第28話 アルメリアの花を持つものが、僕の後ろで膝をついた

 レオナルド主催の夜会が始まった。僕はエスコートをしたい人物から婚約破棄の書状にサインを入れるまではとエスコートを拒否をされているので、大人しく大広間の扉の前で、張本人であるアルメリアが来るのを待った。


「ジャス!」


 今の僕が目覚めた日、アルメリアが婚約破棄を言われた日、養父と三人で考えていたドレスをアルメリアは着ている。

 誰の目をも奪ってしまうような派手な装いではあっても、決して、アルメリア自身をないがしろにせず、むしろ、美しさを引き立てるようなドレスであった。


「今日は、控えめの方がいいんじゃないか?」

「このドレスを選んだのは、他の誰でもないジャスだわ!」

「そうだった。とても、アリアに似合っている」


 アルメリアの顔にかかる髪を耳にかけ、耳元へ顔を近づけていき呟いた。「今晩は帰したくないな」と。

 ボフッと音がしそうなほど、真っ赤になって慌てるアルメリアは可愛らしい。


「あ、ああ、あああ、あの!」

「言ってみただけだから、大丈夫。帰りはちゃんと、公爵家までエスコートするよ!」


 スッと、黒い手袋をしているアルメリアの手を取る。真っ赤な薔薇のドレス。黒を基調としたレースが使ってあるおかげか、大輪の薔薇の赤がよく映えていた。


「でも、今は……頑張っておいで。ここから見ているから」


 アルメリアの手袋越しに手の甲にキスすると、頬を染めながら可愛らしく微笑む。固く目を瞑り、開いた瞬間には、戦いの場へ向かう女性の顔になる。


「宝飾品を贈っていただいて、ありがとうございました。私に相応しく輝くこれらをとても気に入りましてよ!」

「それはよかった。ダイヤモンドは、この世界では少々値が安いのだが、アリアを輝かせるには、それ以上の宝飾品はないからね! 僕からの『変わらぬ愛』だ。あぁ、僕のアリア。早く下衆な弟と婚約破棄をして、僕のところへ帰っておいで」

「もちろんですわ! では、行ってまいります!」


 扉を開けると、「アルメリア・ティーリング公爵令嬢の御入場です!」と声が響く。今頃、会場の悪意ある視線を一身に浴びていることだろう。


 ……アリアは、怖い思いはしていないだろうか? 僕が、しっかり、堕としてあげるからね、レオナルド。


 口角をあげ、アルメリアの後に続くように大広間へと入る。一番後ろから見ていると、僕の周りにアーロン、マリアンヌ、ジークハルト、サティアが近寄って来た。グレンは、少し離れた場所から僕の方を見て頷いている。


「マリアンヌ、それ、よく似合っているよ!」


 マリアンヌの偽の胸元で揺れるネックレス。それぞれを見渡せば、アルメリアの装飾品をきちんとつけてきてくれたようで、僕は満足そうに頷く。


「あら、ジャスティス様。いいのですか? 婚約者をお一人で行かせても」

「アリアのたってのお願いだからね。それに、婚約者のいる女性を他人である僕が、エスコートすることは、とりあえず、マナー違反だろう?」

「本当は、今すぐにでもしたいのでしょうに……」

「アリアの気持ちを最優先するさ。さてと、口上を述べる我が弟が少々うっとうしい。メアリーも含め、早々に壇上から降りてもらおうか?」

「それでは、俺が先に先行する。陛下もその扉まで来ているらしいからな」

「逃げたりしない? 弟可愛さに」


「さぁな」と肩をすくめるアーロン。叔父にあたる王に対して、何とも思わないようだ。

 アーロンが、「どけっ!」と声をかけながら、前へ向かう。道が綺麗に分かれていく様を後ろから見ていた。


「このティーリング公爵令嬢は、爵位を笠にして私の愛情欲しさに、我が国の王妃となる聖女メアリーを学園内でいじめ、恐喝し、大変苦しめた。この国では、聖女はもっとも守られるべき存在であるにも関わらずだ。

 よって、このたび、私はかねてより考えていたティーリング公爵令嬢との婚約を破棄し、聖女メアリー・ブラックを正式に婚約者とすることをここにいるみなに発表しよう!」


 どっと沸く会場。今日の夜会は、レオナルド派の者が多く招待されているので、さぞ、いい気分だろう。意気消沈とまではいかないが、ティーリング公爵の派閥の者は、少々不服そうにしているのが見えた。

 それを壇上からつまらなさそうに見ているアルメリアが羽ペンを手に持つ。


「レオナルド殿下、ご婚約おめでとうございます!」


 ニッコリ笑いかけ、「そろそろ、署名してもいいですか? 早く婚約破棄したいのだけど」と促しているようだった。

 それにも関わらず、レオナルドは下衆なことをアルメリアに言い放った。


「婚約破棄はしよう。ただ、第二妃として、受け入れてやってもいいぞ? 私のことを慕っていたのだろう? ここしばらく、学園に顔を出せないほど、臥せっていたのではないか?」


 レオナルドの下卑た表情を退屈そうに見ているアルメリア。最上級の笑顔を振りまいた。


「レオナルド殿下、寝言は寝てから申されたほうが、いいですわ! 学園に来ていなかったのはレオナルド殿下で私は楽しく学園生活を送っていましたわ! 私が怖くて、学園に来れなかったのですか?」

「……それは、どういう……ことだ?」

「どうもこうも、私、レオナルド殿下と婚約破棄できて、せいせいしておりますの! やっと、やっと……願いが叶って婚約破棄できるのです!」

「なっ、何を言っている! 私のことを好いていたのではないか?」

「何を勘違いされているのか知りませんが……私が殿下を好きになったことなど、ミリもありませんわ!」


 冷たい視線をレオナルドに向ける。その蔑んだ目は、初めてアルメリアを見た日のようでゾクゾクする。


「メアリーにちょっと色目を使われたからって、レオナルド第二王子如きが、聖女である私を愚弄していいわけではありません。王ですら、私にひれ伏すというのに」

「そんなこと! 嘘だ!」


「嘘だと思いますか?」とレオナルドへ笑いかける。気品に満ちたその微笑みは、女王様降臨だ。


「ふふっ、おもしろい冗談を言えるようになったと期待していたのですけどね? レオナルド殿下」

「……そ、……」

「震えるばかりで、何も言えないのですか? 私と対等な方は、この国では、ただ一人のみ。魔王様以外、いらっしゃらないのですから!」

「……魔王? 魔王だと!」

「えぇ、魔王様以外、私と対等ではありませんの! レオナルド殿下なんて、お呼びではありませんわ!」

「魔王など、古の存在だろう!」

「聖女も同じく古の存在ですけど? 魔王がこの世に生まれたとき、聖女も生まれる。子どもでも知っている昔話ですわ!」


 ふんっと鼻息荒く、蔑んだ目で、アルメリアはレオナルドを睨む。分が悪いのか、レオナルドは、わなわな震えながら、メアリーを抱き寄せ、唇を噛んだ。


 ……あぁあ。こんな公衆の面前で、バカだと言われてしまったな。とても残念だよ、弟よ。


「さぁ、お望みどおり、婚約破棄に関する書状に名を書きましたわ! これでよろしいですか?」

「……な、勝手に書くな!」

「書けと言って夜会に呼び出したのに、書くなと? 私を第二妃にするとさっきおっしゃりましたけど……聖女である私にたいして、失礼極まりない。もちろん、お断りいたしますわ!」


 婚約破棄の書状をずいっとレオナルドへ渡す。その書状は、僕が作って、王に渡したものだ。割り印があるので、不正ができないし、魔王である僕は未知数なので、王にも融通が利く。


 ……僕も、一応、王の正当なる息子だからね。それにしても、まだ、言い足りないようだな……。


「それに、残念なことに、レオナルド殿下からの婚約破棄の申し出以外、私から申し出ることは、父から止められていましたから、レオナルド殿下のおかげで、やっとお守から解放されて自由になれましたわ!」


「ありがとうございます!」なんて言うものだから、レオナルドがしっかりプツンと切れてしまう。


「ジーク、アリアを守って」

「はっ、ただいま」


 アーロンが開けた道をジークハルトが風のように駆けていく。壇上にいるアルメリアに対して、乱暴を働こうとしているレオナルドの腕をジークハルトが捻りあげた。


「いたっ、痛い! なんだ、俺は、この国の王太子だぞ? そんなことして、ただで済むと思っているのか!」

「ジーク! 何をしている、このランス家の恥さらしめ!」


 壇上に、ジークハルトとよく似た青年が、レオナルドを助けに向かった。そのとき、王だけが使える大広間の扉が開いた。

 その瞬間、みなが驚き、そして、跪く。


「みなのもの、面をあげよ」


 よく通る声に、跪いたものたちが、一斉に立ち上がる。


「父上! この者を処罰してくださいっ!」


 ジークハルトを指さし、王という大きな権力に頼るレオナルド。王が、ため息をつき、アルメリアの側へ向かう。


「すまなんだな……私たちの我儘に巻き込んでしまい」

「……とんでもございません」

「そなたは、そなたが好きな者と一緒になるがよい。そして、この国の母となるべく、努力を続けなさい。聖女アルメリア」

「……陛下」


 アルメリアから手を離し、壇上の一番前へ向かう王。


「みなのもの、よく聞け!」


 一拍したのち、はっきりとした言葉で、王は魔王復活を知らせた。


「魔王様が、復活なさった! 聖女アルメリアが、力を取り戻した日のことだ。名は、ジャスティス。この国王位継承権第一位、ジャスティス。前へ来られたし」


 アーロンが作った道を、マリアンヌ、サティア、グレンを引き連れ歩く。途中で、アーロンが合流し、王の前まで向かった。

 その場で、ジークハルトを含むアルメリアの花を持つものが、僕の後ろで膝をついた。

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