第48話 大賢者、心配する
「へえ、ツカサたちはずいぶんでっかい遺跡……いや、ビルと一緒に転移してきたんだなあ」
「トーキョーで一番大きい家電屋さんらしいね」
「カデンヤ?」
「あー、こっちで言う魔道具屋みたいなもの」
「ほう、これほどの規模の魔道具店とは、興味がそそられるな」
「飯屋もいっぱいあるんだぜッ!」
なし崩し鬼ごっこを終えた俺たちは、地上帆船を動かしてヒロトたちと一緒に転移してきたというビルにやってきていた。
路面が悪いから遺跡内に乗り入れるのは避けていたのだが、ヒロトとツカサという肉体労働力が手に入ったので進行の妨げになる瓦礫をどかすのも楽勝だ。
人間よりもデカいコンクリの塊を片手でぽんぽん放り投げるあいつらは、同じ人類とは到底信じられなかった。
「そんな身体になってるセージにだけは言われたくないよ」
「正義の道は誰にも邪魔できないんだぜッ!」
真っ向からツッコんでくるツカサに対し、ヒロトはまるでピントのずれた自由な発言だ。さすがの大賢者セージ様でも、この複数同時攻撃には反応しきれないぜッ!
「うわー、おっきい建物ー!」
「……ぴっかぴか」
甲板ではメリスちゃんとシロちゃんが目の前のビルを見上げて感嘆の声を上げている。
俺も見上げるが、途中から砂煙で霞んでよく見えない。下手したら高さ1キロメートル以上はあるんじゃないか? こんな弩級の遺跡はさすがの俺でも見たことも聞いたこともない。
ほぼ全面がガラスで覆われているが、ところどころに大小のチューブのようなものが通っており、突拍子もない場所から突起が飛び出していたりする。無機物のはずなのに、どこか大樹のような印象があり、生命を思わせる不思議な造形だった。
「わっ、やっぱりセージだね。変なところで鋭い」
「変なところは余計だ。で、何が鋭いって? 俺の隠しきれない知性がほとばしってしまったところについて詳しく聞きたいんだが」
「うわ、調子に乗る速度がえぐい。えっとね、このYADOBASHIビルは生体コンクリートで出来てて、植物みたいに勝手に上に上に成長してるんだってさ」
「生体コンクリートとは、なんだ?」
あっ、ミストが割り込んできた。
「ボクも素人だから細かいことはわかんないよ? ナノマシン……すんごくちっちゃい機械がいっぱい集まって出来てるコンクリートなんだって」
「ほう、ウィズ殿が研究していた生命機械工学のようなものか」
ミストが興味津々で目の前にそびえ立つビルを眺めている。
よくよく目を凝らすと、外壁には金属メイドがあちらこちらに取り付いており、雑巾で窓ガラスを拭いたり、はたきで埃を落としたりしていた。うーん、完全に昆虫ムーブだな。樹液目当てに木に集まったカナブンみたいだ。
「そういえば、お前たちと一緒に転移してきたものはいないのか? この遺跡丸ごと転移してきたのなら、他に巻き込まれたものもいそうなものだが」
「あー、えっとね。それがわかんないんだよね」
「300階までは探してみたぜッ!」
ミストの疑問に、ツカサとヒロトが答える。
このデカいビルを300階までか……。下手なダンジョンを探索するよりもずっと大変そうだ。
「300階まで登っても、誰ひとり出会わなかったのか?」
「うん。
「埃っぽくて遠くまで見えなかったぜッ!」
「なるほど、それで地上に降りて辺りを調べていたところに、私たちが居合わせたのか」
「そういうこと。ミストは話が早くて助かるよ」
ヒロトは何を話しても噛み合わないことが多いからなあ。
とりあえず「正義ッ!」って叫ばなければならない呪いにかかってるんじゃないかと疑ってしまうレベルだ。
「それで、あのメイドゴーレムはこの遺跡の上階から供給されているというのは間違いないのか?」
「間違いないかって聞かれたら断言できないけど……あっ、ちょうどいいや。あのエレベーター見て。メイドさんが入ってるでしょ」
ツカサが指差す先には、透明なチューブの中に詰まった金属メイドがいた。
「ふむ、あれを見る限りでは、上階で製造されたゴーレムが地上に放たれているように見えるな」
「そうそう。だからミストたちのお目当ての魔石っていうのも、たぶん上の方にあるんじゃないかな?」
俺たちが……というか、俺が魔石を必要としている理由は、地上帆船の船内案内ツアーのときにミストから二人に伝わっている。ミストは本当にこういうところに如才がない。周りに気を配りつつ、しれっと情報共有を済ますとか、俺にはとても真似ができん。
「それでどうする? 我々としてはひとまずの成果は得られたし、一度王都に戻ってもかまわない。お前たちも突然遺跡に放り込まれて困惑していただろう?」
「あはは、それはさすがにボクらを舐めすぎだって。ミストも知ってのとおり、こんな修羅場は何度もくぐってきたし、ビルの中に生存者がいる可能性がある以上、可能な限り中を調べたいな」
「おうっ! 正義の道に後戻りはないんだぜッ!」
ミストの提案に、ツカサとヒロトは一切気遣い無用とばかりにニヤッと笑ってみせる。
俺の主観ではせいぜい数カ月ぶりだが……何十年も経ってもこいつらの性根は変わらないらしい。まったく、そのせいであのクソ暑苦しいパーティでも冒険が楽しくなっちゃったじゃねえか。
まあしかし、大賢者的にはこういう空気に流されるわけにはいかない。
きっちりクレバーで現実的でリアリズムに溢れる問題の指摘もしなければ。
俺はトタタタタタッとどんぐりタップを刻み、全員の注目を集めてから口を開く。
「でもよ、この中を探索するんなら長丁場だろ? なにしろ何百階あるのかもわからないんだから。その間、この船はどう守る? 短時間ならともかく、何日も分かれて行動するのにはさすがに戦力的に不安があるだろ」
もともと、きちんとした戦力として数えられるのはミストとシロちゃんぐらいなのだ。メリスちゃんもある程度戦えるようになったとはいえ、せいぜい新人冒険者レベルだ。ハーピーたちは上空から石を落としたりする戦い方がメインで、敵を食い止めなきゃいけない防衛戦には向いてない。
ここにヒロトとツカサを加えても、絶対的な頭数が少なすぎる。
「うーん、それならたぶん、なんとかなるかな?」
しかし、ツカサはあっさりと俺の心配を否定した。
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