第65話 魔法士の卵(2)


 とてもそうは見えないが、この人、化け物揃いの騎士団で唯一無二と言われるほど凄い人なのか…



 だがそこまで凄いなら、教えを乞う価値がもしかしたらあるのか?


 何だか断りにくい空気になってきているが、強引に脱出するべきか、もう少し様子を見るか悩むな。


 俺が判断しかねていると、ダンテさんが付け加えた。


「まずは見てもらえればいいんじゃないかな?

 アレン君も、いきなり唯一無二の索敵魔法と言われてもイメージが湧かないだろう」



 デューさんは、腕を組んだままため息をついた。


「はぁ。

 おいガキ。

 今から基本的な索敵を見せるが、興味がないなら遠慮なく断れ。

 今ジャスティンが言ったような、大人の都合は考えなくてもいい。

 やりたい事があんだろ?

 お前みたいな奴は特に、やりたい事を好きにやらしておいた方が伸びる。

 辞令は、俺の方で撤回するよう掛け合ってやる」



 そのセリフを聞いて、俺は深く反省した。


 この人は、きちんと俺の事を見て、俺の将来を考えてくれている。


 ゴドルフェンもそうだったが、前世の下らない上司のイメージを、安易に重ね合わせるべきではないな。



 俺は再度、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。

 よろしくお願いします」



 ◆



「お前、これまで索敵魔法を使ってる様子がないが、何か理由でもあるのか?

 お前の魔力操作のセンスなら、全く使ってないのは逆に不自然だが…」



「何となく気が乗らなくて。

 特に理由はありません」



 この索敵魔法の大家と思しき人に、まさか『俺が求めているのはもっとカッコいい魔法だ』とは言えない。



 デューさんは、俺の心情はお見通しだったようで、続けた。


「ガキの頃は、派手な魔法を使いたいと思うもんだ。

 俺だってそう思ってた。

 ま、学園に上がる頃には諦めていたが、な」



 そう言って、デューさんは何処か気だるげだった目を見開き、組んでいた両手を自然に下ろした。



 集中しているのが雰囲気から伝わる。



「…今やっているのは聴力強化だ。

 遠くの様子を把握するにはこれが1番効率がいい。

 耳に魔力を集めると同時に、体内の魔力を体外に出して、鼓膜とのリンクを保ったまま薄く広がっていくのを待つイメージだな。

 …今、巡回に出ていた団員が2人門へと帰ってきた。

 パッチの野郎はお前と話したがっていたから、五月蝿くなりそうだ」


 ダンテさんは補足した。


「デューさんは簡単そうにやっているけど、こうした索敵防止措置を施された建物に囲まれている中庭で、その外側まで索敵魔法を使うのは尋常な技術じゃないんだよ?

 建物の上を迂回していく、ごく僅かな自分の魔力と繋がってなきゃいけないからね」


 はぁ〜なるほど。


 ……どうしよう、思った以上に地味だった。

 全く魅力を感じない…



 俺は何とか自分のやる気を引き出すため、索敵魔法の魅力を探すべく、質問してみた。


「先程、私がデューさんの死角で石を拾ったのを把握したのも、同じ技術でしょうか?」



「ん?

 あぁ、耳でも握った石が擦れる音は捉えていた。

 だが、あれは耳だけじゃなく、別の感覚でもっと明瞭に捉えていたな。

 自分の魔力を能動的に付近を循環させて、その流れを主に目で感じる事で、物の動きや形状がかなりの精度で分かる。

 感覚としては、光の反射を目で見ているのに近い。

 ま、色は分からねぇし、能動的に魔力を循環させる分、俺でもそれほど広い範囲は把握できねぇけどな」



 なるほど、前世風にいうと、耳がパッシブソナー、目がアクティブソナーになるイメージか。



 そこで、こっそりデューさんの後ろに回っていたジャスティンさんが、音もなく木剣を振り下ろした。



 デューさんは、それを自分の木剣であっさりと受け、同時に後ろ蹴りを繰り出してジャスティンさんを吹き飛ばした。



「ま、普段は聴力を少しだけ上げておいて、こういうバカが近づいてきたら段階的に索敵範囲や精度を上げていけばいい。

 それならそれほど魔力を消費しない」



 辛うじて受け身を取ったジャスティンさんが、モロに蹴りを食らったお腹をさすりながら起き上がりながら言った。



「いつつ。

 ほんと何回この目で見ても信じられないな…

 アレン君、視力を強化したら後ろが見える、なんていうのは、ごく一部の変態だけで、普通は夜目が効きやすくなるとか、そのレベルだからね…

 練習すれば誰でも出来るようになる類の技術じゃないよ?」



「誰が変態だコラ」



 ほぉ〜!

 選ばれし者だけが使える、肉眼では見えない物を捉える心眼使いか…


 俺の厨二心をくすぐるじゃないか。

 少し興味が出てきたぞ?



「凄いですね!

 他にも何か魔力循環での応用はありますか?」



「何だ、急に食いつきがよくなったな?

 後はそうだな…

 人間相手にはあまり効果はないが─」


 そう言って、デューさんは俺に、殺気をこめた魔力の塊を風のような形で叩き込んだ。


 その魔力濃度と威力に、俺のマントはパタパタとはためいた。


「とまぁこうやって、野生動物や魔物への威嚇にも使える。

 獲物を追い込む時なんかに便利だぞ」



 俺はその場で膝を折った。



 そして、この世界では罪人が裁判で取らされる、土下座スタイルで、デューさんに向かって声を張り上げた。



「お見それしました!

 どうか私を、弟子にしてください!」



 ◆



 デューさんの魔法による威嚇を受けた時、俺の全身に衝撃が駆け抜けた。



 なんて事だ、思えば、違和感は覚えていたのに。



 そう、この世界には『風』属性がない。



 ラノベではメジャーな『風』属性を見ないとは思っていたが、この世界では無属性の体外魔法、それが風属性に当たる…なんて都合のいい話があるのか?


 だが、マントがはためく、と言う事は、その魔力の動きが物理的な力を持っている証拠だ。



 そして、性質変化を伴わない体外魔力循環で風を起こす事が可能ならば、俺にも間違いなく可能だ。



 完全に盲点だった。


 だが一方で疑問もある。


 …なぜ誰もやろうとしないんだ?



 俺が土下座の姿勢のままで、必死に頭を働かせていると、中庭に2人の騎士が入ってきた。



「あー!

 もう面白いところ終わっちゃいました?

 彼は何で土下座こんなことになってるの?」



 ヒョロリと背の高いその男には見覚えがあった。


 実技試験会場で受験生に人気があった、優しそうな試験官だ。


 ジャスティンさんがニヤニヤと言う。


「今からが1番面白そうなところですよ、パッチさん。

 さっきまで全然乗り気に見えなかったけど、どういう風の吹き回しかな?」



 俺は一旦考えるのをやめた。

 とりあえず、俺が魔法で風を起こせる事は間違いない。

 その点を徹底的に追求する事は、もはや確定事項だ。


 俺はゆっくりと立ち上がり、騎士団員を見回してから、高らかに宣言する。



「俺はデュー師匠のもとで魔力循環を修め、風の力で全ての敵を、困難を打ち倒す魔法士を!

 常に風と共にあり、風の様に生きたと言われる、風の大魔法士を目指します!」


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