに加入したそうだ。
ピスとマッチ先輩を含め、皆とても魔導車など自家で保有できない家柄の生徒達だ。
話は逸れるが、この学園の生徒の9割以上は子爵家以下の貴族と準貴族、そして庶民で構成されている。
当然ながら金銭的に裕福であるほど、教育に力をかけられるので受験には有利なのだが、伯爵家以上と子爵家以下では母数の桁が全然違うので、必然的にそうなる。
建国来の長い歴史の中で、学園入学に高位貴族を優遇しようとする動きは何度もあったそうだが、その度に他ならぬユグリア王家が鉄の意志で跳ね除けて来たらしい。
どうやら『天下帰心』と言われた建国の祖、初代アーサー王の遺訓に、身分の上下なく広く人材を登用すべしという物が有るようだ。
貴族制が残るこの国で、この学園のような身分を顧みない入学制度を確立して維持することがどれほど価値のあることかは、説明するまでもないだろう。
話を戻すと、今も3台供与を受けているうちの2台はガレージに見当たらないので、マッチ先輩と新加入の2人が学園内の林道辺りを走らせていると思われる。
そしてその乗り味を改善するにはどうすればいいのか、という視点で試行錯誤して、レポートに纏めエレヴァート魔導工業にフィードバックをかける。
その様子が実に楽しそうで、俺も皆と青春を謳歌したかったのだが、この部活動はトゥーちゃんをはじめ、部員達の情熱により回っていると認識されるまで、暫くは外から様子を見守る事にしていた。
エレヴァート魔導工業からの手厚いサポートに対して、1度アシムさんへ俺とトゥーちゃんで改めてお礼に行ったことがある。
アシムさんは、流石はフーリ先輩の父親だけあって、これまた苦み走ったいい男だった。
俺とトゥーちゃんが感謝の意を伝えると、アシムさんは『若いのに下らないことに気を使うな』と笑っていた。
後でフーリ先輩に聞いた所によると、アシムさんは俺の名前を出さずに情熱のある人間だけを集めようという、トゥーちゃんのアイデアと意志が甚く気に入っているらしい。
誰が何と言おうと、俺の下で部長をやるのは無理と着想したのも、自分で部を立ち上げると決断したのもトゥーちゃんなのだから、このアイデアと意志はトゥーちゃんのものだ。
フーリ先輩は、『情熱があって、身体強化のセンスと魔力量に優れていて怪我の心配が少なく、レポートが書けて、さらに簡単な修理や整備まで自分達でできる王立学園生が、無償でテストライダーをしてくれているんだ。本来ならこちらが報酬を払う側さ。
父さんが力を貸したくなるのも分かるよ』と言って片目を瞑った。
「俺が乗らなくてもピス達がさんざん乗り回しているから、整備のし甲斐があるよ。
お待たせアレンちゃん。
今日は何か用事でもあった?」
区切りのいいところでトゥーちゃんは整備の手を止めて、そう俺に問いかけてきた。
「あぁ、俺もそろそろこの部活に加入したいと思ってな。
皆が楽しそうで、羨ましくって我慢の限界だ」
俺がそう告げると、トゥーちゃんは顔を綻ばせて歓迎してくれた。
が、横からピスがニヤニヤとした顔で、こんなマウントを取ったきた。
「何だよ、やっぱりアレンも入るのか?
言っておくが、俺はこの2ヶ月でかなり魔導2輪車の扱いに慣れたぞ?
新入部員にいっちょう先輩として、魔導2輪車の基本を俺が手ほどきしてやろうか」
くっくっく。
もちろん俺は、この2ヶ月エレヴァート魔導工業のテストコースでバッチリとコソ練している。
もちろんその間、この魔導車部からもたらされた基本的な2輪車の構造に関する様々なフィードバックも、自分の機体に反映してある。
ピスが俺のオリジナルカスタム機と運転技術を見て、目を白黒させるのが楽しみで仕方ない。
「あぁ、それはぜひ教えを請いたいな!」
俺が悪い笑顔でこう言うと、勘のいいピスはたちまちその顔を引き攣らせた。
◆
トゥード・ムーンリットが、この国唯一の魔導車の専門カタログ雑誌、『キー・ドライブ』に初めて寄せた寄稿、題して『私の
魔導2輪車は4輪のそれと比べて格段に安く製造可能で、車体が小さい分燃費も良く、また整備性の高さにこだわりを持って開発された為、ランニングコストも安かった。
その分、性能は抑え気味だが、金や労力を掛ければ性能面の拡張性も高い。
魔導車人口の拡大に、アレンとトゥードが並々ならぬ拘りを持っていたからだ。
まだまだ限られた上流階級のものと思われていた魔導車は、2輪タイプの出現によりちょっとした金持ちの憧れ程度にまで降りてきた。
『私の
これは、王立学園魔導車部の面々が、試作機で王都近郊を走りまくっていた事も影響しているだろう。
これを受けて、大手魔導車メーカーも魔導2輪車市場に相次いで参入する。
ちなみに、この魔導車への確かな造詣と深い愛情が滲むトゥード・ムーンリットの手による寄稿文『私の』シリーズは、長く長く業界で愛され、この王国の魔導車文化の発展と人口の拡大に寄与していく事となる。
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