第100話 最善を尽くす覚悟を



 ──『働きすぎ』



 面と向かってそのようなことを言われた経験はあまりない。

 ブラッティが執務室に乗り込んでくるのは予想外であったし、彼女自身もそれなりに多忙な身。

 にも関わらず、彼女は俺の元を訪ねてきた。

 まあ、彼女の行動原理の中間にはリツィアレイテの存在があるのだが。


「そう、アルが叱られたの」


「予想外でした。まさかあんなに怒っているとは……」


 ヴァルトルーネ皇女との会話の中で俺はつい先日あったことを話していた。

 ブラッティに叱られてから、俺は仕事の量を減らすことになった。

 急ぎ終わらせなければならない内容は多かったものの、ある程度期日に余裕のある仕事があるのも確かであった。


「でも、彼女の気持ちも分かる気がするわ」


 ヴァルトルーネ皇女は俺の額に指を突き立てながら、呆れたように笑う。


「私も、アルに無理をして欲しくはないもの」


「……はい。申し訳ありませんでした」


「ふふっ、責めてるわけじゃないのよ。アルが私のために頑張ってくれているのは知っているし」


 ヴァルトルーネ皇女は俺のことを心配してくれている。

 ブラッティがリツィアレイテを気にかけるのと同様に、彼女は俺のことをしっかり見てくれている。

 

 だからこそ、少し焦っていたのかもしれない。

 彼女のために早く地盤を固めたかった。

 未だに、帝国内には不穏な勢力が隠れている。

 ヴァルトルーネ皇女を敵視し、害そうとしてくる者たちを排除したい……その気持ちが強く表に出過ぎたあまりに、俺は際限なく動いてしまった。


 ──結果、リツィアレイテにも負担を背負わせてしまった。


「……俺は、優秀なんかじゃありません」


「そんなことないわ」


「あるんですよ。俺は、怖いんです……貴女がいない未来が来るのが」


 彼女がいなければ、俺はこの世界に存在する意味を失うだろう。

 誓ったのだ。

 彼女の味方でいると。

 何を投げ捨てても、彼女の望みを叶えると。

 

「敵が多いから、不安要素は限りなく減らしたい……レシュフェルト王国やスヴェル教団との戦いの前に、国内の問題は解決しておかなければ、ルーネ様にとって大きな足枷になる」


「そうね」


「その結果が、これです……特設新鋭軍の方々には、かなり無茶なスケジュールでの仕事をさせてしまいました」


 本来なら、もっとじっくりと足場を整えるべきであった。

 急いたところで、上手くいくはずはない。

 ゆっくり、じっくりと慎重に物事を運ばなければ、いずれ綻びが生まれ、破綻する。


 それを俺は、ちゃんと理解していたはずだった。


「申し訳ありません」


「顔を上げて、貴方は悪くないわ」


「しかし……」


 人手不足の問題は未だに解決していない。

 個々の仕事量は減らしたものの、その補填となる人員補充すらままならない。

 ヴァルトルーネ皇女の専属騎士として、不十分な働きだ。


「気に病む必要はないわ。貴方は十分頑張ってくれた……だから今度は、私が頑張る番よ」


 ヴァルトルーネ皇女の瞳には、明確に自信が宿っていた。


「ねぇ、アル。過去の私たちは何を学んだと思う?」


「過去に……学んだこと、ですか?」


「そうよ。私と貴方は、過去の時間を繰り返している。そして、新たに掴んだものは多い。そうは思わないかしら?」


 俺が得たものか。

 確かに、こうして一度死んでこの時代に舞い戻ることが無ければ、俺はヴァルトルーネ皇女の傘下に下ることはなかった。

 レシュフェルト王国出身の俺が、その祖国と戦う道に進もうなどとは考えなかっただろう。

 今回の選択に後悔はない。

 ヴァルカン帝国の者として戦い、ヴァルトルーネ皇女の理想を叶えるために暗躍でもなんでもする。


 大事な仲間の未来も守ることが出来るかもしれない。

 そう思えたから、俺は彼女と……ヴァルトルーネ皇女と歩む道を選べた。


「ルーネ様の言う通りです。今の俺は間違いなく、かつての俺よりも幸せな環境に恵まれています」


 学園時代の友人も、

 新しく帝国で知り合った人たちも、

 全てが俺にとっての大事な仲間だ。


 それもヴァルトルーネ皇女との道を選んだ結果だ。


「貴方は何も間違っていないわ。大切な今という時間を守るために、貴方なりに考え抜いた結果がこれなの。どうか自分を卑下しないで」


「はい」


「それに、人材不足の問題に関しては、解決策を用意しているわ。アルや他の皆んなが苦しい思いをしないようにね」


 ヴァルトルーネ皇女はいつだって俺に対して優しい。

 彼女に何度救われたことか、数えきれないほどだ。

 彼女の考えた妙案。

 それは何なのかと気になりつつ、俺は再度覚悟を固める。


「聞かせてくれますか? ルーネ様のお考えを」


 この人のために大切なものを何一つとして取り零さない覚悟を──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る