第27話 あぁ、大丈夫。夢じゃない……そう、確信できたから。

 仲間を集めた話し合った5日後。予定通り、ティーリング公爵家へ、正式に挨拶へ向かった。


 そう、アルメリアとの婚約を決めるために。


 今のところ、廃嫡予定の王太子であるレオナルドの婚約者となっているアルメリア。5日後に開かれるレオナルド主催の夜会にて、婚約解消を書状にサインすることになるだろう。婚約破棄に関する書類については、レオナルド側が用意することになっていたが、アルメリアにとって不利な条件を書かれている場合もあるので、事前に陛下と謁見をして、陛下からきちんとした婚約破棄の書状か確認のうえ、レオナルドへと渡されている。玉璽の押されているものをわざわざ偽物にすり替える……なんてことは、あのアホなレオナルドは考えもしないと思うが、頭のキレる文官が側についていることを考えて細心の注意が必要だと話し合ったのだ。

 アルメリアがその書状にサインをするまでが『王太子』であるレオナルド。それを知らぬ側近やメアリーは、その日、どういう対応をしてくるのか、とても楽しみであった。

 それよりも、今は眼光鋭くこちらを窺っている養父をどうにかするのが先決で、そちらの方が大変ではある。アルメリアの気持ち次第とは言ってくれたが、国1番のタヌキだと思っているので、見た目だけに騙されてはいけない。父の二の舞だろう。


「それで? 確認だが、アルメリアが婚約破棄をされた場合、公爵家に不利益はあるのか? ジャス」

「いいえ、全く。昨日、謁見をし、書状については僕も確認済みですし、こちらが僕用の控えになります。今回、陛下がご用意されたのは、玉璽が押された公文書。それを偽装すれば、文書偽装にてブタ箱へ送って差し上げますよ? 王太子やその側近だったとしても。何もかもが許される……そんな、甘い考えは捨てていただかないと」


 そっと差し出した書状には、玉璽の割り印と僕の名前が入っている。第一王位継承者として、この婚約破棄を見届けることになっているのだ。


「なるほど。いかなるときも手を抜かないのは、さすが、我が息子だな」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

「あとは、期日までに納められていないお金をどうするかだが、その顔をみれば、それも処理済みということか?」

「えぇ、もちろん。優秀な友人たちのおかげで、今晩にも屋敷に届くでしょう。元王太子となるレオナルドの財産の全てが」

「怖い怖い。そなたを見捨てず、育ててよかったなぁ。これ程だとは」

「褒めても、何も出ませんよ?」

「わかっている。息子として、接することができるのは、アリーの婚約破棄が成るまで。寂しくなる」

「いいではないですか? これからも、義父上と呼び方は変わりませんよ」


 クスクス笑っていると、アルメリアが執務室へ入ってくる。少し、気まずそうにしていたので、「隣に」と言えば、素直に従ってくれた。


「さて、聞きたいことも済んだ。夜会の話も聞けたし、邪魔者は退散するかな?」

「何を言っていますか? 養父上。僕たちが退室します。少し、行きたい場所があるので」


 真新しいスーツを着ている僕。養父との話も終わったことで、緊張が増してきた。


「アリア、少し庭を歩こう。この時期は、アルメリアが咲くだろう?」

「はい、ジャス……ティス様」


 慣れない名前呼びをしてくれているアルメリアが、恥ずかしそうにしていることが、たまらなく愛おしい。義兄として、ずっと、叶わない恋だと諦めていたからこそ、ポケットに入った小箱の重みが心地よかった。

 そっと、アルメリアの手を取り、養父に挨拶をして部屋を出る。いつもより少し遅い歩みになっているのは、こちらをチラチラと見ているアルメリアに歩調を合わせているからだ。


「アリア、その……」

「……もうすぐですね? レオナルド様との婚約破棄。あれから、ずっと、考えていたのです。お父様にお義兄様のことをどう思っているかと聞かれたあとから、ずっと……」


 重い足取り、長い廊下、静かでゆっくり流れる時間。沈黙が急に怖くなった。ただ、何も言えず、僕も黙ってアルメリアを窺ってしまう。

 玄関を出て、石畳を歩く。僕とアルメリアの靴音だけが聞こえ、腕にかかる重みや温もりだけが、確かなものだと感じていた。


「ここにくるのは、久しぶり。ジャス……ティス様が、いなくなってから、アルメリアの花が咲いたと侍女たちから聞きました。でも、一人では、来れなくて……」

「どうして?」

「もう、お義兄様はいないのだと、思い知らされてしまうから。覚えていますか?」

「何を? と、言わなくてもいいだろうな。このアルメリアのこと?」

「えぇ、お義兄様……ジャスティス様が、私の花だと買ってきてくださったのですよ。それを一人で見ることなんて……」


 腕に回されている手をそっと撫で、手を取り跪く。


「ジャスティス様?」

「……ジャスでいいよ、僕の可愛いアリア」


 微笑むと、真っ赤になったアルメリア。中庭に咲く白い花が、赤く染まったようだった。

 ポケットに手を突っ込み、指環を小箱から出す。グッと握ったあと、アルメリアの少々熱っぽい瞳を見上げた。


「そんなに期待しないで」


 茶化すように笑って、ひと呼吸おいた。


「僕はアリア……アルメリアのことを出会ったときから、一人の女の子としてずっと好きだった。すでに、レオナルドと婚約済みのアルメリアと僕が一緒になることは叶わないとわかっていても、心はずっとアルメリアを諦められずにいたんだ」

「……ジャス」

「これから、……いろいろと後処理があって、ちょっと大変な時期に入ってしまってなかなか会えないんだけど、アルメリアへの気持ちは永遠に変わらない。アルメリア、心から愛しているよ。僕と結婚してくれ」


 そっと、左薬指に先日用意した指環をそっとはめる。貴族たちが好むゴテゴテとしたものではなく、少し見劣りしてしまうほど小さな石ではあったが、太陽の光を浴び、とてもキラキラと輝いた。


「……はい、喜んで!」


 そういって、アルメリアはドレスが汚れるのも気にせず、跪いたままの僕へ抱きついた。勢い余って支え切れず、僕ごと後ろに倒れてしまう。


「……いたたた」

「……だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫。夢じゃない……そう、確信できたから。アリア、僕の可愛いお姫様」


 ほんのり赤くなっている頬を撫で、顎先を軽くあげる。僕を映している大きな目をゆっくり閉じるアルメリア。そっと、その可愛らしい唇にキスをした。


 中庭の道で、二人、しばらく転がっていた。「さすがに」と、ため息をつきながらグレンが呼びに来てくれ、二人笑いながら起き上がる。


「ジャス」

「ん?」

「私、お父様から聞かれたあと、ずっと、考えていたって言ってたでしょ?」

「あぁ、そうだった。それで? やっぱり、レオナルドのことが好きだった?」

「……いいえ。ジャスに会ったあの日、私もあなたに恋をした。義兄だから、結婚はできるでしょ? 何度、お父様にお願いしたことか。いつの間にか、諦めてしまってたけど……、気持ちに蓋をしてしまったから、ずっと、忘れていたの。ジャスの側だけが、陽だまりのようで温かいわ」


 ギュっと抱きしめてくるアルメリア。意外な告白に驚き、涙が零れてくる。抱きしめ返して、アルメリアからその涙を見えないようにしたが、アルメリアには気づかれているだろう。


 ……お互い、好きだったなんて。全く、知らなかったな。


「ジャス」と優しい声で名を呼ばれると、胸がほわりと温かくなっていく。


 あと5日。アルメリアがこれまで我慢をしてきたレオナルドからの数々の非礼を含め、全て清算してやると笑う。


「ジャス、今度の夜会……婚約破棄をするまでは、エスコートは不要です! 私、一人で、決着をつけてくるわ!」

「いいのかい?」

「もちろん! あなたの隣に並ぶなら、多少の理不尽も跳ね返してこなくては!」


 ニコリと笑ったあと、少し不安そうにしている。アルメリアも一人で立ち向かうことは、怖いのだろう。


「大丈夫。くだらない婚約破棄の書状にアリアがサインをササっとしてくれたら、その後は、僕が全力で守ってあげるから。愛しいアリア。弟には悪いが、今までの報いだ。地の底より深い場所まで堕ちてもらおう」

「……とっても悪い顔。お父様にそっくりよ?」

「そりゃね? 僕の父はティーリング公爵。アリアのお父様だからね!」


 クスクス笑いあい、「必ず迎えに行く」と小さな子供のように指切りをして約束をする。


「この指環、僕が持っていくよ。当日、渡そう」

「せっかく、お守りにと思っていたのに……」

「他にも、アリアに似合う宝石は、用意したよ。どれもこれも綺麗だが、美しいアリアの前では、全て霞んでしまうかもしれないけどね?」


 残念そうに言えば、屈託なく笑うアルメリアと手を繋ぎ、中庭を一周する。離れがたいが、最後の仕上げもあるので、玄関まで送って僕も屋敷へと帰ることにした。

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