第17話 嫌疑
「では、最初のオリエンテーションを始めるとするかのぅ」
担任と思しきじじいの声が聞こえるが、どうでもいい…
今はただ、空に浮かぶ雲の様に、何も考えず風に任せて流されていたい。
「ほらアレン。起きて?最初から居眠りなんかしてたら目をつけられるよ?」
…誰のせいでこうなったと思ってるんだこの。
ちゃっかり隣の席を確保しやがって。
言い返す気力もない…
「まずは自己紹介といこうかの。
ワシは、ゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュ。
今年の王立学園1年Aクラスの担任をするものじゃ。
ついでに、本学園の理事も昨日拝命した。
何人かは知っとる顔もおるの」
その言葉を聞いて、クラス中がどよめいた。
「まさか!あの『仏のゴドルフェン』が担任?!」
「数年前まで王国騎士団副団長だった、あのゴドルフェン翁か!」
なんか有名なじじいらしい…
どうでもいいけど…
「先の戦争の英雄か!」
「軍閥の重鎮がなぜ学園に?」
「国王の懐刀と言われていると聞いたぞ?」
「確か
肩書きの多いジジイだな…
どうでもいいけど…
…いや、何やら気になるワードが聞こえたな。
何てロマン溢れる肩書きだ、羨ましい…
俺は少しだけ顔を上げた。
「若い頃は魔法の才に恵まれず、王立学園にはEクラスで入学するも、血の滲むような努力で騎士としても魔法士としても大成した、あの『
ふむふむ、若い頃は魔法の才に恵まれず、か。
誰だか知らないが、詳しい説明をありがとう。
俺はゆっくりと体を起こした。
◆
「さて、何でこんなおいぼれが、今更栄えある王立学園の教師として派遣されてきたかというとじゃな…
実は王からの要請での」
ゴドルフェンは好好爺然とした雰囲気で、話を切り出した。
「その前にちょっといいか?」
ものすごく重要な話が始まりそうだったが、俺は構わず話の腰を折った。
じじいの長話など聞いていられない。
いきなり出鼻を挫かれたゴドルフェンは、腹を立てた様子もなく、先を促した。
「ふむ。聞こうか。アレン・ロヴェーヌ」
俺は直立不動の体勢からじじいの目を見て、身体強化を全開にした。
そして、腰を、分度器で測ったほどきっかり45度折りまげた。
「私をゴドルフェン先生の、弟子にして下さい!」
この世界にも頼み事をする時に頭を下げる文化はある。
だが、日本企業が新入社員に課す研修で、アホらしいほど徹底的に訓練されるお辞儀を知っている俺からすれば、どいつもコイツも誠意不足と言わざるをえない。
お辞儀は奥深い。
頭を素早く下げ、必要な時間静止し、そしてゆったりと上げる緩急のコントロール。
表明したい心を、角度で表す深さのコントロール。
そして、鉄の棍棒が刺さっているのかのように伸びた背中に、指先が反りかえるほど伸ばした指など、気を使う点は枚挙にいとまがない。
先程まで、期せずしてアウトロー路線を爆進していた俺の変わり身の速さに、クラスメイトは、精神分裂者を見るような怯えた目をしている。
だがこのチャンスは逃さない。一分一秒が惜しい。
白髭に覆われ、目を細めているゴドルフェンの心情は読めないが、俺は目を見つめたまま次の言葉を待った。
「ふぅ。…話が前後してしまうが、しかたないかの。
まどろっこしいのはわしも嫌いじゃ」
目の前の老人は、深々とため息をついた後、全く思ってもみない事を言い出した。
「アレン・ロヴェーヌ。
貴様には入学試験で不正を働いた嫌疑が掛けられておる」
……不正だと?
一体何を言っているんだこのじじぃは…
「見たものも多いであろう。
掲示板に記されたアレン・ロヴェーヌの配属クラスの横に、とある記号が付いていたのを…」
俺は、俺は精一杯、あの二日酔いの警備員に採点してもらうのを避けようと努力したんだ。
「あれは仮入学、つまり合否判定は保留という意味じゃ」
あの無精髭は確かに、俺が試験を受ける前に、合格だと宣言した。
だが、それをその場で、『それは不正です』と突っぱねろとでも言うのか?
実技試験は、実は心の試験だとでもいうつもりか?
その後に、俺は曲がりなりにも無精髭の試験を受けたんだぞ?
「貴様には2つの道がある。
1つは、自分の価値を証明して、この王立学園に残る道。
もう1つは、それを成せず、惨めな卑怯者として学園を去る道じゃ」
怒りで体が震える。
今わかった…
母上はこの事をいっていたのか。
俺は、誰かに理不尽にも潰されようとしている。
それを見返してやれと。
自分の道を邪魔するやつは叩き潰せと、そう言っていたのだ。
仮にあの無精髭の
だが武器も何もない今の警戒された状況で、このじじいを相手に、
俺は、視線をじじいに固定したまま、心の中で教室に配置された手札を数え、一歩前に出た。
と、それに呼応するように、ライオが席を立ち、ジジイとの間に立つ。
こいつもグルか?
「よい。ライオ」
ライオはしばらくその場で俺をゴミクズを見るような目で見ていたが、仕方なさそうに一歩横にずれた。
「アレン・ロヴェーヌよ。それがお主の考える、己の価値を示す方法か?」
「ふん。俺は不正など働いていない。
ハナから俺を悪者に仕立て上げるつもりのお前らに、何をいっても無駄だがな」
俺はゴドルフェンを見据えたまま、ゆっくりと黒板に近づき、黒板消しを左手でもった。
「ふむ。で、あればこそ、その証明は別の形で示すべきではないかの?」
「ふん。どの口が言うんだ?
二日酔いの試験官の採点ミスを、受験生の俺に責任転嫁して偉そうに説教とは、呆れ果てて、空いた口が塞がらないとはこの事だ。
俺がこの学園にしがみついて、尻尾を振るとでも思ったのか?
お前から見たら、俺など取るに足りない塵芥だろう。
だが、俺の道を邪魔するやつは、誰であろうと、叩き潰す!」
俺は高らかに宣言した。
「ん?…お主の不正疑惑は学科試験じゃぞ?」
………え?
「お主の実技試験の結果は、このわしを含めた全試験官が合議した結果、20年ぶりに満場一致で決定された物じゃ。
誰もその点に、いささかも疑問を抱いておらん」
俺は、新品ピカピカの黒板消しの掃除をするふりをし、元あった場所に戻し、自席へと帰った。
そして目を瞑り、腕を組んだ。
「説明を頼む」
皆にどのように見られているかと思うと、とても目を開ける勇気がない。
そこでフェイが、教室中に響き渡るような、ひそひそ声で、心配そうに言ってきた。
「アレン?叩き潰さなくていいの?
…顔が真っ赤だよ?ぷっ」
◆
「お主の不正嫌疑は、昨日の学科試験と王国共通学科試験の結果との不整合じゃ。
詳しくは教えられんが、学力の伸びが不自然、などと言うレベルでは済まされないという事を示す判定がある」
そこでゴドルフェンは一枚の紙を広げた。
そこには、5科目中、4科目で判定に引っかかっている事が示されていた。
特に、難易度が多少いつもより高く感じ、覚醒前の『アレン』が大嫌いだった魔法理論など、不正確率99.99……%だ。
「もちろん、この結果を受けて、貴様が学園の門を潜ってから出るまで、その一挙手一投足を徹底的に分析班が調べ上げた。
じゃが怪しい所はなし。
魔道具を使用している痕跡もまるでない。
じゃがのう…ありえんのじゃよ。
1科目なら奇跡と言えん事もないが、4科目ともなると、流石にの」
「…さて、申し開きを聞こうかの」
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