第130話 グラフィア・インディーナ(1)
秋の早いロザムール帝国。
帝国の帝都オリンパスには、ユグリア王立騎士魔法士学園と、この大陸で双璧を成すと言われるオリンパス魔法学院がある。
貴族のみ入学資格のあるその学院の、とある訓練施設でグラフィア・インディーナは荒れていた。
「やる気あんのか、テメェら?!
ダラダラ手ぇ抜きながらやりやがって、ぶっ殺すぞ!!」
その周囲には血反吐を吐いて何人もの生徒が倒れている。
後期の授業が始まり、グラフィアが成し遂げた新星杯3連覇の栄誉を友人達は讃えた。
だがその友人達の態度は、どこかよそよそしい。
その後の模擬戦でユグリア王国のホープとは言え、1年坊主にハンデをつけられて遊ばれた挙句、お情けで勝ちを譲られたという話は、彼らの耳にも入っているからだ。
彼女の卓越した実力を知っている学友達には、グラフィアを馬鹿にする意図などはない。
むしろ近頃隣国からチラホラと名前を聞くそのアレン・ロヴェーヌとの試合内容について、そして肌で感じた印象について、根掘り葉掘り話を聞きたい。
だが、聞けない。
内容など、聞けるわけがないーー
その友人達の腫れ物に触るかの様な態度は、当然ながらグラフィアの高いプライドを大いに刺激した。
◆
「その辺にしておきなさい、グラフィア。
風紀委員長が風紀を乱してどうしますの?
仲間にあたっても惨めさは拭えはしませんわ。
後で生徒会室へいらっしゃい」
荒んだ気持ちで学友を責め立てるグラフィアを、サラサラの銀髪で気品ある女が後ろから嗜めた。
「ふん、風紀委員長だから弛んだ風紀を訓練で締めてるんだ。
……この私が惨めだと?
いくら
その綺麗なツラボコボコにされてぇのか、アリーチェ」
「な!
アリーチェ様に何という傍若無人な……
いくら貴方でも許されませんわよ?!」
取り巻きのショートカットの生徒会庶務、エクレアが口を尖らせて抗議した。
「金魚の糞は黙ってろ」
グラフィアが睨みつけると、エクレアは半歩後ずさってキッと睨み返しながらも口をつぐんだ。
アリーチェはため息をついて、凍てつく様な目をグラフィアへと向けた。
「仲間に当たるのはおよしなさいと言っているのです。
本当は自分が1番分かっているのでしょう?
いい加減にしないとーー
燃やすわよ、グラ」
その右手はすでに僅かに発光している。
だがグラフィアはその特徴的な八重歯を好戦的に剥き出して笑った。
「ふん。
流石は生徒会長様。
いつも私の後ろに隠れてオドオドしてた泣き虫リーチェが言う様になったじゃねえか。
……やれるもんならやってみろ」
「そんな昔のことをいつまでも……
後悔しますわよ?『ウサパン』さん?」
「「ぶっ!」」
周りで固唾を呑んで見守っていた学友達は、ついうっかり噴き出した。
「ふんっ。
…………ぶぶぶ、ぶっ殺す!」
「……貴方達、見せ物じゃありませんわよ。
巻き込まれる前に解散なさい」
庶務のエクレアが額を手で押さえ解散を促すと同時に、後ろから激しい戦闘音が響き渡った。
◆
「……腕の方は鈍っていない様で安心しましたわ、グラ」
グラフィアの槍に打ち据えられて、青あざを作ったアリーチェが、救護室で傷薬をあざにかけながら言った。
「ふん。
お前こそ、頭おかしい魔法の構築速度と連射性能にさらに磨きを掛けやがって……
杖持ったらどうなりやがんだ?」
グラフィアもまた、そこかしこにある火傷の痕の手当てをしながら応じた。
「貴方も模造槍なのですからお互い様でしょう。
……ねぇグラ。
貴方何をそんなに荒れているのです?
この学院の生徒は誰もが、グラフィア・インディーナの才能を、そして不断の努力で培われた実力を正確に理解しているわ。
貴方の栄光のキャリアに卑怯な手で汚点を残されたのが悔しいのは理解できますが、真の意味で貴方を蔑視している生徒は誰もいない。
それくらい分かっているでしょう。
それなのに周りに当たるだなんて、誇り高い貴方らしく無いわ」
アリーチェは心底不思議そうな顔でグラフィアに問いかけた。
最初は舐めた噂を打ち消そうと、周りを締め上げているのだと思っていた。
だが、後期の授業が始まり1週間経ち、2週間が経って、グラフィア・インディーナは健在だと誰もが理解し、口さがない噂を叩く人間は誰もいなくなったにも関わらず、グラフィアの機嫌は直るどころか悪化する一方だった。
間違いなく何かがあったはずなのに、何が彼女をそこまで追い詰めているのか、アリーチェには理解できなかった。
「……別に」
グラフィアはそっぽを向いた。
だがアリーチェも、今日は逃すつもりない。
王女という自身の立場からしても、またグラフィアの親友としても、報告が上げられている内容以外の事がユグリア王国で発生したのであれば、その内容を正確に理解しておきたい。
その為に側近と言える生徒会庶務、エクレアすらもこの救護室からは遠ざけている。
じっとグラフィアの目をアリーチェは見つめたが、頑な彼女は目を合わそうともしない。
彼女の気性からして、力でぶつかり合った後の方が話しやすくなるかと、わざわざ煽って喧嘩までしたのにと、アリーチェは内心ため息をつきながら昔話を始めた。
「あのパンツ、あなた
サイズを揃えるのは大変でしょうに」
「そそ、その話は止めろ、リーチェ!!
…………あなた、も?」
アリーチェは、話を静止しようと振り返ったグラフィアへと微笑みかけた。
「ふふっ。
あれは10歳になる前かしら。
貴方が私を初めて王宮から連れだしてくれた日。
雲一つない秋晴れで、やたらと日の光を眩しく感じたのを覚えているわ」
「……ふん。
本当は誰よりも才能があるくせに、無能な兄連中に押さえつけられて、オドオドしてるお前にイライラしただけだ」
アリーチェは微笑んだまま、少し悲しげに目尻を下げた。
「貴方はいつもそうね。
本当は誰よりも優しいのに、いつも誰もがやりたがらない
本当は私、気がついていたのですよ?
あの時貴方、本当は『くまたん』の方が欲しかったのでしょう?
でも私が『うさちゃん』の事を気に入っているのに気がついて譲ってくれた。
お店に入った時、お揃いにしようと貴方が提案してくれた時に、私が無邪気に喜んだから合わせてくれたのでしょう」
グラフィアは嫌そうに顔を顰めた。
「そんな細かいことまで覚えてねーよ」
「嘘ばっかり。
ねぇグラ。
正直な気持ちを聞かせて。
貴方が裏でこっそり他の王子王女の派閥から降り掛かってくる火の粉を払ってくれていた事も、私はちゃんと知っていますからね」
グラフィアは一瞬片眉を上げたが、すぐに悪い顔を作りニヤリと唇を歪めた。
「はっ。
そうすると、お前が成長出来たのも、他の王子からの圧力に屈せずに派閥形成できたのも、全部私のおかげって訳だ。
相変わらずめでたい野郎だな。
無能な連中が将来自分の上に立つのが気に食わねえから、自分のためにやっただけだ」
アリーチェは悲しげにグラフィアの目を見た。
「……私相手にヒールを演じるのはもうお辞めなさい。
小さな頃から誰よりも貴方に、グラフィア・インディーナに憧れていた、ファンなのですもの。
全てお見通しですよ。
誰よりも
とってもチャーミングなのに」
グラフィアはギロリとアリーチェを睨んだ。
「チャーミングだと?!
お前まであいつみたいな事を言うな!」
「八重歯は魔族の血を引く証拠だなんて、ただの迷信ですわ。
そもそも魔族などが実在したのかも怪しいですのに……
それに、仮にそうだとして、貴方が誰よりも強くて誇り高いという事実は変わらないでしょう。
で、『あいつ』、と言うのは誰の事かしら?」
このグラフィアの有名なコンプレックスに触れて『チャーミング』何て言う命知らずな人間が、自分以外にこの国にいるとは思えない。
彼女が不機嫌な原因は、その辺りにあるのかもしれない。
……恐らくは、このグラフィア・インディーナを子供扱いしたというーー
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