第37話

 リタは、ガドンを鋭く睨み付ける。

 そうだ。この男がしている事は、冒険者のすることじゃない。

 例え……

 例え、タグが無い『似非冒険者』と言われても。自分を『大迷宮』に誘ってくれたあの二人の冒険者達。

 彼らには、強い意志と信念があった。あの『大迷宮』はそれが通用するような場所では無いとしても、彼らはあそこを踏破すると決意し、そして挑んだのだ。

 昼間ここに来ていた冒険者達の顔を思い浮かべる。

 人間、エルフ、ドワーフの三人の冒険者達。

 仲の良さそうな姉妹の冒険者達。

 最後に出て行ったあの剣士と魔道士。

 みんな優しかった。

 みんな強い意志があった。

 立派な冒険者になりたい。強い冒険者になりたい。誰かの為になれる冒険者になりたい。

 そういう意志があったのだ。

 夕方ここで息を引き取った、あの冒険者の顔も頭に浮かぶ。彼もまた、家族の為に冒険者として戦おうとしていた。家族に会えない事を、とても無念に思いながら、リタに必ず家族に自分の事を伝えてほしいと言い残して息を引き取った。

リタはあのタグを思い出す。

 そうだ。

 冒険者のタグは、そういう『信念』や『意志』、そしてもしも……

 もしも、あの人のように、亡くなってしまった時、最期に思いを伝える為のものでもある。

 それを……

 それをこの男は……


「死にかけている冒険者の人達を、助けもしないで……」


 リタは言う。


「お金の為だけに、そのタグだけ盗んで逃げるなんて……」


 リタは顔を上げ、ガドンをきっ、と睨み付ける。


「貴方は冒険者なんかじゃない、貴方のしている事は……」


 そうだ。

 リタの心の中に、真っ赤な感情が膨れ上がる。

 かつて故郷の神殿にも、こういう奴らがいた。

 死んだ人間に対する敬意も無く、ただただ自分の欲望の為だけに死者の墓を暴き、様々な遺品を、その人が生きていた証の品物を盗んで行く。こいつのやっている事はそれと同じ。単なる……


「単なる、『墓荒し』です!!」


 リタはもう一度目を閉じる。

 タグを、自分は持っていない。だから想像するしか無いけれど、これを手に入れる為には厳しい審査や、訓練をしなければいけないのだろう。みんなそうして努力して冒険者として認められた。この男は、そんな努力の証すらも、自分の金儲けに利用しようとしている。


「……みんなの信念や、思いや、意志を冒涜する様な貴方に、これを手にする資格はありません!!」


 リタは怒鳴り付け、ガドンの手を乱暴に振りほどいた。

 そのまま残っているいくつかのタグも強引に引ったくろうとする。だがガドンが、またしてもリタの手を乱暴に掴んだ。


「良いね」


 ガドンが小馬鹿にしたように言う。あんな風に人に怒鳴り付けたのは初めてだったけれど、今の自分の怒声は店内一杯に響いただろう。だがそれを聞いてもガドンは怯んだ様子も無い。


「熱くて良いよ、お嬢ちゃん」


 くく、とガドンが笑う。

 リタはじろりっ、とガドンを睨めつけた。

「君みたいな奴は嫌いじゃないよ、本当さ、けどな」

 ガドンはそのまま、ぐいっ、とリタの腕を引っ張り、無理矢理立ち上がった。もともと大柄で、どうやら普通の人間よりも力があるらしいガドンの手に引っ張られ、リタの身体はそのまま腕を引っ張られた体勢のまま持ち上げられる。

 引っ張られる右腕の付け根、肩の辺りに激痛が走った。だがリタは『痛い』とも、『止めろ』とも口にしなかった、こんな男に屈したくなかった、むしろより一層鋭く睨み付ける。

「君、この店の『ウェイトレス』だろ?」

 ガドンが言う。その顔に下卑た笑みが浮かぶ。

「それが客殴った挙げ句に説教とか、ちょーっとやり過ぎじゃねえか?」

 そのまま、どさっ、とリタの身体が近くの長椅子の上に投げられる。

「そういう奴には、ちょっとお仕置きしないとだよなあ?」

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