第12話 すぐに呼べます。義父上と
「……すまなかった。長年の恨み辛みがポロッと口から出てしまった」
まだ、言い足りないと養父は表情で訴えている。存分に言わせてあげる方がいいのかもしれないが、そうすると、王が王らしくいられない気がしたので止めておく。
「……言いたいことは、わかった……です」
「わかるはずがない! また、ほんの少ししか、言ってないのだからな! だいたい、そなたらがレオナルドをあまりに甘やかして育てたせいで、娘があのクソ王太子に振り回されてどれほど苦労してきたか、知っているのか?」
「いや、それは、その……」
「知らぬであろう?」
「子どもたちの恋愛事情までは……」
「恋愛事情? 言っておくが、これは決して恋愛ではない。ただのごり押しされた政略結婚だ!」
「……申し訳ありませぬ。兄上」
養父に叱られ小さくなった王は気の毒に見える。養父の積年の怒りは、僕の力ではどうにも出来なさそうだ。とばっちりをくう前に撤退をする。そんな僕に視線を王がチラチラと送ってくるが、王より養父の方が情もあるので、知らないふりをした。
「まず、あの偽聖女。なんとかしてくれ! 目障り過ぎる。何が聖女だ。学費免除にしてまで、学園に入れるどこかのバカの顔を拝んでみたいものだ。本来の聖女であるアリーまで、いらぬ誤解に巻き込まれて辛い思いをしてきた。まぁ、その償いが、金というのは、正直なところ許す気が起きないが、アリー本人がそれでいいと言っているので仕方がない」
怒りがおさまらない養父ではあったが、ニヤッと急に笑った。何か悪だくみをしているようで、王も僕も養父の次の言葉を聞く前にゴクンと唾を飲み込む。
「そうそう。今度、正式に婚約解消の式をするそうだ。アホな王子だとは、前々から思っていたが、それに合わせてジャスの王太子擁立と婚約者の発表をしてくれ!」
「……きゅ、急すぎる! 急すぎます!」
「まぁ、頑張ってくれ。それじゃあ、失礼するよ。今すぐ、そなたに玉座を渡せと言っているわけじゃないんだ。王太子の発表だけしておいてくれ」
ヒラヒラと手を振り部屋から出て行く養父の後に、慌てて立ち上がり歩いていく。
チラッと後ろを振り返れば、深いため息をつく王の姿が見えた。また、少し、老けたような表情に、なんだか気の毒に感じた。
「よかったのですか? 陛下にあのような無理難題を」
「無理難題といっても、そもそも、第二王子であるレオナルドには、王太子になる資格すらなかったのだから今更だ。……ジャス」
「はい」
「本来の進むべき道へ戻れ。それが、ジャスにとって幸せな道かと聞かれれば否だろう。だが、」
「僕がいばらの道をあえて歩むことを養父上は望まれるのですね? それも、本当に愛している娘と共に」
「……そうだ。できることなら、アリーを公爵家という鳥かごの中、一生温かい場所で暮らしてほしいとさえ思っている。ただ、アリーはそれを望まない。知っているだろう? 街へ行っては慈善活動をしていることも、民草のために動き回っていることも。いつだって、本当に手を差し伸べるべき相手は、貴族ではないんだ。アリーが望むことは、聖女としてごく普通にみながなるべく幸せだと感じられる世の中を作りたい、だからな」
馬車に乗り込み、養父の顔を見ればわかる。アルメリアを王太子妃として王宮へあげることへの不安なことが。
……もし、僕が王宮で住まう王子として暮らしてきたとしたら……貴族社会で仮面をかぶっているアリアの本当の姿を見出すことができただろうか?
レオナルドと同じように、我儘で傲慢な令嬢として扱ってしまっていたかもしれない。
アリアが揃えるドレスや宝飾品は、公爵令嬢として恥ずかしくない最低限を揃えたものだ。屋敷にいるより、屋敷の外へ飛び出して孤児院へ行ったり、教会の奉仕活動や立ち上げた商会で荷物運びをして働いていることすらある。
「みすみすレオナルドへ渡すのはと思っていたところだ。婚約破棄をわざわざ申し出てくれて、ありがたい話だな。レオナルドから巻き上げたお金は、どうするつもりなんだい?」
「使い道は、すでに考えてあります」
「何をするのか……末恐ろしいよ」
「そんなことはないですよ。そうそう、公爵家の家紋を貸してほしいのですが、よろしいですか?」
「あぁ、好きにするといい。ジャスやアリーがすることに、何の文句もないさ」
「ありがとうございます」
馬車がガタンと停まった。公爵家の屋敷に着いたのだろう。降りようと立ち上がると養父が呼び止める。
「……ジャス」
「なんでしょうか?」
「婚約発表までの間、少しだけ別宅で生活してくれないか? アリーには、婚約のことを承諾させておく。ただ、同じ屋根の下で暮らすのは、しばらく控えてほしい」
「そんなこと当たり前です。アリアはレオナルドと婚約破棄をしたばかりですから、貴族たちからの噂もあるでしょう。僕が守ってあげられないのが残念ですが……何かあれば必ずと、アリアにも伝えてください」
「すまない。恩に着る。あと、この馬車を降りたら、私はティーリング公爵、ジャスはこの国の第一王子という立場にした方がいい。短い間ではあったが、ジャスに『養父上』と呼んでもらえたこと嬉しく思う」
少し寂しそうにしている養父に笑いかけた。養父が言っていることはいつだって正しい。こんなときだからこそ、今までの感謝は伝えておきたかった。ジャスティスとして育ててくれたのは、他ならぬ養父母なのだから。
「何を言っているのですか? 第一王子だったとしても、15歳まで昏睡状態で何も知らない僕を養父上がここまで育ててくださったこと忘れはしません。僕にとって、養父上と養母上だけが両親です。養母上にもよろしくお伝えください」
「あぁ、そうか。ありがとう。伝えておくよ」
「今まで、ありがとうございました」
深々と頭を下げ、養父の顔を見ると誇らしげであって嬉しくなる。
でも、今回は……、そんなに時間がかからないうちに、また義理の息子になれるだろう。
「養父上」
「……なんだ?」
「すぐに呼べます。義父上と」
「そう、だったな。やはり、ジャス……ジャスティス殿下にそう呼んでもらえることは心から嬉しいことです。ありがとうございます」
ギュっと掴まれた皺が多くなった手を握り返す。年を重ねた養父を見て、僕のことでも苦労をかけたと少しだけ胸が痛んだ。
「近いうちに、婚約の品をお持ちいたします」
「わかりました。ジャスティス殿下の近侍やメイドは、我が家から別宅へ移動させてありますので、どうぞご自由にお申し付けください」
なんと返していいのかわからず、ただ頷いた。握っていた手にもう一度力を込めてから離した。
馬車から降りれば、近侍のグレンが「おかえりなさいませ」と見慣れない屋敷の前で待っていてくれたのである。
去っていく馬車を見送り、ジャスティスの哀愁を胸いっぱいにした。
……すぐに会えるさ。アリアにも養父母にも。
グレンの案内で私室へと入る。整えられた見慣れない部屋に戸惑いながらも、嗅ぎ慣れたお茶の香りに少しだけ安堵した。
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