第13話 合格発表とその裏側(1)


 午後4時前に、子爵別邸に帰った。


 家に帰ると、母上と姉上がどこかソワソワと玄関で待っていた。


 この3日間、受験に関する話など一切してこなかったが、やはりそれなりには気にかけてくれていたのだろう。



「アレン君、お疲れ様!」


 姉上は満面の笑顔で迎えてくれた。


 まぁ自分で言うのも何だが、この3ヶ月は持てる力の全てを出し尽くしたという自負がある。


 その苦労が、姉上の屈託の無い笑顔で報われた気がした。



「ご苦労様でした。

 顔を見ればわかります。力を出し切ったのでしょう?

 ローザが頑張って、今夜のお疲れ様会の準備は万端ですよ?」


 母上は、締めるところは締めるが、基本的には優しい。


 昔から、少女のように口を綻ばして笑う。

 子供を4人も、産み育てたとはとても思えない。


 俺は本当に、家族に恵まれた。


「母上、姉上、ただいま帰りました!」


 俺は、心からの感謝を込めていった。



 ◆



 翌日、母上と合格者発表を見に来た。


 自信はある。

 若干の不確定要素無精髭があるとはいえ、流石に実技で不合格になるとは思っていない。



 ……実は合格発表も、俺は一人で見に来るつもりだった。


 だが、昨夜母上にそう伝えたところ、


「アレンがどうしても一人で行きたいと言うのであれば、お任せします。

 ですが、アレンの頑張る姿を見て、合否はどうであれ、その結果を私はあなたの隣で見届けたいと考えています」


 そう伝えられた後、母上は少女のように口元を綻ばせた後、言った。


「ふふふ。実はわたくしは、あなた以上に結果に自信があります。

 親孝行と思って、よければ一緒に喜ばせてくれませんか?」


 母上にそこまで言われると、流石に断れない。


 そんな流れで、俺は保護者同伴で合格発表に来ていた。


 ちなみに、いかに俺を信じているか、いかに一緒に喜びたいか、しまいには、いかに俺と一緒に住みたいかと、受験とはなんの関係のない話を熱弁した姉上は、『あなたは学校研究があるでしょう』と母上に却下され、また恨めしそうに目に涙を浮かべていた。



 ◆



 時を合格発表から遡ること半日と少し。



 王立学園では夕食もそこそこに、関係者総出で試験の採点をしていた。



「もう一度じゃ、エミー。今度はグラウンドに入る所から頼む」


 数年前まで、王国騎士団で副団長を務めていた、ゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュにそう言われて、担当の魔法技師が断る理由はない。


 今度はアレンがグラウンドに入るところからの映像が、モニターのような魔道具に映し出される。



「ゴドルフェンおうも、彼の試験映像を見ていたのですか?

 魔法士コースの採点はよろしいので?」


 はち切れんばかりの筋肉を携えた、身長2m体重120kgはありそうな巨漢が近づいてきた。

 銀色の短髪と同じ色をした目が放つ眼差しは優しいが、顎の先は2つに割れている。


「ダンテか。

 魔法士コースあちらは人数が少ないからのう。大方見えたので後は任せてこちらに来た」


 ダンテは、ゴドルフェンの隣に来て、一緒にモニターを見る。


「うーん……あまりに自然に歩いていますので……しかし、やはりここから受付まで、そしてデューさんの所まで少し歩く間に合わせた、としか考えられませんよね?」


「そうじゃのぉ。

 あの土は今回の試験のために反発力と摩擦力をかなり抑えた特殊な土じゃ。

 納入されたのは昨日の夕方。

 調合を考えたのはわし。

 発注先も信用のおける業者じゃ。

 どこかで経験していたというのは、考えられんのぉ」


 そこに、さらに1人の男が近づいてきた。


「……そして、受験生たちは一生懸命組み打ちの技術を披露しているけれど、試験官が見てるのは足元への対応、つまり、考える力と魔力操作のセンス、この2点のみというわけですか。

 本当に、この試験を考えた人ゴドルフェン翁は、性格が悪いですね?」


 実技試験の受付をしていた年若いおにいちゃん、ジャスティン・ロックがニヤニヤと笑いながら近寄ってくる。


 彼はこの王立学園を、この春に優秀な成績で卒業し、王国騎士団に入団した英才だ。


 入団と同時に、この伝統ある王立学園の入学試験補助に抜擢されている。


 ゆくゆくはこの国の根幹を支える柱達を育成する機関の入学試験だ。

 万が一にも情報漏洩などが無いよう、その人格面も厳しく審査されている。



「ふん。

 田舎で身につけた小手先の技術など、この王立学園ではくその役にもたたん。


 今年もまた前半の受験生は、豊富な魔力を見せびらかすように、無意味な大技を出すバカどもが後を立たんの。

 まったく……何のために魔力量の計測を最初に受けさせていると思っておるのじゃ。

 この実技試験で確認したいのはあくまで伸び代じゃ。

 そして、才あるものを拾い上げるのに、複雑な仕組みは不要」


 さらに近づいてくる影が1つ。


「……皆さん、彼が面白いのは分かりますが、合格発表は明日の朝10時ですよ?ほどほどにお願いしますね」


 この騎士コース実技試験の採点フロアで、取りまとめを担当している女性、ムジカ・ユグリアが近づいてきて釘を刺す。



「分かっておる。…うーむ、じゃが、ちとこの小僧には簡単すぎたようじゃのぅ」


 ゴドルフェンは、真っ白な顎髭を撫でた。


「あの雨の中で、ほとんどペースを落とさずに走るやつですからね…。

 魔力操作のセンスはやはりかなりのものがあります」


 ダンテが苦笑しながら同意した所で、フロアのドアが開いた。


 この試験の期間中、警備担当の責任者兼試験官として王国騎士団から派遣されてきたデュー・オーヴェル無精髭が、巡回から帰ってきたのだ。


 試験当日は、内部から受験生を警護する目的を兼ねて、実技試験の試験官をしていた。


 4年ほど前に、試験会場で大暴れをして、60名以上怪我をさせた大バカ者がいたからだ。



「翁がそういうと思ったから、俺がやつの器を計っておいたんだろう」


 コキコキと首を鳴らしながら、デューはゴドルフェンたちの元へ来た。


「デューさん、受験生の追い出しは完了したんですか?」


 ムジカが聞いた。


「あぁ、学園内に、関係者以外は猫の子1匹いねぇよ」


「相変わらず仕事が早いですね……」


 ムジカが呆れたように首を振った。



 当事者が帰ってきた事で、フロアにいた採点担当者たちがわらわらと集まってきた。

 みな新しく見つけた楽しげなおもちゃアレンのことが気になっていたのだ。



「全く、せっかく彼は私の方に来そうだったのに、デューさんが横取りするから……遠くてほとんど生で見られなかったじゃないですか……」


 アレンが目をつけていた、受験生に人気の優しげな試験官、パッチも愚痴を言いながら近づいてきた。



「……はぁ。手短にお願いしますよ……何度も言いますが、10時には合否を正門で発表する必要がありますからね」



 ムジカは大きなため息をついて、そしてちゃっかりデューとゴドルフェンの間を確保した。聞く気満々である。


「聴こえておったか。相変わらずの地獄耳じゃのう。

 では、対峙した感想を聞こうかの?」


 ゴドルフェンが促す。


「あん?みりゃわかんだろ?性格はひん曲がってやがるが、魔力操作のセンスはずば抜けてやがる。

 あの曲がった根性をある程度叩いて伸ばせば、相当なタマになんだろ。現場試験官おれの評価は『S』だ」


 最終的な評価スコア『S』は評価順位1位を意味する。


 各現場試験官が1名だけ『S』を推薦し、さらに合議によって1名に絞られる。


 以下『A』評価の推薦は試験官1人につき4名まで、最終試験結果『A』はその中から合議により20名前後に絞られる、と言った具合に、試験官が推薦できる人数が決められていて、合議で最終的な受験生のスコアを決定していく。


 厳しい試験官だと足切りに合いやすいとはいえ、推薦できる人数は『何人審査しても一定』である。


 そのため高評価を得るには受験者が少ない試験官を掴む方が有利であったりする。



「あの初っ端の仕掛けは、賛否が分かれますからねぇ。

 私は映像で見た時は笑わせてもらいましたが……

 騎士としてはいかがなものか?という意見もわかりますし、ゴドルフェン翁をはじめ、むしろ賞賛という意見も多い。

 まぁ、一致しているのは問題無しとの見解です」


 パッチが嬉しそうに笑いながら言った。


「当然じゃ。相手が格上だろうと、劣勢だろうと、勝つ為に戦う!その気概がないもんが、上のレベルで通じることはない。戦争を経験しとらん世代は腑抜けとる!」


「時と場合によると思いますけどね」


 ジャスティン歳若いおにいちゃんは肩をすくめた。



「…あとはそうだな、初撃の上段、あれは聞いた通り誘いだ。

 グラウンドに入った瞬間からそれとなくは見ていたが、特に魔力操作の調整をしている様子もない。

 腑抜けた一撃が来たら叩き返してやるかと、確かにあのガキを舐めていた。

 だから、立ち方の重心を見抜かれたって不思議はねぇ。…だがな」



 目をつむり、試験の時感じた気配を思い出しながら、デューは続けた。


「あのガキ、おそらくハナから俺が受けに徹するはずがないと考えていたと思うぞ。

 反撃しない、と宣言しても、安堵する気配はまるで感じられなかった」


 デューは忌々しそうに言った。


「ふぉっふぉっふぉっ。面白い。実にわし好みじゃ。

 こやつはわしが貰うぞ」


「それはダメです」


 ムジカが即座に却下した。


「ゴドルフェン翁は、Aクラスの担任とすでに決定しています。

 彼がどこに配属されるかは、今集計している、彼の学力試験の成績次第です」


「ふん。何の分野でも、一流にバカはおらん。

 これだけ実技でスコアを出して、学力は足切りギリギリ、などという事がある訳がなかろう」


 ゴドルフェンは自信満々に言い切った。


「バカはいなくても、お勉強ができない奴はいくらでもいるような?」


 ジャスティンが茶化した。



「……賭けるかの?」


 ゴドルフェンが睨みつける。


「面白そうですね?」


「上等だ。昨日の負け分取り返してやんよぉ?」


 賭け事に熱くなるタイプのデューが横から参戦したのを皮切りに、試験補助に来ていた曲者揃いの騎士団員達は、続々と賭けに参戦していった。

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