第十二話 向井さんパースペクティブ

 誰かの秘密を本人以外の口から聞いてしまうのは悪いことでしょうか。その誰かのあずかり知らぬところでその人のことを調べ回ることは――。住人を監視し続けているわたしがそんなことに気を揉むのもおかしなことかもしれないけど。


 汀ちゃんは昨日、今日と元気がありません。至くんだってもちろん気がついているのでしょうが、それに関しては何も話してはいないみたいです。わたしも四六時中ずっと監視しているというわけではないので分かりませんが、それでも至くんはおせっかいされることを嫌がります。だから汀ちゃんのことに関してだって、むやみに踏み込むようなことはしないでしょう。


 誰かが困っているときに力になってあげたいと思っても、それが余計に重荷になってしまう場合があります。特に親みたいな、家族みたいな、距離を置くことが難しい関係にある人が訳知り顔で価値観を押し付けるようなことになると、あるとき限界を迎え、ついには暴発してしまう。不登校児童はそういう風にして事件を起こしてしまうみたいです。


 名字は不明。名前は汀。中学二年生。両親は焼死で、出火原因は息子の放火。


その息子は高校生くらいでしょう。越してきたのはひと月ほど前。おそらく、本間至の異母兄弟。汀ちゃんの前の学校は知らないけれども、市内か周辺という可能性が高いように思われます。至くんの祖父母も市内に住んでいるわけだし、きっと至くんのお母さんだって越してきたものではないでしょう。至くんと母親の年齢を考えれば、母親――つまり和美さんは未成年の時に汀ちゃんの父親と関係を持ってます。となるとお父さんも地元の人だと考えるのが自然なことのように思われます。


 ネット上には情報が多すぎて火事だとか殺人というワードだけで事件を絞り込むには難しいものがあります。それに全ての事件が記事にされているというわけでもありません。でも、いじめや少年犯罪、家族殺となると注目度は高くて、その手の事件ばかりを集めたサイトがいくつか見つかりました。


   * * *


 二日午前五時二十五分ごろ、佐倉市津川町の医師、久保柿邦彦さん(四十)方から出火し、木造二階建て住宅約百十平方メートルを全焼、一階から男性二人、女性一人の遺体が見つかった。一家は四人家族で、長女(十四)は逃げ出して無事だった。


 県警は、逃げ延びた長女の証言と状況から、長男が一階部分に灯油を撒き、自らも灯油をかぶって火をつけ、無理心中を図ったものと見て調べを続けている。遺体は連絡が取れていない久保柿邦彦さん(四十)、恭子さん(三十九)、高校二年の長男(十六)とみて確認を急いでいる。


 二階から飛び降りた長女を保護したという男性(五十二)は「兄と両親がまだ中に居るらしいことは分かったが、火の回りが速く、手が出せなかった」と話した。


 長女は、長男は不登校を続けており、家庭内でもトラブルがあったと話している。


   * * *


 目立たないポジションの男子生徒なんかが、こういうものを拾ってくるものです。それを仲間に見せると、お前パソコン詳しいな、なんて注目を集めるのです。

「すげー、おまえハッカーだな」「こえー、お前実はアノニマスとかに所属してるんだろ」なんて言われて初めてその目立たない男子は束の間の安堵を手にするのです。


 学校生活というのは人気に支配された椅子取りゲームのようなものです。人気のない者は自分のポジションを確保するために、場合によっては人を傷つけたり、誰かを攻撃したりする必要に迫られます。露骨ないじめでなくとも誰かをスケープゴートにしているものなのです。競争に参加しなければ居場所を失うことになるのですから。うまく行かない人間関係にいじけてしまうとなおさらで、そうなってしまうと不登校になるか、でなくとも一人で給食を食べる羽目になります。


 ところで、人気のある人は学校生活に必死になる必要はありません。汀ちゃんも、やはり椅子取りの学校生活に必死になるタイプではありません。自分のポジションよりも人のことをよく見ているし、人のことばかり考えているようです。面倒見がよくて、そういうのは子供っぽい男の子たちからは好かれないかもしれないけど、わたしは好きです。つらい過去を背負っているはずなのに、ものすごく前向きに見えました。


 でも本当はそれゆえに無理をしていたのかもしれません。思い返して見れば、汀ちゃんは家族のあり方のようなものに極端に執着している節があります。汀ちゃんは不登校の兄をどんな風に見ていたのでしょうか。

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