第54話 ルーンシープ


 アレンがゴールド・ラットの若者達をぼこぼこにした、翌々週の週末。



 俺はこの2週間、配達や清掃、建築現場の雑用などの仕事を放課後と週末の時間が許す限りの時間に詰め込んで、下級探索者としての基本的な仕事を堪能していた。


 もちろんその間、『リンゴ・ファミリー』をコケにしてくるアホどももいて、そいつらにはものの道理を優しく教えてきた。



 そして今日俺は、おやっさんに連れられて、比較的年齢の高いりんごのメンバー8人と一緒に、王都から比較的近い草原に来ていた。



 今日の目的は、『りんごの家』で消費する食肉の調達だ。


 食べ盛りの子供達に、物価の高い王都でお腹いっぱい食べさせようとすると、自然と半自給自足になる。



 特に、働き盛りの主要メンバーが2ヶ月ほど前にごっそり抜けて、孤児院も兼ねているりんごの家は、食べるものにも困窮していた。



 十分な戦闘技能の無い子供達を、普段から目の回るほど忙しいおやっさんが連れて、月に1度ほどする狩りは、食糧の確保という意味でも、戦闘訓練という意味でも、『りんごの家』にとっては重要なイベントだ。



 ◆



「レンにぃ、弓持ってんじゃん!

 弓使えるの?!

 かっけぇ〜!」


「レン〜私にも弓教えて〜!」



 俺は、例のゴールド・ラットとの揉め事以降、『りんごの家』のメンバーに懐かれていた。



 探索者は力こそ正義の業界だ。


 特に、あの日ロイの兄貴が目の前で品のないデブに沈められ、大層怖い思いをしている所に俺が飛び出してきて、大暴れする様を直接見たチビ2人、ポーとリーナの2人には大変懐かれていた。



 ちなみに、あのデブはこの辺では有名な、札付きのワルだったらしく、そのプライドにかけて何度もリベンジに来たが、全て丁寧に返り討ちにしておいた。


 面倒だから逃げることも考えたのだが、俺が舐められたら、りんごの他のメンバーが仕事の現場で舐められる可能性があると思ったからだ。



 余りのしつこさにうんざりしていた俺だが、デブの腰にユーク草を濃縮した傷薬がある事を発見し、一度ぶっ飛ばしたあと、その傷薬をかけてもう一度ぶっ飛ばすという、1日で2日分の作業をこなす手法を発明した。


 するとその翌日からデブは来なくなり、一度東支所で見かけた時は、『レン君、ちぃーす!』と品のない挨拶をしてきた。



 そんな事も影響してか、それとも俺がこの2週間、理不尽な事を言ってくるアホどもに、皆の前でものの道理を丁寧に説明してきた事が功を奏したのか、りんごのメンバーは随分仕事先で他の互助会から舐められる事が減ったと、外様の俺を快くファミリーに受け入れてくれたのだった。



「ふっふっふ。

 これのかっこよさが分かるとは、お前ら見る目あるな。

 だがまだ俺も、人に教えられるほどは使えない。

 実は買ったばかりで、本番で使うのは初めてなんだ」


「なんでぇ〜見かけだけか〜!」

「上手になったら教えてね、レン!」



「何でショートボウなんだ?

 まぁ別にいいが…

 ライゴたぁ、渋い趣味してやがんな。


 初めてなら、無闇やたらに撃つんじゃねぇぞ。

 今日はガキどもがうろちょろしてて危ねぇからな。

 …おめぇもガキだけど」



 この渋さがわかるとは流石はおやっさんだ。


 だが確かに、仲間を誤射なんかしたら洒落にならない。



 それに今日は、いつもの無限に矢筒が供給される訓練施設と違い、矢は矢筒にある20本だけだ。


 今の俺は、ある程度の精度を出しながらだと約2秒に1本、精度を気にせず本気で速射したら2秒で3本ほど打てる。


 無闇やたらに打ちまくったら15秒で矢がなくなるという事だ。



「分かりました。

 ところで今日の獲物は何ですか?」


 俺は、随分業物っぽい槍を担いでいるおやっさんに聞いてみた。


「あぁ。

 1番の目的はルーンシープって言う、羊だな。

 肉もうまいし、この季節は冬毛が生え変わる直前で、最も品質の良い羊毛が採れる。

 普通のやつはガキどもでも十分狩れるが、魔物化している個体はDランクだ。

 かなり突進力があって危ねぇから、もしいたら俺が相手する。

 ま、レンの動きなら問題ねぇだろうがな」



「分かりました。

 毛に光沢のある個体が魔物で、魔力器官はツノですね。

 見かけたらおやっさんを呼びます」



「何だ、見たことあんのか?」



「いえ、カナルディア魔物大全に載ってる魔物は、大体頭に入っているだけです」



「…あの分厚い辞書みてーなやつか…

 どんな脳みそしてるんだ、お前…」



「興味を持って読めば、誰だって頭に入りますよ」



「ふん、それが1番難しいんだよ。

 行く予定もない地域の魔物なんて、どうしたって覚えたってしょうがねぇって気持ちが先にたっちまうからな…

 さ、この辺りから小道を外れるぞ。

 魔物も出るから無駄話は終わりだ」



 おやっさんは一度皆を集めた。



「リヤカーはここに置いていく。

 今回はレンがいるから、いつもと少しフォーメーションを変えるぞ。

 俺が先頭、槍持ってるアムールとロイが左右について、レンがシンガリだ。

 アムール。

 この辺りの魔物の注意点は?」


 おやっさんに問われ、兄貴は淀みなく答えた。


「1番やばいのは、普段は出ないけどグリテススネーク。

 Bランクの魔物で、この季節はこの辺りまで餌を取りに来る可能性がゼロじゃない。

 こいつは動く獲物に反応するから、万が一出たらやり過ごすか、親父が狩り終わるまで全員その場で静止。


 属性持ちの魔物が出たら、魔法で一網打尽が1番ヤベェから20mほどの間隔で散らばって、後退。

 親父が仕留める。


 普通の魔物は、親父が俺達で相手できるか判断して、可能なら盾役3人と槍1人で囲んで仕留める」



 おやっさんは頷いた。


「いいだろう。

 レンは今日自由に動け。

 ただしパーティーの後衛として、常に全体の動きを把握することを意識しろ。

 特に矢を射る時は必ず全員の位置を確認してから放て。

 いくぞ。

 目的地はあの岩山だ」



 そういっておやっさんは、小道から500mほど外れた先にある岩山に向かってズンズンと歩き出した。



 ◆



 岩山に着くと、岩肌で草を食んでいるルーンシープはそこかしこに見つかった。


 比較的下の方にいる個体を2体、アムールとロイの兄貴、それぞれのチームで一体ずつ仕留めた。


 俺の出番は無しだ。


 近くの低木に吊るして、血抜きする作業を興味深く見ていると、おやっさんに呼ばれた。



「あそこにいるのが魔物化した個体だ。

 弓の腕を見ておきたいから、狙ってみろ」


 おやっさんが、指差した方を見ると、確かに他の個体よりも僅かに毛艶のよいルーンシープがいた。


 日陰にいるせいかも知れないが、もっとキラキラ輝いているのを想像していたよ。


 これは経験を積まないと分からないな。



「かなり警戒されていますね」


 その個体は体をこちらに向け、時々こちらに目をやりながら、草を食んでいる。


「そりゃそうだ。

 目の前で同胞二体ぶっ殺されてるんだからな。

 当てるのは無理だろうが、腕を見るだけだから気楽に行け」



 おやっさんの言葉に俺は頷いた。


 距離は70m程だが、高低差を考えると有効射程ギリギリだろう。


 俺は素早く木の矢をつがえて、ほんの一瞬だけ照準して放った。


 ルーンシープの魔物は、すぐさま体を伏せて矢を躱し、矢が岩肌に刺さったのを見てすぐさま崖上に向かって逃げ出していった。



 ちらりとおやっさんを見ると、難しい顔で腕を組んでいる。


「すみません、逃しました…

 ああやって躱すのが習性なら、着弾時間を出来るだけ調節して2発撃ったら当てられるかもしれませんね」



「…お前ほんとに今日が初めてか?

 どこに狙いを付けた?」



「えっ?

 額ですけど…

 魔力器官のツノを残して、肉も毛も傷つけず仕留めるには頭を潰すのが1番いいかと思ったので…

 まずかったですか?」



「…やはり、あの一瞬で『点』に照準したのか…

 …着弾時間を調節して2発だと?

 非常識すぎて、コメントする気にもならん」



 これは怒られているのか?

 褒められているのか?



「…次は当てられるように頑張ります」


 俺はとりあえず無難にそう答えた。

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