第23話 幻の布石


 身体強化を使いながら走り、9時ちょっと前に教室に到着した。


 胸焼けが止まらず、走りながら何度もえづいた…



 俺が教室の扉を引くと、ざわざわと騒がしかった教室が静まり返る。



 ふっふっふ。


 問題児様の到着だ。



 心折れそう…



 席は昨日何となく座った窓際の席で決まってしまったようだ。


 風に流される雲が見える、その席自体は素晴らしい。


 問題は、、、



「おはよう、アレン。

 いい朝だね。

 ところでアレンは子爵邸から通うの?

 せっかくアレンと暮らせると思って、昨日きぞくりょうの受付に見張りまで立てて、近くの部屋を確保しようとしたのに…

 昨日は入寮の手続きをしてなかったよね?」



 当然のごとくフェイが隣に座っている事だ。



「おはよう、ストーカー。

 先程まではいい朝だと思っていたが、ちょうど今最低の気分になったところだ」



 今世にはストーカーという言葉は存在しなかったが、たった今産声を上げた。



「ストーカー?

 相変わらずアレンは不思議な言葉を使うね。

 それは一体どういう意味なの?」


「人の迷惑も顧みずに、本人の合意なくどこまでも他人に付き纏う害虫だ」


「きゃははは!

 それはまさしく僕だね。

 アレンのNo. 1ストーカーの座は誰にも渡さないよ?」


 フェイは、たまたま隣に座っていた気の毒な金髪の女の子を挑発する様に宣言した。



 誰かこいつの心の折り方を教えてくれ…



「よぉ、アレン。授業初日からギリギリとは余裕だな。

 …それと、アレンの姉貴にはエンデュミオン地方が迷惑をかけてすまなかった。

 お詫びするよ」



 アルが律儀に頭を下げてきた。

 こいつのせいじゃないだろうに…



「アルが謝るような事じゃないだろう。

 姉上ももう気にしていないと思うから、忘れてくれ。

 少なくとも俺は気にしていないから、そうかしこまられると、やりづらい」



 本当は気にしているが、とりあえずそう答えた。


 姉上へ強引に迫ったアホは自業自得だと思うが、訳もわからず病院送りにされた取り巻きの皆さんに、むしろこちらが謝罪したいくらいだ…



 アルは一瞬逡巡したが、『わかった』と笑顔で答えてくれた。


 このクラスを去る俺だが、やはりこいつとは仲良くしたいな。



 ◆



 ゴドルフェンが教室にやってきた。


 弟子入りを諦めたわけではないが、1週間は大人しくしておいた方がいいだろう。


 今打診すると、確実にAクラス残留を条件に出される。



「皆、揃っとるようじゃな。

 それでは早速じゃが、朝は身体強化魔法の実技じゃ。

 闘技場へゆくぞい」



「実技はコース毎に分かれるんじゃないのか?」



「鍛えあげられた体と、磨き上げられた身体強化魔法が役に立たん仕事はないからの。


 王立学園の卒業生に、安全な場所から対外魔法を行使するしか能のない魔法士や、碌に魔力操作もできん魔法技師、最初から机にかじりついて現場で使えないような頭でっかちな官吏は求められていない、ともいえる。


 あらゆる事に精通したゼネラリストの育成。

 それが創立以来のこの王立学園の教育方針じゃ。


 つまり、水準以上の身体強化魔法、および武術の嗜みは、王立学園卒業生の一般教養といえるのぅ。

 2年以降は専門分野ごとの授業も取り入れられるがの」



 なるほどなぁ。


 裏を返すと俺が魔法士と同様の訓練をして講義を受けられる、という意味でもある。


 授業が楽しみになってきた。



 ◆



 闘技場は、学舎から出て東側の森へと続く石畳が、途中で分かれた先にあった。


 陸上競技場ほどの広さの体育館のようなものが4つ…


 どれだけの予算を持っているんだ?この学園。

 維持費もバカにならんだろうに…



「さて、わしは諸君らの実技試験の様子はあらかた頭に入っとるがの。

 まずはクラスメイトに自己紹介あいさつが必要じゃろう。

 適当な者とペアを組んで、1組ずつ模擬戦じゃ。

 残りのものは周りで見学するように」



 出たな、『適当なものとペアを組め』…



 それは俺のような嫌われ者には鬼門のシステム。


 フェイと組むのは論外だし、最後の2人にポツンと残って、もう1人の可哀想な残り物と苦笑いしながらペアを組む未来が見えー



「アレン・ロヴェーヌ!

 貴様に引導を渡すチャンスがこれほど早くくるとはな。

 戦闘力レベル・ファイブ?だか何だか知らんが、まさか実技試験評価Sを取ったほどのものが、逃げやしないだろうな?」



 あぁパーリ君がいたか…

 俺は君の事は嫌いじゃないよ。



 ◆



「先に宣言しておくぞ。

 この模擬戦で俺が勝ったなら、俺は貴様の事を何があっても推薦しない。

 たとえフェイ様に命じられてもな」



「…その言葉、二言はないな?」



 俺は念押しした。

 1週間が勿体無いと思っていた俺としては、願ったり叶ったりだ。



「ふん、余裕ぶっていられるのも今のうちだけだ!

 ゴドルフェン翁!

 このパーリ・アベニールの名にかけて、アレン・ロヴェーヌに関する推薦の是非は、この模擬戦の結果に委ねる!

 問題ないな?」



「…しかと聞き届けた」




「アレン。

 気楽に行っていいよ?

 彼は何があっても推薦する事になるから。

 たとえアレンが認めなくても……ね」



 フェイが近づいてきて、心配そうに声を掛けてくるが、猫を思わせるその瞳孔は開いている。


 この後、俺に勝っちゃって、怒られちゃうパーリ君が可哀想で仕方がない。



 ただ少し気になるな。



「あいつ、いやに自信がありそうだな?

 そんなに強いのか?」



 俺は曲がりなりにも実技試験でトップ評価を取った男だ。


 だが、あいつの言動からは、自分の勝利は揺るがない、との自信を感じる。


 いつもは大胆不敵な、フェイの保険をかけるような言動も気になる。



「…何回かやれば、きっとパーリはアレンに勝てなくなると思う…」



 フェイが言い淀んでいるうちに、その答えは、すぐに分かった。




 パーリ君は、訓練用の木刀が立て掛けられているラックを通り過ぎ、槍の形を模した棍棒が立てかけられている前で、得物を選んでいた。



 ◆



 俺の年齢で、槍を相手に訓練をした事がある奴は、そうはいないだろう。


 王立学園を始めとする12歳での進学受験の実技試験では、必ず木刀が使われるからだ。



 そういう意味で、槍が専門家のパーリ君は非常にレアだと言える。


 先ほどの名乗りを聞いて、その後パーリ君が槍を選んでいる姿を見て思い出した。


 アベニール伯爵家は、ドラグーン家の寄り子の中でも武門の家として有名だ。

 そして、その当主は代々アベニール流槍術の師範として武名を轟かしている。




 そして、俺は知っている。


 槍を相手にした事が無いものが、簡単に対応できるほど、槍というものは甘く無い。



 パーリ君の絶対の自信の理由がわかったな。



 先程まではどうやって負けようかとばかり考えていたが、気持ちを改めた。



 田舎のC級冒険者ディオに、突き技なしでコテンパンにやられた俺だ。


 全力でいっても、まず勝つのは難しいだろう。



 今の俺がどこまで槍に対応できるか、パーリ君にはその試金石になってもらう。



 ◆



 適当な木刀を選んでパーリ君に向き合う。


「よろしく頼む」


 俺は教えを請う身として、きっちり30度頭を下げて、上げた。


 じじいが眉毛をピクッとしたな?


 このお辞儀の美しさが分かるとは、伊達に歳をくっていない。



 パーリ君は、左手が前に来るように半身に構えている。

 背筋は伸びているが、膝は柔らかい。


 槍を持ったその瞬間から、雑念を消し、気が充実しているのが分かる。



 …恐らく初手から突きが来る。



 俺は身体強化の準備をして正眼に構えた。




 パーリ君は、ジリジリと摺り足で間合いを詰めてくる。



 これは、道場やこの闘技場の様な、足場の整備された平な場所で、十分に間合いが離れていて且つ、一対一で戦う果たし合いのような場面でしか使えない手法だろう。


 ディオとの稽古では、これほど考える時間は貰えなかったが、その点をパーリ君に求めるのは酷だろう。


 何年も魔物を相手に実践を積み上げてきたディオとは、思想が根本的に異なるのは想像に難くない。



 だがまどろっこしいな。


 俺にとって、これは負けられない戦いではなく、自分を試すための訓練だ。


 俺は正眼を解いて、右手に持った木刀を脱力して下方に垂らしながら、無造作に間合いを詰めた。



 俺が目算で、あと半歩ー


 と、思ったところで、大砲の様な突きがきた。


 瞬時に体を捻ってかわす。


 読んでいたのにかなり際どかった…

 想像以上のスピードと間合いの長さだ。


 添えられた左手を筒に、繰り出した右手を捻り込むことで、速度と間合いを伸ばしてきた。



 これが槍の突き技か。




 俺は、自分でも気がつかないうちに、口元に笑みをたたえていた。




 ◆



「くそぅ!なぜ当たらない!」


 かれこれ10分は経過したが、一向にパーリ君の槍は俺に当たる気配がない。


 その理由は簡単だ。



 パーリ君の槍術は、美しすぎる。


 基本に忠実な構え。


 繰り出す突き技は直線的で、引きは早いが繋がりがない。


 常に剣を殺すための間合いを保とうとする足捌きは、逆に次の狙いをありありと俺に伝えていた。



 もちろん、なぎ技や打ち下ろしなどを時折織り交ぜて来ているが、ディオの変幻自在な間合いの出入りを知っている俺としては、余りにも工夫がない。


 これでは槍の長所が活かせない。



 最初は、罠を警戒していた。


 あえて単調な攻撃を繰り返して、こちらの思考を一方に偏らせておいて、思考の外から想定外の一手を打つ布石かと思っていたのだ。




 だが、次の一手がいつまでも来ない。



 待てど暮らせど来ない!




 俺は、焦りがありありと募っていくパーリ君の顔を見て、焦りを募らせていた…



 じじいが見てる前で、ここからどうやって負ければいいんだ…



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