第12話 入学試験(2)


「あー、お前。お前はここで受けていけ」



 俺は聞こえないふりをして先に進む。


 勘弁してくれ。

 ついさっき、そこの受付のにーちゃんからはっきりと、どこで受けてもいいって聞いたんだ!


 出るとこ出るぞ?


 全く歩速を緩めずに、優しそうな試験官さんを目指して一直線に進む。

 君に決めた!


 そんな俺に、無精髭はさらに声をかけてきた。



「テメェ聞こえてんだろ?!無視すんじゃねぇ!……お前は合格だから一旦止まれ!」





 へ?合格?



 大好きな響きに、つい足を止めてしまった。


「…全く。お前あれだろ?ここ3日ほど学園の周りを走ってるガキだろ?噂になってんぞ?」


 ??


 言われた言葉の意味がよくわからない。


 なぜ走っていたのを知っているのかも不思議ではあるが、学園の周りをただ走って、なんの噂になるのか。


 困惑する俺を見て、無精髭はため息をついた。


「お前はこの学園のセキュリティを舐めすぎだ。

 塀に触らなければ大丈夫だと思ったか?


 …特にこの入学試験の前は、良からぬことを考えるアホどもが多いからな。


 普通じゃないペースで走る見知らぬガキが、塀の周りをうろちょろしていたら、すぐ俺みたいな警備担当に連絡が入る」


 普通じゃないペース、というほど速く走った覚えはないが、なるほど、確かにこの入学試験の直前に、中の様子を少しでも把握しようと考えながら周りを走ったのは迂闊だったか…。


 ど田舎の子爵領には無かったが、恐らくは監視カメラのような魔道具があり、俺の動向は学園側に捕捉されていたのだろう。


「確かに、この3日間ほど、学園の周りをランニングしましたが、何か問題でも?」


 俺は、証拠映像を押さえられている可能性を考慮して、事実を認めつつ慎重に質問をした。


「あ〜、それについては、多くの専門家が映像を分析して、田舎もんが考えなしに学園の周りをランニングしているだけと結論が出ている。

 だからお咎めは無しだ」


 やはり映像を記録する装置があるのか…。


 それにしても、多くの専門家だと?


 監視カメラの可能性は考慮していたが、塀を登って中を覗くような事をしなくて本当によかった…



「そんなわけで、警備担当の俺に連絡が来たもんだからよ。

 俺も映像だけじゃ無くて、実際にお前が走っている姿もちらっと確認している。

 お前は水準に達しているから、少なくとも実技試験は合格だ」


 なるほど。つまり試験以前にすでに俺の実力は把握していたと。

 ちらっと走っていたのを見ただけで。


 …そんな簡単に実力なんて分かるものなのか?


 何となく既視感を感じながら、俺は質問した。


「俺のランニングをちらっと見て、そこまで明確に能力が分かるとは思えないのですが…」


 そりゃ一流の使い手が見れば、ある程度魔力操作のレベルなどは推定出来るだろうが…。



 俺の問いを聞いて、無精髭はまたしてもため息をついた。


「ま、普通はそうなんだがな…。

 だがお前、雨降ってる、しかも試験当日の今朝も走りにきやがっただろう。

 いったい何考えてやがるんだか…

 魔力量の足切りで落ちたらどうするつもりだったんだ?

 …まぁだからギリギリの時間まで魔力を回復して来たんだろうがな。

 唯一、お前は今日も走りに来る方に賭けてた、ゴドルフェンおうの一人勝ちだ」



 あぁ〜なるほど!何となくわかった!


 一瞬、フェイのやつが戦闘力を計る魔道具を即日で実用化して、納入したのかと思って焦ったよ…。


 …賭け事の対象になってたの?



 ◆



「お前も知っている通り、雨というのは中々厄介だ。求められる魔力操作の繊細さが段違いだからな」



 二日酔いで頭が痛いのだろう、無精髭はこめかみを押さえながら続けた。


「だが、お前は昨日1時間28分で走ったコース学園一周を、今朝は1時間40分で走った。あれだけ雨が降りしきる中、その年12歳でこれだけペースを落とさずに走れるやつは、そうはいない」



 ふん。なるほどな…


 雨に浮かれて、いつもは10本の坂道ダッシュを、今日は12本やったことは話さない方がいいだろう。

 話がややこしくなりそうだ…



「そんなわけで、この2日の差分を見るだけで、お前の身体強化魔法、特に魔力操作の水準は証明されるわけだ。

 まぁ、後半大幅にペースが落ちるところなど、スタミナ面と、魔力量に課題が残るがな。」


 …やはり南東にある、あのステキな坂道付近には監視カメラは無いと見て間違いなさそうだな。



 そこまで言って、無精髭は獰猛な笑みを浮かべた。


「そんなわけで、お前は合格だが、スコア得点は付けなきゃならん。一撃でも構わんから、俺に打ってこい」


「…組み打ちは受験生同士で行うと聞きましたが?」


「生憎お前のスコアが測れそうな、手頃な奴が近くにいねぇ。

 無論防御はするが、反撃はしないから渾身の一撃を打ってこ…」


 無精髭が話し終える直前の、刹那のタイミングで一気に出力を上げて間合いを詰め、俺は大上段から渾身の一撃を振り下ろした。


 だがこの一撃は、意外と技巧派を思わせる足捌きと、上半身の捻りでかわされた。


 やはり俺よりも実力は一枚も二枚も上だな。

 リスクを取って、短期決戦。これしかない。



 捻りをそのまま活かして、無精髭は木刀を横に薙いだ。

 そうくる、と思っていたので、俺はその一撃を木刀で余裕で受け止めー 

 る、フリをして、あえて力を抜いて刀を弾き飛ばさせた。


 俺には姉上のような、受けた状態から抜いて、この無精髭に隙を作り出すような技量はない。

 木刀を失うのは痛いが、致し方ないと判断した。


 あると思っていた反発力が無かったため、無精髭の体がほんの僅かに左に流れる。


 そこに本命の左上段回し蹴りを放った。

 完璧なタイミングー


「うおっ!」


 捉えたと思った蹴りは、無精髭の前髪にかすっただけで、スウェーでかわされた。



 無精髭がすかさずバックステップで距離を取った時には、俺は近くにいた受験生から木刀を強奪して、正眼に構えていた。



「…なんて行儀の悪いガキだ…てめぇ、最初のあの大味な上段は…誘いやがったな?」


「反撃はしない、といいながら、立ち方がカウンター狙いに見えましたもので…選択肢を少しでも限定できれば、と思いました」


 ふん。

 あの性格の悪い課長が二日酔いなんだ。

 しかも俺のせいで(俺のせいじゃ無いが)賭けに負けた状況。

 素直に受けに徹するわけがない。


「…そもそも、まさか話が終わる前に切り掛かってくるとはな。

 普通は『わかりました』とか、『いきます』とか一声かけるのが礼儀だと思わねぇのか…?」


 ???


 確かに…!

 切り掛かる前に声を掛けてもらえるような、優しい姉上が欲しかった…



「…はぁ。まぁいい。実技試験はしまいだ。

 最初に言ったように、お前…お前名前なんだっけ?は、合格だから、飯食って学科は正午開始の回を受けろ。

 実技試験を通過した全ての受験生が学舎に入る15時までは外には出られんから注意しろ。

 5分前までに正門から見える学舎にいけ」


「ありがとうございます!私の名前は、アレン・ロヴェーヌです!」


 第一印象は重要だ。


 俺は前世の就活の際に、やたらと練習した通り、なるべく爽やかな印象になるようハキハキと自己紹介した。

 完璧だ。



 ふぅ〜。よし!何とかこの無精髭逆境を跳ね返し、実技の足切りは免れた!


 俺は親切にも待っててくれた受験生に借りた木刀を返し、丁重にお礼を言って、テクテクと学舎へと引き返した。



 ◆



 途中で気合の入った一団とすれ違い、見知らぬ人からどんな試験だったのかと聞かれたので、一般的な組み打ちを受験者同士でするシンプルな試験だと答えておいた。


 ついでに、気の優しそうな可愛らしい女の子がいたから、こっそり『受付の近くの無精髭の試験官は、二日酔いで機嫌が悪いから、近づかない方がいいよ』と、教えておいた。



 学園入ってから仲良くなれるといいなぁ〜。



 お昼に携帯固形非常食(サラミ味)を摂取して、学科試験会場である学舎に入る。


 さすが最先端の物が揃う王都だ。

 昨日の王都観光で新発売のサラミ味を見つけた時は感動した。

 …だが、プレーン味の方が好きだな…



 指示通り、正午前に試験会場に入る。


 物理学、魔法理論、地政学・歴史、軍略・政治、言語学。


 5つの試験問題を一斉に配布されたので、得意な順にこなし、見直しをして時計を見ると、まだ15時前だった。



 学科試験には特筆すべきイレギュラーなど何もない。


 例年よりやや難易度が高いかな?と思う試験科目もあったが、条件は皆同じなのだ。


 わからない問題は、いくら考えてもわからない。


 始まる前に全てが終わっている。

 それが学力テストというものだ。


 俺は念のため15時まで見直しをして、学舎を出た。



 こうして3ヶ月に及ぶ俺の受験戦争は終わりを告げた。

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