大迷宮と料理人

@kain_aberu

序章:『大迷宮』と似非冒険者

第1話

 ヘアード大陸。

 剣と魔法が支配する、広大な大陸である。

 いくつもの国と、いくつもの種族が共生し、もう数十年もの間、大きな戦争なども無い。

 そんなこの大陸の南部。

 常に温暖な気候と豊かな自然に囲まれたこの地方には、広大な森林地帯が広がっている。

 沢山の生き物に加えて、沢山の『魔物』も生息するこの森林地帯の最南端。

 そこに、奇妙に一カ所だけ。

 大きく開けた空間がある。

 そこに、『それ』はあった。


 暖かい風が、吹いている。

 さわさわと、足下の下生えが優しく揺れている。近くには小さい花も咲いていた。

 その雰囲気は、森の中のちょっとした憩いの場、という感じだ、ここで弁当でも食べて昼寝でもすれば、さぞかし気持ちが良いだろう。

 だけど。

 自分は、そんな事をしに来た訳じゃない。

 リタは、ぎゅっ、と手にした神官用の錫杖を握りしめた。

 陽光が、リタの上から降り注ぐ。

 太陽の光にも負けない、ゆるく、ふわふわした美しい金髪。

 フードのついた白い神官服は、至高神に仕える神官としてはごく一般的な物だ。

 もう一度、手にした神官用の錫杖を握りしめる。

 神官服の下には、防具として鎖帷子を着込んでいる、彼女を『パーティー』に誘ってくれた仲間達が、そうした方が良い、と言ってくれたのだ。

 手にした神官用の錫杖、白い神官服、その姿は、このヘアード大陸で広く信仰されている至高神に仕える神官の姿としては、ごく一般的なものだ。

 そして。

 彼女は未熟ながらも、神官として回復の『魔法』が扱える。

 神から授けられた『奇跡』として知られるそれらの魔法は、傷を癒したり、毒や麻痺と言った症状を治すことも出来る、というものだ。もっともリタは、まだ『見習い』という立場にいる事もあって、それらの『奇跡』を何度も起こせる、という訳じゃない。

 だが。

 リタのそれらの『魔法』は、この『パーティー』には欠かせない物だ。

 リタは、ゆっくりと顔を上げる。

 目の前には、小さい石造りの祠が、ぽっかりと口を開けていた。

 そここそが、リタの目指す場所だった。

 そして。

 全ての始まりの場所でもある。


「ここが……」

 少年の声がする。

 リタはそちらを見る。

 そこにいたのは、『パーティー』のリーダーである少年。

 燃える様な赤毛と、それに合わせた赤い鎧は、彼が知り合いの鍛冶屋に造って貰った品物だそうだ。だがそれは特殊な金属などでは無く、ごく普通の鉄の鎧を赤くしただけの代物らしい、所詮は『冒険者』としては、まだ未熟なこの少年達には、残念ながらその程度のものしか用意出来なかったのだ。

「ええ」

 少年の隣に立つ少女が頷く。

 紫色の長い髪をなびかせた少女だ、茶色い魔法使い用の帽子を頭に被り、手にはリタが持つ錫杖とは異なるが、魔力を帯びている事が解る魔法使い用の杖を持っている。

 胸元を強調した、やけに露出の高い衣装を身につけていた、その服装は、幼い頃から至高神に仕える神官として、慎ましやかであれ、純情であれ、淑やかであれ、とずっと言われ、それを当たり前にして過ごして来たリタにとっては、いっそ不快感すら感じられる、もっとも、リタが不快なのは服装ばかりで無く、彼女の身体の凹凸が、自分よりもはっきりとしている、というのも理由の一つだけれど。

 その少女が、さらに言葉を続けた。

「『大迷宮』よ」


 『大迷宮』。

 ヘアード大陸南部の森の奥にある、開けた場所に、ひっそりとある小さい祠。

 長い年月風雨に晒されて来たであろう祠は、既に入り口がびっしりと苔に覆われているが、それはあくまでも、その部分だけの話だ。

 祠の中に入れば、そこには真っ直ぐな通路が延びている。

 そして。

 そのさらに先にある、大きな鉄製の扉。

 その向こうが、『大迷宮』だ。


 『大迷宮』。

 一体、いつから『それ』はそこにあるのか。

 誰が、何の目的で造ったのか。

 そして。

 最奥には、何があるのか。

 残念ながら、それは誰にも解らない、最奥まで到達した者も、迷宮を造った者に会った者も、その目的を聞きだした者も、誰一人としていないからだ。

 この『大迷宮』について解っている事は、ただ二つ。


 この中には、様々な魔物、罠、『冒険者』として遭遇する、ありとあらゆる苦難と困難が待ち構えている。

 そしてもう一つ。

 この中に一度入れば、生きて出る事は出来ない。


 そう。

 それこそが『大迷宮』だ。

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