第36話

「帰しなさいっ!!」

 リタは叫ぶ様に言いながら、そのタグを取り上げようとした。

「おおっと」

 ガドンはそれをさっ、とリタの目の前から遠ざけた。

「おいおいお嬢ちゃん、何怒ってるんだい?」

 ガドンがバカにした様な口調で言う。

「だって……それは……」

 リタは、ガドンの顔を見て言う。

「ああそうさ」

 ガドンは頷いた。

「冒険者達の『タグ』さ、これがどういうものなのかは知っているだろう?」

「……ええ」

 リタは頷く。

 冒険者達の身分証となり、もしも冒険の途中で力尽きた場合は、それをギルドに届ける事で、遺族達に死んだ事が伝えられる。そして……

 ガドンは頷いた。

「こいつを回収してギルドに届ける。するとギルドから遺族に死んだ事が伝えられて……礼金が貰える」

 へへへ、と。

 ガドンは笑った。

「……っ」

 リタは息を呑む。

「まさか……」

 ガドンの顔を見て、リタはぎりっ、と歯ぎしりした。

「俺はな、それを回収してギルドに届けてるのさ。その礼金が俺の『食い扶持』ってわけよ」

 がはは、と。ガドンは豪快に笑った。

 リタはあんぐりと口を開ける。僅かに足を一歩引かせていた。

「おいおい」

 ガドンはにやにやした顔をリタに向けた。

「なにちょっと引いてるんだよ?」

 ガドンは言う。リタは何も言わない。

「因みに」

 黙っているリタを見て何を思ったのか、ガドンはテーブルの上に並べられたタグのうちの一つを手に取る、見覚えの無い物だったけれど、さっき見た二人のタグとは違ってきらり、とよく輝いていた。

「今日一番の『稼ぎ』はこいつだな。四階層くらいで死にかけてやがったが、結構ランクが高けえ」

 ガドンはそこで豪快に笑った。

「そういえば」

 ガドンはそこで思い出した様に言う。

「そいつさ、小せえ声でずーっと誰かの名前を呼んでいたぜ、ありゃあパーティーの仲間の名前か、故郷に残して来た女の名前か……どっちだったんだろうな?」

「貴方は」

 リタは、静かな口調で問いかける。

「んん?」

 ガドンがリタの顔を覗き込んだ。

「貴方は、その人や、他のタグを持っていた人達を助けもしないで……ただ……それだけを……」

 リタは、テーブルの上に並べられたタグを指差す。

「それだけを、盗んで来たって事ですか?」

 低い声で言うリタに、ガドンはムッとした顔になって言う。

「盗んだとは失礼だろ? 俺が見つけた時にはもう、ほとんどあいつらは助からない状態だった、だから俺が奴らのタグを、わざわざ回収して『やった』んだぞ?」

 『やった』の一言を殊更に強調するガドンに、リタはもう我慢が出来なかった。

「おーい、ブラン!!」

 そんなリタの様子など、全く感心が無いという口調でガドンが言う。

「今日は随分とタグが多く手に入って、稼げたぜ、もしかして団体でも来たのか?」

 ガドンは豪快に笑った。

「次にそういう奴らが来たら教えてくれよ、俺は後から追いかけて、『これ』を回収するからよー」

 タグをぷらぷらと揺らしながら言うガドンの姿を見て、もうリタは限界だった。ぶんっ、と右手を思い切り振り上げ、ガドンの頬を思い切り殴りつけた。

 ばしっ!! と、今日ブランの頬を張った時と同じ。

 或いはそれ以上に大きな音が店内一杯に響いた。

 それにガドンがどんな顔をしていたのかは、もうリタには解らない。何故ならば、そのまま顔も見ようとせずに手を伸ばし、テーブルに並べられたタグを全て引ったくったからだ。

「貴方には、これを手にする資格はありません!!」

 そのまま引ったくったタグを全てポケットにねじ込もうとするリタの手を、大きい手ががしっ、と乱暴に掴んだ。

「おいおい」

 怒気を孕んだ声。

 掴まれた手首が痛い。

 だけどもリタは痛みに顔をしかめる事も無く、きっ、と顔を上げてその手の主。

 つまりはガドンを睨み付けた。

「いきなり随分じゃねえか?」

 ガドンが言う。

「貴方の……」

 歯ぎしりして言う。

「貴方のしている事は、冒険者がする事じゃありません!!」

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