「お兄ちゃんを救いに来ました!」

DK

第1話 「お兄ちゃんを救いに来ました!」

始業式を終え、帰りのHR。


「お前ら、明日から先輩になるんだぞ〜。しっかり自覚持って行動するようにな〜」


新年度だと言うのに、このクラスの誰よりもやる気の無さそうな態度で教壇に立っているのは、担任の小町美妃みき先生。

初日からこんなで、教師として大丈夫なんだろうか。


「じゃ、気をつけて帰れよ〜。解散」


皆それぞれに帰り支度をして──


「あ、一つ伝え忘れてたわ」

いるところに、そうそうと思い出したように言う小町先生。


そして、何故か僕と目が合う。

嫌な予感。

彼女がこうやって目を合わせて来る時は、あまりろくなことがあった試しが無い。


「──早瀬はやせ、お前クラス委員な」


「………え?」


「相方は明日の放課後までに適当に決めといてくれ。頼んだぞ女子〜」


みんなにそう呼びかけ、また明日〜と教壇から降りる。


「ちょ、ちょっと待ってください先生。どうして僕が?!」


「だって部活入ってないの早瀬だけだし」


そんな、当然だろ?みたいな顔で言われても。


「拒否権は──」


「あるわけないだろ」


理不尽すぎる。


助けを求めるため、他のクラスメイトたちに視線を送るも、「早瀬よろしく〜」だの「頼むわ〜」だの言いながら、続々と教室を出ていく男子達。


「さっきも言ったが、女子から一人決めとけな。決まらなかったら私が勝手に決める。」


じゃ、そういうことで。と去っていった。


うちの学校は文化祭などの各行事はもちろん、事ある毎にクラス委員に仕事が回ってくるため、クラス委員をやりたがる人はほとんどいない。つまりハズレクジなのである。


ちなみに、去年も同じような理由でクラス委員をやらされた。もちろん小町先生からの指名、いや命令で。

なんでも、入学前の部活動希望届に「帰宅部」と書いたのがクラスで僕だけだったらしい。


まさか今年もこうなるとは。

少し気が滅入るが、なってしまったものは仕方がない。

ちょうど12時のチャイムが鳴った。


14時からバイトのシフトを入れているため、少し急いで教室を出る。



満開になった桜。

1年前の入学式が、少し懐かしい。

2週間ぶりに履いたこのローファーも、去年と比べてだいぶ足に馴染んできたなあ、なんて感じる。

心地の良い春風。僕は春が一番好きだ。

そんなことを考えながら歩く、帰り道。



ふと、前を見ると一人の少女が立っている。


誰かを待っているのだろうか。

キャップを目深に被っていて、こちらからだと顔がよく見えない。背は僕より少し低いくらいだろうか。


少女は少し顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回して──


僕と目が合った。


「あ──」


次の瞬間、


「お兄ちゃん!!!!!!」


そう言って僕に飛びついた。


「ちょ、ちょっと!?」


今起きていることの、何から何まで理解が追いつかない。

お兄ちゃんと僕を呼ぶこの少女のことを、僕は知らない。

僕のことをお兄ちゃんと呼ぶのは妹の未来みくだけ。僕が知る限り世界でただ一人なのだ。


それに、かなり強い力で抱きしめられていて、引き剥がすことができない。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」


そう繰り返す彼女は、いつの間にか泣いていた。


しばらく待つと落ち着いたのか、


「びっくりしましたよね、ごめんなさい、お兄ちゃん。」


そう言って、顔を上げた彼女を見て僕は息を飲んだ。


「私、未来からお兄ちゃんを救いに来ました!………って、突然こんなこと言われても信じてもらえないですよね。あはは…」


彼女は妹の未来みくにそっくりなのだ。

未来より背は高いが、僕と同じで母親ゆずりの少し垂れた目元。左目の下にある泣きぼくろ。そして喋り方。未来が大きくなったら、この子みたいな感じになるんだろうか。


彼女の言うように、もしかしたら本当に未来みらいから来た未来なのかもしれない。と少し納得しそうになるが、やはり有り得ない。


未来からタイムスリップなんて、SF映画や小説の中の出来事だ。

いや、でも、だとしたらどうして彼女は妹にそっくりで──


「あれ、お兄ちゃん?聞こえてますか?おーい」


「ご、ごめん。ぼーっとしてた。」


「状況が飲み込めなくて当然です。本当に私が未来から来た妹か信じれないのも当然です」


彼女はうんうんと頷き、そして、


「なので!私が本物の妹、シスコンのお兄ちゃんが愛してやまない早瀬未来みくであることを証明します!」


この言い方、めちゃくちゃ未来みくっぽい。

未来は度々僕にシスコンと言ってくる。

間違えないで欲しいが、僕がシスコンなのではなく、未来がブラコンなのだ。


「ずばり、お兄ちゃんの左のおしりにはホクロがあります!」


当たっている。

実際、僕のおしりにはホクロがあるのだ。

これは家族くらいしか知りえない。


「まだ信じれないなら、ホクロの場所を実際に触って当てましょうか?あ、それとお兄ちゃんは右の金た──むぐっ」


「あー!ストップストップ!!分かった、信じるから!それ以上は言わなくて大丈夫!」


とんでもないことを口走りそうになる彼女の口を、慌てて手で塞ぐ。


「──ぷはぁ。妹に窒息プレイなんて、お兄ちゃんのシスコンぶりにも呆れたものです。未来じゃなかったら近親相姦の罪で刑務所行きですよ?」


「兄のイチモツのことを叫ぶ未来の方が、先に公然わいせつで捕まるけどね」


「お兄ちゃんとなら、たとえ網走でも楽しい日々が送れそうです!」


「網走はさすがに遠すぎて面会は無理かも。出所するまでこっちで待つよ」


「そんな冷たい…………ぷ、あはは」


いつも未来とやるような、くだらないやり取り。

テンポ感といい、本当にいつも未来としている感覚で話している自分に驚く。


これはもう、信じるしかないのかもしれない。

でも、そうだとしても気になることがある。


「未来、"僕を助ける"ってどういう意味なんだ?」


「そ、それは、詳しいことは話せませんが……と、とにかく!未来は、お兄ちゃんを救いに来ました!」


「え、何それ。僕って向こうでどうなってるの?死んだの?」


「それも言えません!」


何やら必死そうな未来。

聞くのも怖いが、聞かないのも怖い。

事故に巻き込まれたとか、通り魔に刺されたとか、何が起きたんだろうか。

考えてみても、分かるはずない。


「でも、これだけは言えます。未来は──


未来は何があってもお兄ちゃんの味方です!

だから、安心して甘えてください」


包み込むような優しい笑顔で、僕を抱きしめてくれる。


未来で何があったのかは分からないけど、未来の妹は優しく育ってくれているようで何よりだ。

妹の成長を感じるのは、やはり兄として凄く嬉しい。


「──あ、ところでお兄ちゃん。一つお願いがあるのですが」


「どうした?」


「実は持ち合わせが何も無くて、お金も寝るところも無いので助けてください」


前言撤回。やっぱり中身はあまり成長してないかも。

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