第8話 最大の目的を果たすため



 その後、この場にいないフレーゲルを除いたレシュフェルト王国出身の三人がヴァルカン帝国へ共に来てくれることが決定した。

 三人ともそれなりに覚悟もあるようで、本当に夢のような話だ。

 いや、こうしてこの時期に戻れていること自体が夢のようなことか。


 ──普通なら、もう二度と会えないはずだったんだから。


「フレーゲルのことはどうするん?」


 一通りのことが決まってから、ミアにそう問われた。

 俺は間髪入れずに答える。


「もちろん、誘う気だよ。皆んなで帝国に行くってことになるんだから、フレーゲルだけにこの話をしないってのは、仲間外れみたいで嫌だからな」


 それに、フレーゲルとはまだまだ仲良くしていたい。

 貴族ということで、彼には多少なりともしがらみがあるはずだ。でも、彼はマグノイア子爵家の四男。

 家督を継ぐことはないだろうし、士官学校卒業した後のことは決めてないとも過去に発言していた。


「フレーゲルは絶対に帝国に来てもらいたい」


 このまま同じ結末を辿ることになれば、フレーゲルは確実に悲惨な未来を迎えることになる。

 最終的にフレーゲルの婚約話は消え去る。ヴァルカン帝国との関係悪化が一番の原因だろう。彼は、その婚約者のことを本当に愛していたらしく、婚約が解消されたことで失意に沈んだ。それからというものフレーゲルとは疎遠になり、彼がどこで何をしていたか……それすら分からなくなった。

 でも、確実に幸せではなかったんじゃないかと思う。


 ──帝国に行くことになれば、フレーゲルと縁が切れることもなくなるかもしれない。


「ねぇ、そろそろ卒業式が始まるわ」


 ペトラの呼びかけにより、俺たちは我に帰る。

 もうそんな時間か。

 卒業後のことで盛り上がっていたからか、時間の経過がとても早く感じる。


「取り敢えず、会場に行くか」


 アンブロスの意見に全員が頷いた。

 今日は士官学校の卒業式。この後もまだまだ怒涛の展開が待っている。フレーゲルの説得はそれらが片付いた後に取り掛かるとして、今は目先の出来事に集中しよう。

 なんたって、卒業式のすぐ後に、ヴァルトルーネ皇女とレシュフェルト王国のユーリス=レイ=レシュフェルト第一王子が婚約破棄する修羅場に遭遇することになるのだから──。




▼▼▼




 卒業式は滞りなく済んだ。

 追って集合することを皆んなで話し合った後に俺たちは解散した。


「三日以内よ! その期限が過ぎても連絡なかったら、アルディアの泊まってる宿に押しかけるから」


「はいはい」


 軽く返事を返すと、それぞれが背を向け合った。


「んじゃ、また後日」

「待っているぞ」

「またこのメンバーで集まるのたっのしみ〜!」


 卒業生であるスティアーノ、ペトラ、アンブロス、ミアは各々帰路に着く。


「では、アル先輩。僕たちもこれで」

「……えと、またね」


「ああ」


 卒業式後の片付けが残っているアディとトレディアは再び会場に戻っていった。チラホラと学園を去っていく卒業生を眺めながら、俺は深く息を吐いた。


 ──さて、行きますか。


 本日のメインイベントは、卒業式などではない。

 ヴァルトルーネ皇女が婚約破棄されるという修羅場に遭遇することである。


 以前も同じように俺は、ヴァルトルーネ皇女とユーリス王子が婚約破棄をした場面をうっかり目撃してしまっていた。ユーリス王子が去った後に残されたヴァルトルーネ皇女に声をかけたっけか。

 あれが多分、俺とヴァルトルーネ皇女がまともに会話した最初の場面。


 今回は、意図的にそちらに向かうんだけどね。

 今世での俺は、ヴァルカン帝国側に味方すると決めている。

 レシュフェルト王国とヴァルカン帝国が決別する瞬間、俺はヴァルトルーネ皇女に会い、そのまま彼女の私兵にしてもらおうと思っている。




▼▼▼



 傷心に漬け込むみたいで悪いけど……前の生では、彼女の誘いを断ってしまった。今ではその選択を後悔している。だからこそ、今回は最初から彼女の味方でいてあげたいのだ。

 目の前で起きている修羅場を見るためにかれこれ十数分前から待機していた。その甲斐あってか、あの時と同じ場面に遭遇……しかも、その全容をしっかりと見届けることができる。


「ヴァルトルーネ。貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」


 学園の裏庭。

 誰も立ち寄らないその場所にて、両国間の関係を大きく揺るがす大事件は静かに巻き起こっていた。

 近くの茂みに隠れて、俺はその様子を見守る。

 そういえば、この後ヴァルトルーネ皇女とユーリス王子が苛烈に言い合い大喧嘩になるんだったよな。

 罵詈雑言の飛び交う胃痛の激しい修羅場がこれから始まるのか……そんなことを考えながら、その行く末をじっと静観していたのだが。


「そうですか。……分かりました」


 ヴァルトルーネ皇女は激昂する様子もなく、ただ冷静な面持ちでそう返事をしたのだった。

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