第十五話 可愛い私は醜い
「いやあー面白かったね」
「だな。オチの意味があんまり理解できなかったけど」
デートが始まって早くも五時間。私は恋人ということを忘れて完全に普段通りに
勇人と会話を交わしていた。
「まあ勇人はお馬鹿さんだから、ミステリー映画を見るのには向いてないよね」
「お馬鹿さんていうな。なんか一番馬鹿にされているように聞こえるわ」
言葉ではそう言っているものの私の言葉に同感を示すような微笑はとてもじゃないが気にしている様子は見受けられなかった。
でも勇人はギリギリコウナン君の映画を理解できる程度の理解能力なため、小説が元となっていて難しい言葉と錯綜とした人間関係が織りなす今回の映画は嘸かし楽しむには窮したと思う。
そもそも事件の概要やトリックも殆ど理解できていなかったみたいだし。
「それじゃあ適当に買い物して帰ろっか」
「そうだな。漂白剤とシャンプーが切れてたし、今日の夕食も買わないとな」
「主婦かよ。ほかにも若者ぽいおしゃれなものとかあるでしょ」
私と勇人は映画館を出て、ショッピングモール内のショップフロアへと向かう。
フロアにはバッグや服はもちろん、様々なお店が並んでいる。
とりあえず私は勇人を引っ張って服屋へと入る。
「服欲しいのか?」
「ちっちっちっ甘いね勇人。女の子は服が欲しいから服屋に入るんじゃないよ。
欲しい服があるかもしれないから服屋に入るんだよ」
「ほーん」
「何その聞いておいて興味なさそうな声は」
興味なさげな顔を浮かべる勇人は放っておいて、私はレディースの服が並ぶ一角でいろいろな服を見て回る。
時期はもうすぐ夏へと移る。そうなるとやっぱり涼くてかわいい服がちょっとほしいところだけど。
「いらっしゃいませ。お客様、今回はどのような服をお探しですか?」
すると、服を見始めて間髪入れずに店員さんが話しかけてくる。
何処の服屋でもそうだから慣れっこだけど、もう少し自分で探させてから話しかけてほしい。
というかなんか用があれば自分から話しかけるし。
「えっと、夏に向けた可愛い服があればいいかなって」
しかし、あしらうのも失礼なので私が素直に答えると店員の目が気のせいか輝きだして、バトル漫画の覚醒前のようになっていた。
「それでしたら最近仕入れた流行りものの服があるんです!」
「へえーそうなんですね」
テンション高く店員さんは私を案内して、店内に大きく飾られていた流行ものの服のコーナーへと着いた。
「こちらなんてお似合いかと思いますが」
「なるほど」
店員さんが差し出した服を私は手に取って見るが正直好みじゃない。
「これはちょっと…」
「そうですか?ではこちらはいかがですか?」
「それもちょっと」
「ではこちらは?」
「それもないですかね」
店員さんが差し出した服を私がただ拒否していくというやり取りが何回か行われた後にしびれを切らした私が『あっもう自分で探しますので』と言うと店員さんは肩を落として作業へと戻って行った。
やっと行ってくれたっと私は店員さんの勢いに委縮していた肩をぐっと下して一息ついた。
再び私は一人での服選びに戻り、あれでもないこれでもないと悩みに悩んでいた。
「なあ舞」
すると、あれを買おうかこれを買おうかと逡巡していた私に勇人が後ろから私の肩を二回つついた後に話しかけてきた。
「ん?何?」
「これなんかお前に似合うじゃないか?」
勇人が見せてきたのは私のタイプと完全一致するベージュ色の夏用の服だった。
「えっ?これ何処で見つけてきたの?」
「お前が好きそうな服の特徴を店員に伝えて選んでもらった。お前こういうの好きだろ?」
服に詳しい店員さんよりも服に関心のない付き合いの長すぎる幼馴染が服選びで圧勝してしまうなんてやはり幼馴染とは不思議なもの。
「うん、めっちゃ好き。取り敢えず試着してみる」
「了解」
勇人が持ってきた服に一目惚れした私は試着室に入り、その服を着てみる。
試着室にある大きな鏡で全体像を見てみるとなかなかに似合っている。
流石私。いやあ自分で自分に惚れてしまいそうなくらいに可愛いな。
…もしここに先輩がいたら、私の事を可愛いって言ってくれるかな?
メイクも服装もかなり力を入れて一目惚れした服を着こなす今の私は人生で一番自信のある可愛い容姿をしている。
だからこそ、一番最初は勇人じゃなくて先輩に言ってほしい、そんな叶うわけもないわがまま。
あーあー。また先輩のことばかり考えて。勇人は私のためにこんなに考えて頑張ってくれてるのに本当に申し訳ない気持ちでいっぱい。
はーあ…ほんとに何やってんだろうな私は。
考え込んでいるうちに落ち込んだ気持ちを拭うことが出来ぬまま、私は試着室のカーテンを開けていた。
「どう、かな?」
「うんいいじゃん。可愛い」
「そっか。なら良かった。ありがとう」
「別に…恋人なんだから気にすんな」
恋人か。そういえば私たちは恋人だもんね。恋人なのに私は何を考えているんだろう。
つくづく思う。やっぱり私は勇人に恋される資格なんてない。とんだ裏切り者だな。
素直にほめて、恥ずかしかったのか一瞬躊躇いながらも勇人が口に出した恋人という言葉に再び顔が濁る。
「…ごめんね」
「ん?なんか言ったか?」
「ううん何も。じゃあこれ買うね」
「?おっおう」
小さくつぶやいた私の弱い謝罪に怪訝そうな表情を見せる勇人の顔をまともに見ることができずに私ははぐらかすように素早くカーテンを閉めて着替える。
いつか言える時が来たら絶対に私は伝えなくちゃいけない。
そうじゃなきゃ私含めて皆に申し訳ない。
でもそれと引き換えに勇人を大きく傷つけることになるかもしれない。
だから勇人を傷つける覚悟が出来たときに私は必ず伝えるんだ。『私と別れてください』って。
そう覚悟を決めた鏡に映っている私の姿は醜悪でとてもかわいさなんて介在していなかった。
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