第13話 大賢者、マウントを取られる
翌日。
俺とメリスは、ミストの研究室を再び訪れていた。
「メリス君は、火打ち石を使ったことはあるかい?」
「あるよー! かまどの火付けは得意だもん」
ミストは黒板を前にして、ワンドを指示棒代わりに教師気取りだ。
ときどき眼鏡をくいっとさせる仕草が堂に入っている。なんか悔しい。
「ではそのイメージでやってみよう。まずは指を2本立ててくれ」
「はーい!」
メリスは右手でVサインをする。
「次に指先に魔力を集める。左手を胸に当てて、心臓から指先に血が集まっていく様子を想像するんだ。ほら、だんだん、だんだん指先が温かくなってきただろう?」
「なんだかムズムズするー」
「おお、それはすごいな。才能があるぞ。魔力が集まっている証拠だ。そうしたら次のイメージだ。人指し指をそうだな、打ち金に見立てよう。人差し指が、どんどん、どんどん硬くなるんだ」
「カチカチになったー!」
「ようし、順調だな。素晴らしい。次は中指だ。人差し指をカチカチにしたまま、中指を石にしてみよう。よく使っていた石を思い浮かべるんだ」
「石になったー!」
「そうしたら、2本の指を一気にぶつけるんだ。本物の火打ち石を使うときみたいにね。勢いをつけて、素早く、みっつ、ふたつ、ひとつ!」
「火花出たー!」
まさかの一発成功……だと……?
指先から火花を散らすメリスがうれしそうに近づいてくる。おお、すごいねー、がんばったねー。やっぱりメリスちゃんは天才だね! でもね、火花を近づけるのはちょっとやめて? ちょっ、ほんとにやめて? このボディはわたぐるみですのでね、めっちゃ可燃性が高いんですよ。
「セージの言う通り、メリス君には相当な魔法の才があるようだ。《発火》だけでも初心者は最短数ヶ月はかかるぞ。それを一回教えただけで身につけてしまうとはなー。どっかの誰かさんはこんな優秀な生徒に何日もついていたのに初歩魔法のひとつもおぼえさせられなかったそうだがなー」
「ぐ……ぐぬう……メェぇぇーっ!」
ミストがここぞとばかりにマウントを取ってくる。
言い返せない俺はヒツジモードになって吠えた。
「くくく、お前が魔法絡みで悔しがることなんてめったにないからな。よいものを見せてもらった」
ミストは端正な口元を歪ませて腹を押さえている。
昔、一緒に旅をしていたときにこんな砕けた表情を見たことがないので一瞬ドキッとしてしまう。
「くっ、くそ。ゆうてお前は百年選手だろ! 弟子だって何人も教えてきたんだろうが。俺の場合はね、はじめてだったの! はじめて人に教える経験をしたの! うまく行かなくて当たり前なの!」
「ああ、ああ、悪かったよ。さっきのは半分冗談だ」
「半分冗談? ぜんぶじゃなくて?」
「そこで調子に乗るのがお前だな……。まあ、いい。お前がやっていた魔力放出のおかげでな、この子は経絡の存在をはっきり自覚できている。普通はそれに至るだけで数ヶ月から数年かかるものなんだ」
はあ、そういうものなのかあ。
俺の場合、物心ついたときから自覚できてたからピンとこねえや。
「これだから天才バカは……。お前みたいにな、魔力や魂をそのまま感じて、しかも操作できるやつなんてまずいないんだよ」
「えっ、そうなの? 自分の体じゃん。普通に動かせないの?」
「心臓や胃を自分の意志で動かすようなものだ。いくらお前だって、内臓を自在に動かしたりはできないだろ」
「えっ、できたけど」
「……マジかよキモいわ。本当に反則ヤローだなお前は」
反則ヤローというのはミストが俺につけたあだ名だ。
お互い魔法使いだったから、自然と魔法に関する理論やら何やらについて話をする機会が多かったのだが、どうも話が噛み合わないことがしばしばあった。そんな無茶苦茶ができるのはズルいと言って、俺のことを反則ヤローと呼びはじめたのだ。
ってか、キモいとか言わないでください。
「それはともかくだ。セージ、メリス君のこと以外にもうひとつ重大な相談があるんじゃないか?」
「重大な相談? 何の話だよ?」
「お前の場合、とぼけているのか本気で忘れているのか判断がつかないからタチが悪いな……。お前自身のことだ、と言えば伝わるか?」
「あっ、あー、えーと、あー、な、な、何のことだろうなあ?」
俺は「メェぇぇー」と鳴いてどんぐりタップダンスを舞った。
このリズム、癖になるだろ? へいへい、一緒に踊ろうぜ!
「ごまかすのが死ぬほど下手か……。今日は初等科の実技演習がある。メリス君にはそこに加わって他の魔法について学んでもらおう」
「じゃ、じゃあ俺はメリスの付き添いで……」
「いーや、お前は私と一緒だ。話がある。メリス君、ひとりで授業を受けられるかい?」
「ジュギョウってなあに?」
「魔法使いの先生が、魔法を教えてくれるんだ。なに、平民向けのクラスだからね。先生も生徒も優しいし、不安になることはないよ」
「うん、あたし、ひとりでジュギョウ受けられるよ!」
「うんうん、いい子だ。教場まで案内するから着いてきなさい。……セージ、お前はここから動くなよ?」
「メ、メェぇぇー……」
研究室を出ていく二人の背中を、俺は寂しく見送った。
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