第132話 魔導車部(1)
後期の授業が開始されて2ヶ月ほど経った、とある休日の午後に、俺は一般寮から学園内部の森へ分け入った先にある、魔導車部のガレージを覗いてみた。
そこにはいつものように、楽しそうに魔導2輪車を整備しているトゥーちゃんがいた。
トゥーちゃんことトゥード・ムーンリット君は、魔導車部を立ち上げた。
あの立食パーティーのあった日遅く。
トゥーちゃんは遠慮気味に俺の部屋をノックした。
そしてその手には、読み込まれてボロボロになった魔導車のカタログ雑誌が握りしめられていた。
俺が帰った後の立食パーティーで、フェイとジュエを中心に、マキテさんと共にさんざん事情聴取をされたそうだが、侯爵との夕食は回避したらしい。
その後寮に戻って、俺の部屋を訪ねるかどうかを逡巡し、結局ノックできたのがこの時間、午後10時過ぎだったとの事だ。
「同郷の同級生なんだし、これからは気軽に遊びにきてよ、トゥーちゃん」
俺が普通にそう告げると、トゥーちゃんは俺の目を見ながら1つ深呼吸をした。
そして頭を下げた。
「すまんーー
俺は、正直言ってアレンちゃんが怖かった。
その感情は、きっと『畏怖』と『嫉妬』だと思う。
自分とは住む世界が違う人間なんだと君を恐れる気持ちと、あいつばかりずるいという嫉妬心が抑えきれなくて、勝手に壁を作ってたんだ……
情けないよ」
トゥーちゃんはそう言って、自虐的に笑った。
……流石はあのクソ田舎からこの学園に入っただけの事はあるな。
前世の経験がある俺には、この歳にして同級生にこのセリフを口にできるトゥーちゃんの凄みが分かる。
「トゥーちゃんは何でこの寮に入ったんだ?
単純に金が無かったなら、この寮の入居権が馬鹿みたいに高騰していた時に、貴族寮に移ろうとすると思うが……」
「あぁ……
最初は単純に金がなかったんだ。
父親は外では随分自信満々に吹かしていたらしいが、どうやら俺が本当に受かった場合のことなんて、何も考えていなかったらしくてな……
この寮が犬小屋と呼ばれている事も、借金してでも貴族寮に入るべき、なんてノウハウも、全く理解していなかった。当然俺もな」
俺は苦笑した。
うちも似たようなものだからだ。
受験に合格する事に必死になっていると、中々その後の事にまで目が向かないのだろう。
前世であればインターネットで自ら調べるという手もあるが、この世界ではいくら貴族とはいえ、田舎の子供が自分でその辺りの事情を調べる手段もツテもない。
「まぁうちは貴族と言っても兄弟が多くて特に金銭面に余裕が無かったから、別にさほどこの寮の設備に不満があった訳じゃ無いってのもあるけどさ。
生活に目処を立てたら引っ越そう、なんて考えていたら、あっという間にこの寮の評判が高まってな。
俺の感覚からすると理解不能な金額で部屋を譲ってほしい、なんて話が沢山来たけど……
何となく、これを受けたら自分は終わりだって気がしてな。
……この気持ちはうまく説明できないし、アレンちゃんには分からないだろうけどな」
トゥーちゃんは少し寂しそうに笑った。
分からないなんて事はない。
もし俺がトゥーちゃんの立場でも、決してそんな儲け話など受ける事は無かっただろう。
だがいつまでも過ぎた事を考えていても仕方がない。
俺はさっさと話題を変えた。
俺はトゥーちゃんが、その手に握っている雑誌について熱く語る様子が見たくてうずうずしているんだ。
「まぁもう今となっては、どうでもいいな!
それより、その手に持ってるのは何だ?」
俺が水を向けるとトゥーちゃんは、照れ臭そうに教えてくれた。
「あ、あぁ。
半年に1回発売される、魔導車のカタログ雑誌の最新号なんだ。
俺が9歳の時に、王都の土産で親父が買って来てくれたのがきっかけで、愛読書になっていてな。
それ以来、毎晩これを一度広げないと眠れないんだ。
親父にねだって、これの最新号をあのクソ田舎に取り寄せてもらう代わりに、随分受験対策を頑張らさせられたよ」
そう言って熱っぽい目でカタログを捲りながら、自分の好きな魔導車について語るトゥーちゃんの話に俺は耳を傾けた。
正直言って、トゥーちゃんが語るどこのメーカーの何と言う車種の何が凄いなどの内容は、俺にはチンプンカンプンだったが、俺は十分話を楽しめた。
ココしかり、好きな事について熱を込めて語る奴の話を聞くのが、俺は大好きだからだ。
俺は自分がエレヴァート魔導工業と2輪の新型魔導車の共同研究開発に関する契約を交わしている事を告げた。
とりあえず、秘密保持契約のある飛行タイプの開発については、俺が想定している魔導車部とは趣旨が異なるので、その点は伏せてある。
「エレヴァート魔導工業だって?!
元々はただの修理工場だったのに、桁違いの予算を投入する
魔導車開発の第一線は退いたと聞いたぞ?!」
ゴッドハンド……
どうやら、フーリ先輩の父親は魔導動力機関の研究者として著名なだけではなく、魔導車の魔法技師としてこの道では名が通っているらしい。
「まぁたまたま縁があってな。
で、トゥーちゃんは部長として魔導車部を率いてくれるのか?」
俺がこう尋ねると、トゥーちゃんは驚いたような困惑したような顔で、すぐさま首を横に振った。
「あれ本気だったのか?!
……魔導車部には、ぜひ入りたいと思う。
声をかけて貰えて、本当に嬉しかったよ。
でも俺がアレンちゃんの立ち上げる部活動の部長を務めるのは流石に厳しいよ」
俺は『なぜ?』と、率直に理由を尋ねてみた。
「なぜって……俺は1年でしかもEクラスだぜ?
来年クラスが上がる自信もない。
折角あのエレヴァート魔導工業と提携して、満を持して立ち上げる部活動なのに、俺が部長をしていたんじゃ誰もついてこないだろう。
俺には資格がない。
下手したら同郷なのをいい事に、アレンちゃんに寄生しているウジ虫、何て陰口を叩かれる未来すら見える」
またそれか。
俺はうんざりした。
クラスがどうだとか、誰がどう言うとか、そんな事を気にしていたらやりたい事など出来ない。
だが一方で、トゥーちゃんの懸念も理解できる。
人間は感情の生き物だ。
俺に言わせれば資格など『情熱』、その一点で十分なのだが、皆が皆、俺が指名したというだけでは公平な目でトゥーちゃんを評価する事は出来ないだろう。
特に魔導車についてほぼ素人で、本人にも自信が無い今の状況で強引に物事を進めては、人間関係に軋轢が生じる危険は十分考えられる。
この部活動を魅力あるものにするには、トゥーちゃん自身の情熱に引き寄せられた、本当に魔導車が好きな部員をゆっくりと集めた方がいいのかもしれない。
まどろっこしいが、遊びなのだから楽しめなければ意味がない。急がば回れと言うやつだ。
「トゥーちゃんの懸念は分かった。
確かに今回は俺が前に出過ぎない方がいいかもな。
では、トゥーちゃんが主になって部活動を立ち上げからやるのではどうだ?
皆がこの部活動はトゥーちゃんが立ち上げたとはっきり認識した後に、俺はヒラの部員として入部して魔導車部を楽しませて貰う。
もちろん必要なサポートはするつもりだ」
俺がこう言うと、トゥーちゃんは顔を真っ青にした。
「何でそうなるんだ!
せっかくあのエレヴァート魔導工業と協力して、大々的に始められるチャンスなんだぞ?
スポンサーだって付くかもしれない。
いや、アレンちゃんが旗を振ってこの学園の優秀な生徒を集結すれば、世の中をあっと言わせるーー」
俺はトゥーちゃんの言葉をみなまで言わせず制した。
「……夢中になれるものがあるーー
それがどれほど尊い事か。
トゥーちゃんはもっと自分に自信を持っていい」
俺がその目に力を込めて静かにそういうと、トゥーちゃんは続きの言葉を呑み込んだ。
「俺がこの部を立ち上げたいのは、面白そうだと、ワクワクすると、そう自分の直感が告げていて、その感覚に従いたいからだ。
資格だと?
好きな事に夢中になる事に、一体誰の許可が、何の資格が必要なんだ?」
俺がそう詰め寄ると、トゥーちゃんは言葉を詰まらせた。
俺は言葉を続けた。
「何かを成し遂げたくて始める訳じゃ無い。
もちろん名を売りたいわけでも、人を集めたい訳でもない。
俺は単純に楽しみたいし、皆にも楽しんでほしいんだ。
この学園での青春を、そして2輪の魔導車という新たな可能性をな。
この部活動が特別そうなのではなく、これまで立ち上げた部活動も全てそうだ」
前世であれほど後悔したのだ。
放課後は塾へと直行して将来に備える青春など、悪い冗談にしか思えない。
しかもこの学園にはとびきり優秀で、人間的にも面白みのある生徒が山ほどいるのだ。
情熱さえあれば、結果のコミットされた塾にはない、魅力溢れる組織がきっとできる。
俺が部活動啓蒙活動の趣旨を説明すると、トゥーちゃんは呆気に取られた様な顔で聞いてきた。
「それじゃあアレンちゃんは、それだけの下準備をしておきながら、ただ単純に好きな事に夢中になる為に、魔導車部を立ち上げようというのか?
この王立学園で部活動を立ち上げながら、何も成果を求めないかのように聞こえるんだが……」
流石はトゥーちゃん!飲み込みが早い!
俺は思わず笑顔になった。
「トゥーちゃんの言うとおり、最も大切なのは好きな事にとことんのめり込む事だ。
究極的にはそれが目的で、成果はその結果得られる経験全てと言える。
具体的な目標もあっていいと思うが、遊びなんだから何でもいい。
機体の開発や改良でも、要素技術の研究でも、運転技術の向上でも、何でもな。
さぁ、結論を聞かせてくれ!」
言いたい事を言いきった俺は、これ以上の問答は逆効果と判断し、その目を真っ直ぐ見ながら結論を問うた。
……その目を見れば、答えは聞くまでも無いがな。
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