第26話 必要となる協力者




 戦乱は全てを狂わせる大きな災いである。

 人々の安寧を脅かす愚かな行為。

 誰もが望まない争いの火種。しかしながら、その戦禍を鎮めることは簡単ではない。

 一度転がり出したそれは加速し、それが弾け途絶えるまで前へと進み続ける。


「アルディア、次の作戦に移るわ!」


 忌まわしき戦乱の世は避けようのないもの。

 戦乱を起こさないことよりも、その大局を支配し、己の有利な方へと引き摺り込むためにヴァルトルーネ皇女は次なる行動に出ようとしていた。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、次の作戦とは? ユーリス王子との婚約破棄は成就されました。もうヴァルカン帝国に戻るだけかと思っていましたけど」


 残念ながら、聡明なヴァルトルーネ皇女と違い、凡庸な俺程度の頭では次に打つべき布石がどのようなものなのかを測り兼ねていた。

 申し訳ない。

 馬鹿な俺に教えてくださいませ。

 瞳でそう訴えると、ヴァルトルーネ皇女は察したように説明を始めた。


「アルディア、ユーリス王子との正式な婚約破棄は私がヴァルカン帝国内での地位低迷に繋がる影響があるということは分かっていたわよね? けれども、これは皇帝への道筋を途絶えさせないための基本的な一手だから避けられないものだったのだけど」


「それは勿論、承知しておりました」


 レシュフェルト王国との繋がりを切らなければ、後々に響く。

 それを踏まえた上で、ヴァルトルーネ皇女は問うてくる。


「では、私が皇帝に大きく近付くための次なる一手はなんだと思う?」


「…………」


 まあ、普通に分かりませんね。

 俺から見れば、彼女は非の打ち所がないくらいに優秀だし、そのままでも皇帝になりえる能力を兼ね備えている。

 でも、彼女の権威をより一層強める策……例えば、


「有能な人材のスカウトとか……ですか?」


「いい線を行っているわね。前世でヴァルカン帝国が敗北した原因として、優秀な将官が不足していたことが挙げられるわ。優秀な人材を今のうちから引き抜き、育成することは私たちにとって必須事項よ」


 ヴァルトルーネ皇女は俺の考えに頷き、賞賛を贈りながらも、「でも」と言葉を区切った。

 その後付けの単語を聞き、俺の考えが完全に正しかったわけではないと察する。


「皇女殿下、今からなにをなさろうと?」


 聞けば彼女は耳元まで近付き、透き通るような細い声で呟いた。


「このレシュフェルト王国内の有力者……王子を懐柔するわ」




▼▼▼




 ヴァルトルーネ皇女が血迷ってしまった。

 そんな風に考えたしまったのは、ほんの一瞬の出来事である。よくよく考えれば、彼女の言わんとしていることの意図を正確に掴むことは容易いはずなのだから。


「えっと、つまり……ユーリス第二王子以外の王子をこちらに引き込むってことで、いいんですかね?」


 ヴァルトルーネ皇女は頷く。


「そうよ。何、私がユーリス王子にまだ未練が残っていると思っていたの?」


「いや、それは絶対ないと思ってたので、余計に困惑してました……」


 先程までユーリス王子と揉めていたからか、王子という単語が出てきた時点でユーリス王子が頭に思い浮かんでしまった。末期症状かもしれない。

 と、冗談はさておき、レシュフェルト王国には王子が五人存在する。だが、王位継承に絡んでくるのは、第一王子と第二王子であるユーリス王子くらい。

 第三王子以下の者たちは、原則としてレシュフェルト王国の次期国王の候補になり得ないのである。


 ──となれば、ヴァルトルーネ皇女が仲間に引き入れたいという王子は第三王子以下の者。


「ヴァルトルーネ皇女殿下は、誰を狙っておられるのですか?」


 まさか、複数人の王子を抱き込もうなんて考えてはいないだろう。

 彼女が皇帝に近付くために王子を懐柔するということは、帝国内での発言権を強めるためのことでしかない。レシュフェルト王国で密かに巻き起こる跡継ぎ問題などはヴァルカン帝国内では関係ない。

 重要なのは、レシュフェルト王国の王子と友好関係を築けたかどうかなのだから。


「セイン第一王子とユーリス第二王子は論外よ。王位継承に絡んでくるあの二人にとって私と親しくするメリットは薄い。それに、私自身も仲良くしたいと思わないわ」


 事実と本音を交えつつ、ヴァルトルーネ皇女は黙々と語る。


「それで、ブロワ第三王子。彼は駄目ね。上二人と同様に性格に難があるし、何より優れた才覚があるわけでもない」


 第三王子に辛口評価を下し、それからヴァルトルーネ皇女は第五王子に関しても、『年齢的に幼過ぎる』として手を出すつもりはないと言った。

 そこまで言い切ってしまえば、ヴァルトルーネ皇女の狙いが誰なのかは確定。


 第四王子。

 イクシオン=レト=レシュフェルト。

 彼は『幽霊王子』と呼ばれ、五人の王子の中でも、特に誰からも期待をされないような目立たない存在であった。

 そんな彼に目をつけたというのには、それなりの理由があるはず。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、イクシオン王子を味方に付けるつもりですね」


「ええ。彼はとても優秀だから──アルディアと同じで、ね?」


「────っ!」


 彼女の意味深な言い回しで俺は全てを理解した。

 イクシオン王子。

 彼は、俺と同類なのかもしれない。

 他者より秀でている部分を悟られないように平凡な人間として振る舞っている人間であるのだろう、と。


 それをする意味が何なのかは把握しきれないが、

 少なくとも、今の現状で満足するような人じゃないんだろうなとは思う。引き込むには最も適した人材だな。

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