第9話 過去との相違点
──展開が変わってる?
婚約破棄の流れが以前見たものと違っていたため、俺はかなり動揺していた。
……どういうことだ。こんな静かなまま進む話じゃなかったはずなのに。ユーリス王子もヴァルトルーネ皇女のあまりに動じない姿に面食らった様子である。
「おい、貴様……何を言われているのか分かっているのだろうな。婚約破棄だぞ?」
「存じております。それがどうされたのでしょう?」
「くっ──!」
ユーリス王子は顔を真っ赤に染めて怒りを沸々と募らせている。
対して、ヴァルトルーネ皇女は冷め切った視線でユーリス王子を睨みつけていた。
本来なら、どちらも冷静さを欠いたままに言い合いを始めて、ヴァルトルーネ皇女がユーリス王子に頬を叩かれる展開が……。
──頬を叩かれる⁉︎
完全に失念していた。
ユーリス王子が傍若無人な振る舞いをすることは、そこそこ有名な話だった。
そして俺は、その現場を過去に見ていたじゃないか。
地面に倒れ泣き腫らした顔のまま取り残されるヴァルトルーネ皇女の姿が鮮明に浮かんでくる。
止めなければと思う一方、この場で出ていくのは悪手なのではないかと思う自分がいる。
動くべきか、否か。
判断下さないままいると、向こうでは話がどんどん進んでしまう。
「どうやら、痛い目を見ないとお前は反省が出来ないらしいな!」
「お戯れを。反省すべき点が見つかりませんわ」
「こいつ……言わしておけばっ!」
ヤバいっ!
だが、違和感が微かに目の前を通り過ぎたような気がした。
ユーリス王子がその手を振り上げた瞬間──ヴァルトルーネ皇女の口元が緩むのを俺は見逃さなかった。
今、なんで笑った?
しかも、心なしかユーリス王子にではなく、俺の方に視線が向いているような……。
ゾクリと背筋に冷ややかなものが走った。
杞憂であればいいのに。
しかし、俺の懸念していたことは、的中していたらしく、
「ふふっ、よろしいのですか? 部外者の見ている前でそのような荒々しい振る舞いをなさっても」
「────!」
その一言で全てを察した。
俺が隠れて、この様子を観察していることがヴァルトルーネ皇女にバレている、と。
ユーリス王子もヴァルトルーネ皇女の発言に顔を青くし、その手を振り下ろすことなく周囲をキョロキョロと見回す。
結局、ユーリス王子は俺の姿を認識できなかったようだが、誰かに見られているという可能性を加味した結果、
「ヴァルトルーネ……このままで済むと思うなよ」
「出来るものなら、ご存分に」
「──ちっ! 覚えていろ!」
小悪党のような捨て台詞を最後に足早に去った。
おいおい、ヴァルトルーネ皇女が進化してないか?
無傷でこの場を乗り切り、あろうことかあのユーリス王子をいとも簡単に撃退してしまったぞ。
まあ、既定路線としてレシュフェルト王国とヴァルカン帝国の確執が深まったのは間違いのないことだろうが、それでも今目の前に広がっていた出来事が大きく変化してしまったことは、紛れもない事実。
俺が驚いたままその場で固まっていると、ヴァルトルーネ皇女はゆっくりとこちらに歩いてきていた。
──やっぱり、隠れて見ていたことが露見しているな。
「もう、出てきて構いませんよ。ユーリス王子は去りましたから」
このまま隠れていても埒があかない。
そう考えた俺は大人しく、茂みから姿を現すのであった。
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