第129話 閑話 ダンが魔法研に入部する話


 後期の授業が始まった王立学園の、とある放課後。



「今日から体外魔法研究部に入部します、1年Aクラスのダニエル・サルドスです。

 よろしくお願いします。

 騎士コース生で、目的は、その、か、風魔法の習得です……」


 ダンはそのジャガイモの様な顔を、サツマイモの様に朱色に染めて、ごにょごにょと自己紹介した。



 途端に一部の男子学生から、割れんばかりの拍手が沸き起こる。


「おおー!!また1人同志が!」


「恥じることなど何も無い!共に夢を追いかけよう!」


「監督の下で、共に風になろう!」



 恥じ入る様子もてんでなく、熱烈にダンを迎えた男子生徒たちの隣から、ゴミを見る目がダンに注がれる。


 もちろん、この魔法研で、真摯に体外魔法を研究している女子生徒達だ。


「あのライオさんに次ぐ成績を修める俊才、ダニエル・サルドスさんが、まさかそんな人だったなんて……」


「あんなに恥ずかしそうにして……なら入るの止めればいいのに……」


「ちょっと可愛いかも……」


「えぇ〜!!私むっつりは余計無理!

 それならあの馬鹿共みたいに堂々としてる方がまだマシよ!」


「確かに、あんなに恥ずかしそうにして、裏では夜な夜なスカート捲る事ばかり考えてると思うと引くわね……」



 ダンの入部目的が、スカート捲りだと思っている女子たちのコメントは辛辣だ。


 新星杯でアレンがぶちかました事により、この研究部で風魔法を研究する男子学生は、スカートを捲る目的で活動しているとほぼ断定され、外部から白い目で見られている。


 彼女たちは実家から『頼むから退部してくれ』などと言われ、ほとほと迷惑しているので、コメントが些か辛辣になるのは致し方ない部分もあるだろう。



 ちなみに彼女達は、風魔法対策にスカートではなく騎士コース生の女子生徒達がたまに着る、パンツタイプの制服を着用している。



 ダンが視線に耐えかねて、走って逃げ出すか本気で迷っていると、無敵の男、体外魔法研究部部長のアルがいい笑顔で締め括った。



「今日からよろしくな、ダン!

 加入してくれて嬉しいよ!

 この体外魔法研究部には、『鉄の掟』が一つだけある。

(魔法)士道不覚悟、即退部だ!

 まぁ、難しい事は何もないぞ。

 魔法士として、無限の可能性を追求する、それだけだ!」


 続いてドルも苦笑しながらダンの肩を叩いた。


「よぉ、ダン。

 アレンから聞いたよ、帆船部作ったんだって?

 お前も大変だな……

 何となく狙いは分かるけど、風魔法で船を動かすってのは、いくらダンでも魔力的に厳しいんじゃないか?」



 ドルがそう思うのは当然だ。


 まだベルヌーイの定理は、体系的に整理された科学とは言えない、あくまでアレンが発見し(たと言う事にし)、ダンがそれを聞いただけの状態だからだ。



 体外魔力循環を応用して生み出す風で、船を押して・・・動かす、というのは、魔力量に恵まれたダンだと言う事を考慮しても、いかにも無理がある。


 ちなみに、アレン、ライオ、ジュエはそれぞれの理由で忙しく、今日は休みだ。



「まぁ、色々検証したい事があってな。

 真面目に取り組むつもりではあるから、とにかくこれからよろしく頼むよ。

 ところで、折角だから皆がどんな魔法を研究しているか、見せてもらってもいいか?」


 ダンの申し出に、アルとドルは笑って頷いた。



 ◆



「はぁぁぁあ!」


 アルが気合の入った叫び声と共に、氷の壁を構築していく。


 アレンがアイス・ウォールと名付けた、最も基礎修練に向いている魔法だ。



 その氷の壁は、高さ2m、幅1m、厚さ20cm程で、向こう側がはっきり透けて見えるほど透明だ。



「おおぉー凄いな!」


 ダンはその氷の壁をコンコンと叩いた。

 少し叩いただけで、その硬度が分かる。


「アルのアイス・ウォールは、本当に凄いぞ。

 ライオの火球を完封するからな。

 この間、ライオがムキになって火球を30発くらい連弾で撃ち込んだけど、アルが再構築していくアイス・ウォールは抜けなかった。

 魔力効率と再生速度が桁違いだ」


 ドルの解説に、アルはポリポリと頭を掻いて首を振った。



「まぁそれは相性もあるし、まだまだだけどな。

 構築速度も、硬度も、目指すレベルには程遠い。

 アレンには不思議そうな顔で質問されたよ。

 ライオの剣の突きは止められるのか?ライオが蹴り飛ばしたら倒れないのか?回り込まれたらどう対処するんだ?ってな。

 でも俺は嬉しいんだ。

 あの天才ライオに、一対一の近接戦闘なんでもありで勝てる魔法士を目指せ……俺ならできる。

 ……そうアレンに言われている気がしてな」


 アルは屈託なく笑った。



「あいつは、常識とか固定観念とかを、どこかに置き忘れてきているからな……」


 ドルは苦笑してそう言った。


 が、アルの言いたい事は、実はドルにも分かる。


 アレンは常々ドルに、この部活動を通して、小さく纏まろうとするな、自分の殻を破れ、そして魔法士としての無限の可能性を追求しろ、そう言い続けている。



 この王立学園に於いては凡庸ーー

 魔力量という絶対的な才能、それを自分の器だと信じ込んでいた自分に、お前はある意味でライオ以上の天才だと、真っ直ぐに目を見て言ってきたアレンの顔を、なぜそれが分からないんだ!とでも言いたげに、口惜しそうに言ってきたアレンの目を、ドルは忘れない。


 小さな頃から、卒なく何でも高いレベルでこなして来たドルが、そして入学と共にその自信を粉々に打ち砕かれたドルが、最も望んでいた言葉。

『お前が主役だ』とアレンは言ってくれた、そう思っている。



「ドルも見せてやれよ。

 あのアレンと研究している地爆。

 おーい!ちょっとその辺開けてくれ、ドルが魔法使うぞ!」


 皆が一斉に離れたのを見て、ドルは地面に手をついた。


 地面の土が盛り上がり、ドルの手の中にバレーボール大の球ができる。


 が、ドルは尚も集中して土の塊に魔力を込めている。



「……地爆?一体何しているんだ?」


 ダンは不思議そうな顔でアルに聞いた。


「あぁ、アレンが『水蒸気爆発』とかいう物理現象を魔法の技に応用しようとか言い出したらしくてな。

 あの魔法で構築した土の球を火魔法で加熱しているんだ。

 そして内部に熱が伝わりにくい境界面のある空洞を作っておいて、魔法で水を入れる。

 するとーー」


 そこでドルは土の球を壁に向かって投げた。


 バン!!


 球は、壁に当たって爆発し、音を立てながら四散した。


「あんな感じで、衝撃をきっかけに境界面が崩れて、急激に気化した水の勢いで爆発する。

 これは土と水と火の属性を同時に行使できる、ドルにしか出来ない魔法だな」


 アルの解説に、ダンは首を捻った。



「えーっと……凄いは凄いんだが……普通に火球を飛ばすより威力が出るのか?

 構築にも結構時間が掛かっていたようだけど」



「え〜っと、構築時間については、他の体外魔法と同じで体外魔力循環を鍛えていけば徐々に短縮可能だろうな。

 威力については、何でも一口に土属性とは言うが、その正体は『土壌』ではなく、単純に無機物だから、例えば硬い鉱物を練り込んだ土で構築できるようになったら、より高いエネルギーを溜め込んだ硬い球が、より高い威力で粉々に砕け散る様になるらしい」


 アルのいい笑顔の解説に、ドルは顔を顰めた。


「アレンは簡単に言ってくれるけど、硬い素材を含んだ土ほど自在に加工するのには技量が問われる。

 ダンの指摘通り、まだ構築速度にも難があるから、一度会敵したら使い物にならないしな」


 ドルはそう言って苦笑した。


「ま、ドルはたった数ヶ月でここまで持ってきたけど、複数の属性を同時に使うってのは、見た目ほど簡単じゃない。

 俺だって触れているものを凍らせるのは割りかし簡単だけど、水を出しながら同時に凍らせていくのは、9歳の頃から練習してるけど未だに神経を使うしな。

 3つ同時にって言うだけでも、ちょっと想像できない世界なのに、ドルは最終的には、光魔法を使って任意のタイミングで起爆できる形を目指しているらしいからな!」


 アルは手放しでドルを誉めた。



「ドル君、やっぱりすんごい器用だね!」


「「さすが、鬼の副長〜ww」」


 周りで見守っていた女子学生達も、きゃいきゃいとドルを誉めた。


 この王立学園で魔法士を専攻している彼女らも、ドルがどれほど難しい事を実現しているのかはよく理解している。



 ダンは、鼻の頭をしごくように摘みながら沈黙し、ややあってその顔を青くした。


 ドルが取り組んでいる魔法の、その難易度はダンには解らない。


 だが、その目指す最終形の、本当のヤバさをダンは直感的に理解した。


 この魔法のキモ、それは『設置』できるという事だ。


 普通の魔法は、体から離れた所で長い時間威力を維持出来ないとされている。


 だがこの魔法は最後の爆発が物理現象だ。


 ドルが作って、例えばその辺に埋めておけば、多少時間が空いても身体強化で強化された足で勢いよく踏んだら爆発するだろう。

 或いは、遠距離から光魔法を使い、任意のタイミングで起爆できる様になるかもしれない。


 これがどれほど恐ろしい事か。


 仮に自分が将来、騎士団に入り、この魔法の使い手を追跡しろなどと言われたらーー


「おいドル、お前自分が何をーー」


 しようとしているのか理解しているのか?


 そう言おうとしたダンの右肩に、誰かがポンッと手を置いた。



 ダンが顔を向けると、ぽっちゃりとした体で丸眼鏡を掛け、頭に趣味の悪いバンダナを巻いた癖の強い男が、ダンの肩に馴れ馴れしく手を置き、眼鏡をくいっと上げた。


「拙者は3年Dクラスの、バナナ・シェイクという者だ。

 ……彼らは持つ者、そして我らは持たぬ者だ。

 だが、監督アレンは言った。

 風魔法も無限の可能性を秘めた、立派な体外魔法だと。

 人の目など気にせずに、ロマンを追い求めようと……

 さぁ行こう!」


 バナナは指を夕日に向けた。


「へ?いや、どこへ?

 とりあえず俺は、アルとドルに体外魔力循環の基本を教わろうとーー」


 がしっ。


 反対側から、何故かブレザーをズボンに入れた、癖の強すぎるノッポが、ダンとがっしり肩を組む。


「それがしは、チュロス・ウッチャリ。

 同志よ、我らのこの数ヶ月の研究成果を、余す事なくお伝え致す。

 まずは『捲り道』3級を目指そう。

 耳による索敵魔法、半径20m。

 これが出来れば段位捲りも見えてくる」



 こうしてダンは、楽しげに女子と談笑するアルとドルを横目に、癖強くせつよ男子学生達ーー



 そのエロロマンを求めるエネルギー、ある意味では求道者とすらいえるエネルギーをバネに、密かにこの王立学園で育まれている風魔法のプロフェッショナル集団に連行されたのであった。


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