第23話 7番目だった
困ったような顔をするジークハルトを席に座らせる。その隣に並ぶようにして、同じものを頼んだ。
「この酒、度数が強くないか?」
「意外とお子様なんですね?」
「……まぁ、嗜む程度にしか飲まないからな。飲むとここの働きが悪くなる」
人差し指で、頭をトントンと叩くと、ジークハルトはふっと笑っていた。
……元々、未成年だしな? あっちでは。こっちでも、まだ、19歳だし、なんとなくな。養父上には、飲めるようになっておけとは言われていても、進んで飲みたいものでもないし。
グラスを少し回すようにすると、お酒のいい匂いがする。現代でいうところのウィスキーのような香りが鼻孔をくすぐっていく。
「飲み方がわかっているんですね?」
「あぁ? 別に、そういうんじゃないよ。香りを楽しむ酒だろ、これ」
「……確かに。何代も前の魔王様が作らせたお酒を元にしているそうですよ?」
「へぇーウィスキーがね。昔からあるなんてな。すごいな」
「どういうことですか? このお酒は、別の名前がついてますけど?」
「えっ? ウィスキーじゃないの。これ」
傾けながら、クンクンと香りを味わいながら、酒のことを聞く。ジークハルトは詳しいようで、何処の産地のどの銘柄が……と言われるが、酒に全く興味がない僕にとって、苦笑いしかなかった。
「そういうえば、魔王様が作らせたっていっていたが?」
「知らないのですか? 確かにもう、何百年も前にしか現れなかった方ですからね……聖女と対になると……」
「その魔王のこと、詳しく教えてくれないか? 王宮図書で調べてみたが、特に記述もない。聖女と違って、何か特別なことができる感じもしないし……」
グラスに入った氷がカランと音を立てる。この乙女ゲームには、確か魔法が使えるものが少数だがいる。聖女もそのうちの一人であるのだが、魔王について調べるなか、どの魔王の記述も極端に少なく、ただ、どの治政もとても穏やかであったとしかない。
……魔王なら、魔法が使えるだろ? 当然。僕にそういう才能的なものは、何もないのに、家系図には魔王と記されている。何をもってして、魔王なのだろうとダグラスの講義の間に調べていたのに、見つけることができなかった。
ジークハルトの家系は、魔王の護衛をしていたと言っていた。何か記述があるのではないかと聞きにきたのだ。
「……魔王についてですか? ここでは言えません。よかったら、屋敷に来ませんか?」
「僕が行っても、邪魔にはならないか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。外に、馬車が待っているので、それで。わざわざ、落ちぶれたランス家に関わるものもいないでしょうしね」
「……それは、そうだな」
ランス侯爵家は没落寸前と言われていた。ただ、ジークハルトの兄が、レオナルドの親衛隊に入っていることから、息を吹き返しているとも言われている。
「……あの」
「なんだ?」
「今日の昼間のことですけど?」
「あの親衛隊に入りたいってやつ?」
コクリと頷く。答えは出ていても、はぐらかしておく。そのほうが、おもしろいと思うから。
「まだ、決めてない。悠長なことは言ってられないって言われているけどね……まだ、ジークのことは、これっぽっちも知らないわけだし、そんなのを懐に入れるのは、なかなかなぁ」
「……そうですか」
「気長に考えてみればいい。訓練をサボらないとかな」
空笑いをするジークハルトに連れられ、侯爵家の門をくぐる。古びてはいるが、しっかり手入れがされているとてもいいお屋敷であった。
……没落寸前っていう話だったから、もっとひどいのかと思ったけど、そういうのではなさそうだね。
屋敷の応接間に通され、『魔王』について話を聞いた。魔王の記述があまり残っていないのは、手柄を他の者に渡してしまっているからだということがわかった。
……現代の技術ばかりだな。
より多く記載されている本を借り、その場で目を通したら、なんだか懐かしい言葉がたくさん並んでいる。
「魔王って、今まで、何人いたんだ?」
「この国が興ってから、六人です」
「……六人。僕は、七人目ということかな?」
コクンと頷くジークハルトを見ながら考えた。
……七人目。それって、乙女ゲームのナンバリングじゃないのか? たしか、アルメリアが悪役令嬢だったゲームは、7番目だったはず。
僕がこの国に転生したというなら、『魔王』とは……転生者を意味しているのか?
でも、それなら、ゲームと辻褄が合わない。どれもこれも、ハピエンでは、王子がヒロインと結婚して……いる?
そうか。聖女がヒロインなんだ。たまたま、今回は、悪役令嬢アルメリアも聖女だったということで……レオナルドは、単なる王子であって……、『魔王』じゃないから、聖女であるアルメリアとは結婚できない? いや、そうなると……ハピエンは、ヒロインが王子と結婚して王妃になるんだから……、もしかしてってことは……あるのだろうか?
頭の中をいろいろな情報が駆け巡っていく。乙女ゲームに転生したうえに、名もないようなモブに生まれ変わったはずが、世界線でいうところの『主役級』。あまりにもついていけない展開に天を仰ぎたくなった。
「大丈夫ですか?」
「ん……あぁ、大丈夫だ。そういえば、ジークは、聖女メアリーとは知り合いか?」
「まぁ、一応は。兄がレオナルド様の親衛隊ですから、顔を合わせたことくらいはあります。やたら距離を詰めてきたりして、少々苦手なんですが、それがどうかしましたか?」
「そうだな。メアリーが、もし、アルメリアに何かすることがあったら、全力で守れるか?」
「……ティーリング公爵令嬢ですか?」
「そうだ」
「ご命令ならば……命に代えても」
「わかった。その答えが聞けて嬉しいよ」
読んでいた本をパタンと机に置き席をたつ。そろそろ、グレンと別れてから1時間経つだろう。
「どうかされましたか?」
「いや、そろそろ、迎えがくるから、帰るとしよう。ジークハルト」
名を呼べば、その場に膝をつき、真剣な目をこちらに向けてきた。
「今日は、楽しかった。また、明日な」
ジークハルトはその場で深々と頭を下げ「はっ」っと返事をする。僕が歩き出すと、ちょうどグレンの馬車が迎えに来たようだった。
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